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第二章 事件発生
21 山姥と呼ばれて
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儚く散った父の様に優しく、だけど父の様に死ぬ気がしないほど強い人。私と縁側でお茶をしても文句を言わず、私がどんなにのろくても隣で笑っていてくれそうな人。私が先程の様に他の人に襲われていたら、守れるだけの力を持っている人。全てがゴラくんに当てはまる。
つまるところ、ゴラくんは私の好みどストライクだったのだ。衝撃の事実に、口が閉まらない。
「美空。寒いから中に入ろう」
にこ、とゴラくんに話しかけられて思わず頷きそうになったけど、いやいやいや、この雪だと名雲さんは死ぬ。放置したら、確実に死ぬ。
「ゴラくん、とりあえず名雲さんを車の荷台に詰めよう。さすがに外に置きっ放しだと、死んじゃうから」
宅配便のドライバーだからか、まるで名雲さんが荷物の様な言い方をしてしまったけど、まあそこはいい。ゴラくんは不服そうだったけど、死んだら警察が来て私が捕まっていなくなっちゃうよと言った途端、ぴゅーっと音が出そうな勢いで名雲さんの元まで走っていった。
大分積もってきた雪の上を、ゴラくんが作ってくれた足跡を辿りながら木の前まで行く。名雲さんが、ガタガタと青い顔で震えながら、私とゴラくんを交互に見ている。寒くて震えているんだな、と思ったら、違った。
「ば、化け物……!」
怖いらしい。なるほど、確かに木の根がいきなり伸びて自分をぐるぐる巻きに縛り上げて拘束したら、怖いだろう。さもありなん、と私は頷く。するとそれを違う風に受け取った名雲さんは、歯をカチカチ鳴らしながら更に震え始めた。
「こんな所に住んでるから、おかしいと思ったんだ……! 婆ちゃんが言ってた山に住む鬼とその使いなんだ……!」
「山姥のことですかね?」
まだ二十三歳の女性を捕まえて山姥はさすがに酷いと思ったけど、考え直す。このまま嫌われてしまえば、きっと二度とあんな変な真似をしようとは思わないだろう。私は期待に沿えるべく、山姥を名乗ることにした。頭の中で台詞を考えてから声にするので若干のタイムラグがあるけど、仕方ない。これが私の最速だ。
「実はそうなんですよ。よく分かりましたね。今回はこれで勘弁してあげますが、次にちょっかいを出そうとしたら、頭からバリバリ食べちゃいますからね」
なんだか迫力のない台詞になってしまったけど、それでも十分に効果はあったらしい。
「や、やっぱり……!」
ショックを受けた風の名雲さんが、掠れた声を絞り出す。
「信じてたのに……信じてたのに! 君なら俺を許してくれると思ってたのに!」
やはり意味が分からない。そして、名雲さんは泣き始めていた。鼻水も盛大に出しながら、えぐえぐと泣いている。
「大人しそうだと思ったのに! 騙された……!」
人を襲っておいて、騙されたとは随分だ。すると、それはゴラくんも同様だったらしい。名雲さんを睨みつけると、再度手のひらから根っこをニョロニョロと出して、名倉さんの顔に近付けた。
「美空の悪口を言うな」
根っこが名雲さんの頬に触れた瞬間、名倉さんが野太い叫び声を上げた。
「ぎゃ……ぎゃああああ!」
喉からきゅうう、と変な音を出す。そのまま、口から泡を吹いて気を失ってしまった。
木の幹に張り付けられていた根が、ゆっくりと後退していく。やがて全ての根が離れると、名雲さんは雪の中に顔面からぱたりと倒れた。
配達の車の中に無造作に置かれていたガムテープで気を失っている名雲さんの手首と足首を縛ると、ゴラくんが名雲さんの制服の襟を掴み、ずるずると車まで引き摺っていく。ドアポケットに乱雑に突っ込まれていた名雲さんの名刺を拝借し、家に戻ると配達センターに電話をした。
私がかくかくしかじかと事情を説明すると、電話の応対をしてくれたセンター長が息を呑むのが分かった。それはそうだろう。部下の不祥事をいきなり指摘されたのだから。でも、この人には悪いけど、私だって相当な迷惑を被ったのだから勘弁してもらいたい。
暫くすると、センター長が雪の中を自転車で、巧みなハンドルさばきを披露しながらやってきた。名雲さんは手と足をガムテープで拘束されているけど、これを解いたとしても今の精神状態では運転は避けた方が身の為だろう、と私が理知的な判断を下したことによるアドバイスを聞き入れてくれたらしい。配達車をこの場に放置されても困るという理由もある。
「秋野さん、大っ変申し訳ございません!」
ぺこぺこと謝りながら自転車を雪の上に立てようとしていたけど、地面が雪の所為で平らでない為、うまくいかないらしい。しかも焦っているので、余計だった。途中で立てるのを諦めたセンター長は、自転車をその場で横倒しにする。
「とりあえずこちらへ」
センター長の頭頂は薄くなっており、丁度その部分に鳥の巣みたいに雪が積もって、なんだかとても寒そうだ。玄関の中に招き入れると、センター長は上がることはせず、土間でいきなり土下座を始めてしまった。鳥の巣、いや頭から雪がどさささーっと落ち、センター長の床についた手の甲に乗る。それでもセンター長は頭を上げなかった。
「あいつは……っ更生したと思ってたのに、またこんなことを……!」
