11 / 48
第一章 観察日記
11 心臓の音が聞こえる
しおりを挟む
『十一月一日 晴れ 健康状態△ ふくらはぎ半ばまで出る。葉がどんどん枯れ落ち、艶がなくなってきた。ゴラくんに問診すると、本人に不調の認識はない模様。人間の身体の方の肌艶に問題はないが、やや心配』
ゴラくんの頭頂から生えている、放射線状に開いたてかりのある緑の葉の元気がない。どうしてもそれが気になり、落ち着かなかった。
「本当に……大丈夫だよね?」
今日だけで何回目になるか分からない同じ質問をする。ゴラくんはとうに聞き飽きただろうけど、それでも嫌な顔一つせず笑顔で頷き返してくれた。本人が大丈夫だと言うなら大丈夫だろうけど、ゴラくんは肺呼吸ではなく光合成を行なって成長している植物であることに違いはない。
葉は、光合成を行なう上で非常に大事な部分だ。それが枯れ落ちてしまうということは、光合成を行なう必要性が薄れてきたということか。
季節は冬に近付き、私は早くも登山用のフリースを羽織っている。一箇所にじっとしていると、いくら日が当たっていてももう寒いのだ。秋野家所有のこの山も枯れ葉だらけになっているので、ゴラくんの葉も季節的なものだろうとも取れる。だけど、ゴラくんはあと少しで完全に足まで人間の姿になる段階にある。
あと僅かという大切な時期に栄養が足りなくなったらどうなってしまうのか、と一人不安に駆られていた。
「ゴラくん、寒くない? 大丈夫?」
これまた毎日同じことを尋ねてしまっている。ゴラくんはにっこりと笑いながら頷くと、私の肩を掴んで引き寄せた。
「おっ」
私の身長を超えたゴラくんの肩に、私の顎が当たる。表面の浴衣はひんやりと冷たいけど、その下にある彼の体温が伝わってきた。温かい。ゴラくんは私をぎゅっと抱き締めると、背中をトントンとリズミカルに叩き出す。――これはきっと、私の真似をしているのだ。私が昨日、寂しそうなゴラくんにしたから、それで同じことを私にしているのだろう。
つまり、私はそれだけ不安そうな表情をしていたということだ。
愕然とした。何てことだ。育ての親である私が、まだ歩くことすら出来ないゴラくんを心配させてしまっている。庇護者としてあるまじき失態だ。
「ゴッゴラくん! もう大丈夫! ありがとう!」
ぬくもりが居心地よくて思わず脱力していたけど、ほっとしている場合じゃない。ゴラくんを安心させてあげるのは私の役目だから、これでは立場が逆だ。
顔を勢いよく上げると、ゴラくんと目が合う。紫眼は相変わらず吸い込まれそうなほどに美しくて、綺麗だなあと見つめている内に数秒が経過していた。私は抱き締められたたままだ。いけない、しっかりしなければ。
「ゴラくん、私は元気だよ!」
訳の分からない発言になったけど、それを聞いて安心した様だ。ようやく私を解放する。だけど、私はとある疑問を覚えた。
「――ん?」
考えてみれば当然だ。ゴラくんは人間とほぼ同じ姿形をして動いているのだから。
「ちょっとごめんね!」
ゴラくんに断ると、彼の固い胸板の中心に耳を当てる。――やはり聞こえるのは、聞いていると落ち着く鼓動だ。
「心臓がある……」
そう、この背中トントンという技は、よく母親が赤子や幼児にやる動作のひとつだ。由来は、母親の胎内にいる間休みなく聞いていた心臓の音と似ており安心するから、と聞いたことがある。だけど、ゴラくんは母親の胎内で育っている訳じゃない。だから、考えてみればトントンも本来は意味不明のものな筈だ。
それなのに私にそれをしてきたということは、ゴラくんが昨日私がトントンすることで落ち着いたということにならないか。即ちそれは、ゴラくんが心臓の存在を知っていることに繋がるのでは。
突発的にそう思いつき、確認したのだ。そして案の定、聞こえてきたのは、明らかに心臓が脈打つ音。
顔を上げる。私の奇行に若干恐れをなしたのか、やや引き攣った笑顔のゴラくんが私を見下ろしている。
「……どういうこと?」
マンドラゴラなのに心臓がある。光合成をしているのに心臓が脈を打っている。
自分の身体を制御出来ずに首が横に傾げると、ゴラくんも私を真似して同じ方向に首を傾げ、目を細めながら笑いかけてきた。
ゴラくんの頭頂から生えている、放射線状に開いたてかりのある緑の葉の元気がない。どうしてもそれが気になり、落ち着かなかった。
「本当に……大丈夫だよね?」
今日だけで何回目になるか分からない同じ質問をする。ゴラくんはとうに聞き飽きただろうけど、それでも嫌な顔一つせず笑顔で頷き返してくれた。本人が大丈夫だと言うなら大丈夫だろうけど、ゴラくんは肺呼吸ではなく光合成を行なって成長している植物であることに違いはない。
