マンドラゴラの王様

ミドリ

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第一章 観察日記

7 重大な問題に直面する

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『十月十七日 小雨 健康状態◎ 雨でも寒く感じないのは、植物だからと思われる。私の方が冷えてしまったところ、「戻って」と口パクで言われ、速やかに帰宅。明日は身体に泥が付着していることを想定し、タオルを多めに用意しよう。言語の理解度と会話の熟練度は、人間の大人と遜色ないものである。どこでその知識を得たのか、今後確認の上考察の必要があるだろう』

 マンドラゴラだと判明した旧名植物くん、新名マンドラゴラ略してゴラくんは、あれからもすくすくと成長していった。十月十三日の段階で胸の下まであった上半身は、四日経ったところでへそまで出てきた。それは別にいい。成長著しいのは結構なことだけど、問題はこの先にあった。

 ゴラくん曰く、彼の性別は男だ。しかも見た目はどう見ても成人男性で、もう明日には骨盤とお尻の割れ目がお目見えするのではないかというところまで来ている。そしてその後にやってくるのは――。

 股間だ。

「いや、さすがにゴラくんのだからって見ちゃいけないよねえ!」

 帰宅後、布団に転がりながら寝付けないでいた理由はこれだった。もうあと数日で、そこが出てくる。だけど、成人男性のそれなんて父の物以外見たことがないし、それも遥か遠い思い出に過ぎない。見ていいのかどうか以前に、自分に見る勇気があるかどうかがまず問題だった。

「いやでも土だらけだから、そっちよりも後に手が出てくるだろうし自分で拭けないだろうし……ああああっ!」

 自分の小さな頭から生えている、背中半ばまである細めの長い黒髪を両手で掻きむしりながら、私は悶絶した。そう。立ってみれば分かるけど、人間の手の先は股間よりも下に来る。ゴラくんの手が極端に短くない限り、順当に育てばまず最初にお目見えするのは股間の方だ。そこが解放された後に、指まで出てくる順番となる筈だった。

「ああいう所って、清潔にしないとばい菌とか入ったらまずいんだったよねえ……?」

 パソコンで調べようと思い、いや待て落ち着けと思い留まる。万が一、実物の映像が出てきたらどうする。嫌でもいずれゴラくんのそれを見ることにはなるだろうけど、まだ覚悟が出来ていなかった。そもそも散策ルートに生えているゴラくんは、家から向かうと正面を向いて生えている。あそこが出て来た後は、毎朝そこが目に飛び込んでくることに気が付いた。

「あああああっ」

 再度ゴロゴロと敷布団の上を転がり畳の上に落ちると、暫く思考を停止する。思考停止の後、いやいや考えなければ確実にそれを直視せざるを得ない状況に陥る、と考え直した。

「何とかしよう、なんとか……!」

 私は作戦を練ることにした。そうだ、地面から出てくる前に、腰に布を巻いてあげたらどうだろうか。そして拭く時は、後ろから手を回して拭くのだ。触ることにはなってしまうけど、そこは洗浄処理ということで心を無にして対峙すれば、きっと何とかなる。数日待てば手も出てくるから、後は自分で拭いてもらえばいい。そうだ、パンツを履かせれば――。

 そこまで考え、ゴラくんの足も地面に埋もれている為、パンツなど履けないことに気付く。

「大人用おむつ……? いや、さすがにそれは……」

 介護用おむつを履いたゴラくんに朝の挨拶をされるのは、絵面的にさすがにアウトだろう。

「……どうしよう」

 畳の上に転がりながら、私は途方に暮れた。



『十月十八日 大雨 健康状態不明 土砂降りの中、長靴と雨合羽を着用しゴラくんの元へと向かう。だが、ぬかるみに足を取られ転びまくる私を見たゴラくんは、雨の日は来ちゃ駄目だ、と目配せに首をぶんぶん横に振ることで伝えてきた。大雨の中でもゴラくんは元気一杯で、雨の中で観察を行なったところ、下腹部が大分出てきている。早く対処をせねばならない。緊急度、高』

『十月十九日 雨 健康状態不明 一昨日から続く雨は大分小ぶりになったが、地盤が緩くなっている為ゴラくんの観察は断念する。私の計算によると、明日辺りがXデーではないだろうか』

 明日は雨が止みます様に、と縁側にてるてる坊主を吊り下げる。ゴラくんがいる方向を、膝を抱えつつ見守った。マンドラゴラ、植物名でいうとマンドレイクは、かなり根が立派な植物だ。大きな土砂崩れでも起きない限り、多少水が流れた程度では流されないだろう。

 それでも、この雨の中一人でポツンと動くことも出来ず立っていることを考えると、今すぐにでも隣に行ってやりたかった。気分はすっかり母親だ。

 目を覚まして以降、ゴラくんの意識は明瞭だった。私の問いかけに常に目を輝かせ、いつでも私をじっと見つめてくる。やはりその熱意はインプリンティング効果から来るものなのだろうと推測したけど、となれば私の責任は重大だ。ゴラくんがこの先どうなるのか、そもそも歩ける様になったりするかも不明だけど。

 マンドラゴラについて調べたところ、歩行は可能な様だ。引っこ抜く際に、人間が気絶したりショック死する様な悲鳴を上げるとの記載があった。でも、果たしてそれがゴラくんに適用されるのか。いよいよになった暁には、ゴラくんに尋ねてみようと思う。

 だけど、とにかく直近の問題は股間だ。早急に何かしらの対策を練った上で、明日には彼の元に赴かねばならない。上の方が少し出ているくらいだったら、土にまみれているだろうから恐らくは気にならない程度だろう。でも、足の付け根が出てくる頃にはもう直視出来ないだろうから。

「――あっ」

 洋服の上着を着せようと考えるからいけないのだ。洋服は、丁度ピンポイントでそこが曝け出されるだけだ。

「確かここにあった筈!」

 押入れの中にあるクリアケースを引っ張り出す。母が再婚した際、母の物はほぼ持ち出されたけど、父の遺品はこの場に残されたままだ。寝ていることの多かった父は、これが一番楽なんだと着古した浴衣を着用していたことを思い出したのだ。クリアケースの蓋を開けると、ナフタリンの薬臭が部屋に漂う。

「ええと……あ、これがいいかも!」

 見覚えのある一枚を取り出した。何着もある父の形見の浴衣は、どれもよく着込まれていて肌触りがいい。裾が土に付くかとも思ったけど、浴衣はお端折りが作れる。しかも細かった父の浴衣でも、体格のいいゴラくんを上から包むことが可能だ。浴衣のいいところは、サイズを気にせずにいられるこの汎用性にある。

「臭いけど……」

 浴衣に鼻を付けた。かなりナフタリン臭い。陰干しすれば臭いは取れる筈だから、明日まで縁側に干しておこう。

 とりあえずの解決策が思い浮かびホッとすると、ゆらゆらと揺れるてるてる坊主の横に、ハンガーに掛けた浴衣をぶら下げた。
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