更生? どういうことか。まさか、こういうことを女性にするのは初じゃないのか。私の心の中の疑問を読んだかの様に、センター長はバッと顔を上げると、聞かれもしないのに、高速タイピングの様な速さで語り出した。
つまるところ、ゴラくんは私の好みどストライクだったのだ。衝撃の事実に、口が閉まらない。
「美空。寒いから中に入ろう」
にこ、とゴラくんに話しかけられて思わず頷きそうになったけど、いやいやいや、この雪だと名雲さんは死ぬ。放置したら、確実に死ぬ。
「ゴラくん、とりあえず名雲さんを車の荷台に詰めよう。さすがに外に置きっ放しだと、死んじゃうから」
宅配便のドライバーだからか、まるで名雲さんが荷物の様な言い方をしてしまったけど、まあそこはいい。ゴラくんは不服そうだったけど、死んだら警察が来て私が捕まっていなくなっちゃうよと言った途端、ぴゅーっと音が出そうな勢いで名雲さんの元まで走っていった。
大分積もってきた雪の上を、ゴラくんが作ってくれた足跡を辿りながら木の前まで行く。名雲さんが、ガタガタと青い顔で震えながら、私とゴラくんを交互に見ている。寒くて震えているんだな、と思ったら、違った。
「ば、化け物……!」
怖いらしい。なるほど、確かに木の根がいきなり伸びて自分をぐるぐる巻きに縛り上げて拘束したら、怖いだろう。さもありなん、と私は頷く。するとそれを違う風に受け取った名雲さんは、歯をカチカチ鳴らしながら更に震え始めた。
「こんな所に住んでるから、おかしいと思ったんだ……! 婆ちゃんが言ってた山に住む鬼とその使いなんだ……!」
「山姥のことですかね?」
まだ二十三歳の女性を捕まえて山姥はさすがに酷いと思ったけど、考え直す。このまま嫌われてしまえば、きっと二度とあんな変な真似をしようとは思わないだろう。私は期待に沿えるべく、山姥を名乗ることにした。頭の中で台詞を考えてから声にするので若干のタイムラグがあるけど、仕方ない。これが私の最速だ。
「実はそうなんですよ。よく分かりましたね。今回はこれで勘弁してあげますが、次にちょっかいを出そうとしたら、頭からバリバリ食べちゃいますからね」
なんだか迫力のない台詞になってしまったけど、それでも十分に効果はあったらしい。
「や、やっぱり……!」
ショックを受けた風の名雲さんが、掠れた声を絞り出す。
「信じてたのに……信じてたのに! 君なら俺を許してくれると思ってたのに!」
やはり意味が分からない。そして、名雲さんは泣き始めていた。鼻水も盛大に出しながら、えぐえぐと泣いている。
「大人しそうだと思ったのに! 騙された……!」
人を襲っておいて、騙されたとは随分だ。すると、それはゴラくんも同様だったらしい。名雲さんを睨みつけると、再度手のひらから根っこをニョロニョロと出して、名倉さんの顔に近付けた。
「美空の悪口を言うな」
根っこが名雲さんの頬に触れた瞬間、名倉さんが野太い叫び声を上げた。
「ぎゃ……ぎゃああああ!」
喉からきゅうう、と変な音を出す。そのまま、口から泡を吹いて気を失ってしまった。
木の幹に張り付けられていた根が、ゆっくりと後退していく。やがて全ての根が離れると、名雲さんは雪の中に顔面からぱたりと倒れた。
配達の車の中に無造作に置かれていたガムテープで気を失っている名雲さんの手首と足首を縛ると、ゴラくんが名雲さんの制服の襟を掴み、ずるずると車まで引き摺っていく。ドアポケットに乱雑に突っ込まれていた名雲さんの名刺を拝借し、家に戻ると配達センターに電話をした。
私がかくかくしかじかと事情を説明すると、電話の応対をしてくれたセンター長が息を呑むのが分かった。それはそうだろう。部下の不祥事をいきなり指摘されたのだから。でも、この人には悪いけど、私だって相当な迷惑を被ったのだから勘弁してもらいたい。
暫くすると、センター長が雪の中を自転車で、巧みなハンドルさばきを披露しながらやってきた。名雲さんは手と足をガムテープで拘束されているけど、これを解いたとしても今の精神状態では運転は避けた方が身の為だろう、と私が理知的な判断を下したことによるアドバイスを聞き入れてくれたらしい。配達車をこの場に放置されても困るという理由もある。
「秋野さん、大っ変申し訳ございません!」
ぺこぺこと謝りながら自転車を雪の上に立てようとしていたけど、地面が雪の所為で平らでない為、うまくいかないらしい。しかも焦っているので、余計だった。途中で立てるのを諦めたセンター長は、自転車をその場で横倒しにする。
「とりあえずこちらへ」
センター長の頭頂は薄くなっており、丁度その部分に鳥の巣みたいに雪が積もって、なんだかとても寒そうだ。玄関の中に招き入れると、センター長は上がることはせず、土間でいきなり土下座を始めてしまった。鳥の巣、いや頭から雪がどさささーっと落ち、センター長の床についた手の甲に乗る。それでもセンター長は頭を上げなかった。
「あいつは……っ更生したと思ってたのに、またこんなことを……!」
更生? どういうことか。まさか、こういうことを女性にするのは初じゃないのか。私の心の中の疑問を読んだかの様に、センター長はバッと顔を上げると、聞かれもしないのに、高速タイピングの様な速さで語り出した。
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