葉は、光合成を行なう上で非常に大事な部分だ。それが枯れ落ちてしまうということは、光合成を行なう必要性が薄れてきたということか。
季節は冬に近付き、私は早くも登山用のフリースを羽織っている。一箇所にじっとしていると、いくら日が当たっていてももう寒いのだ。秋野家所有のこの山も枯れ葉だらけになっているので、ゴラくんの葉も季節的なものだろうとも取れる。だけど、ゴラくんはあと少しで完全に足まで人間の姿になる段階にある。
あと僅かという大切な時期に栄養が足りなくなったらどうなってしまうのか、と一人不安に駆られていた。
「ゴラくん、寒くない? 大丈夫?」
これまた毎日同じことを尋ねてしまっている。ゴラくんはにっこりと笑いながら頷くと、私の肩を掴んで引き寄せた。
「おっ」
私の身長を超えたゴラくんの肩に、私の顎が当たる。表面の浴衣はひんやりと冷たいけど、その下にある彼の体温が伝わってきた。温かい。ゴラくんは私をぎゅっと抱き締めると、背中をトントンとリズミカルに叩き出す。――これはきっと、私の真似をしているのだ。私が昨日、寂しそうなゴラくんにしたから、それで同じことを私にしているのだろう。
つまり、私はそれだけ不安そうな表情をしていたということだ。
愕然とした。何てことだ。育ての親である私が、まだ歩くことすら出来ないゴラくんを心配させてしまっている。庇護者としてあるまじき失態だ。
「ゴッゴラくん! もう大丈夫! ありがとう!」
ぬくもりが居心地よくて思わず脱力していたけど、ほっとしている場合じゃない。ゴラくんを安心させてあげるのは私の役目だから、これでは立場が逆だ。
顔を勢いよく上げると、ゴラくんと目が合う。紫眼は相変わらず吸い込まれそうなほどに美しくて、綺麗だなあと見つめている内に数秒が経過していた。私は抱き締められたたままだ。いけない、しっかりしなければ。
「ゴラくん、私は元気だよ!」
訳の分からない発言になったけど、それを聞いて安心した様だ。ようやく私を解放する。だけど、私はとある疑問を覚えた。
「――ん?」
考えてみれば当然だ。ゴラくんは人間とほぼ同じ姿形をして動いているのだから。
「ちょっとごめんね!」
ゴラくんに断ると、彼の固い胸板の中心に耳を当てる。――やはり聞こえるのは、聞いていると落ち着く鼓動だ。
「心臓がある……」
そう、この背中トントンという技は、よく母親が赤子や幼児にやる動作のひとつだ。由来は、母親の胎内にいる間休みなく聞いていた心臓の音と似ており安心するから、と聞いたことがある。だけど、ゴラくんは母親の胎内で育っている訳じゃない。だから、考えてみればトントンも本来は意味不明のものな筈だ。
それなのに私にそれをしてきたということは、ゴラくんが昨日私がトントンすることで落ち着いたということにならないか。即ちそれは、ゴラくんが心臓の存在を知っていることに繋がるのでは。
突発的にそう思いつき、確認したのだ。そして案の定、聞こえてきたのは、明らかに心臓が脈打つ音。
顔を上げる。私の奇行に若干恐れをなしたのか、やや引き攣った笑顔のゴラくんが私を見下ろしている。
「……どういうこと?」
マンドラゴラなのに心臓がある。光合成をしているのに心臓が脈を打っている。
自分の身体を制御出来ずに首が横に傾げると、ゴラくんも私を真似して同じ方向に首を傾げ、目を細めながら笑いかけてきた。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~
硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚
多くの人々があやかしの血を引く現代。
猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。
けれどある日、雅に縁談が舞い込む。
お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。
絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが……
「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」
妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。
しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる