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第80話 男の勲章
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初めてのことだらけで強張ってしまった身体に鞭を打ちつつ、身支度を整える。シスは余裕なもので、「さっきの銀色呼んでくるなー!」と太陽みたいに笑った後、立ち上がるとくるりと背中を向けた。
シスの背中を見て、思わずぎょっとする。
「うわっ」
「ん? どうした小町」
穏やかな笑みをたたえたまま振り返るシスの背中には、思わず笑っちゃうほど酷い引っかき傷が無数に走っていた。私がつい付けちゃったやつだ。い、痛そう……。
「背中、沢山引っ掻いちゃった……ごめん、痛いでしょ」
シスは「んー?」と身体を捻って肩越しに見たり背中に手を回して触れて確認すると、こそばゆそうに微笑む。え、それって笑うところかな?
「小町が付けた傷、小町らしくて可愛らしいな!」
「は?」
これの一体どこが可愛らしいんだろう。結構えぐいくらい抉れてる箇所もあるんですけど。
だけど、シスはそんなことはお構いなしらしい。ニパーッと笑うと、さっきまでのムンムンの色気は霧散し、いつもの無邪気なシスが現れた。ああ、やっぱり可愛いなあ。
「言うならば男の勲章だもんな! 番成立記念に、暫くこのままにしておくぞ! サーシャたちにこれを見せたら驚くかもな!」
前言撤回。言ってることはちっとも可愛くなかった。番成立記念ってなに。そんな記念日が亜人にはあるのか。
「え、いや、待とうかシス」
「んー? とにかくこれはこのままにするからな、痛くないから心配しなくていいぞー!」
待て。待て待て。心配してるんじゃないから。そんなこっ恥ずかしいものを、他人に見せびらかす宣言をしないでほしい。
やっぱりシスにはいまいちデリカシーってものが足りないみたいだ。……まあでも、物凄く優しかったけど。大人の色香をプンプンさせるもんだから惚れ直しちゃったけど。
「冗談言ってないで、ちょっと血を吸ったら治せるんじゃ……」
私がそう言った途端、シスが踵を返して戻ってきた。私の前にしゃがむと、一瞬も躊躇わずに濃厚なキスをしてくる。
「んむう……っ」
いきなりなに! さっきもっと凄いことはしたけど、それでもやっぱりまだ半分夢の中にいる気分でいた私は、シスに攻められて目を白黒させた。
暫くシスの好き勝手にされた後、ぷはっと口を離す。……全然お子ちゃまじゃない!
シスの真剣な眼差しが、私を真っ直ぐに射抜いた。
「小町は俺の大事な唯一の番だ。こんな小さな傷だし、しかも可愛い小町が付けた大切な傷だぞ。それを治す為に大切な小町の血を吸うなんて、したくない」
「でも……」
その背中で彷徨かれるのもなあ。そうは思っても口に出来ないでいると、シスが私の頬にキスをして、頭を撫でる。
「じゃあ、次の時はデザートに少しいただく。三口だけ。な?」
次の時。今まさに大人の階段を突然登ってしまった私に、次回予告をしないでほしい。はい喜んでなんて言えるほど、乙女は奔放じゃないんだから。
「さ……さっさと呼んできてよっ!」
シスの肩をグイッと押すと、シスはにこにこと笑いながら立ち上がり、Z2213くんを今度こそ呼びに行った。
「ああ、もう……っ」
さっきまでは無我夢中で訳が分かってなくていっぱいいっぱいで余計なことなんて一切考えられなかったけど、思い返せばとんでもなく大胆なことをしてしまった。しかも、もう絶対後戻りできない大きな一歩を踏んでしまった。
正直、この先自分がどうなっていくのか、皆目見当がつかない。
だけど。
だけどやっぱりさっき考えた様に、シスは私が困ったことにならない様、私の気付かないところで気を配り続けていくんだろう。気が付けばシスに守られて囲まれてもうヒトの生活になんか戻りたくないって思えるくらい、大事にしてくれるんだろう。
「……全く、仕方ないなあ」
声に出してみると、やっぱりちょっと偉そうだ。でも、強がってる私が可愛いって言ってくれたシスには、もしかしたらこれくらいの方が合ってるのかもしれない。
それに、私がしっかり手綱を掴んでおかないと、シスはすぐに暴走しちゃうから、小言が多いくらいで丁度いいんだろう。
「小町ー!」
シスとZ2213くんが、連れ立って戻ってきた。
「ありがと。じゃあ行こうか!」
立ち上がると、足に力が入らなくてガクンと崩れ落ちそうになる。そんな私を当然の様に横抱きに抱き上げると、シスが明るく笑った。
「小町、無理するなー」
「う、うん……」
立てないほどになるなんて、恥ずかしい。でも、シスの包み隠さない優しさを全面に受け取るのは、はっきり言って幸せ過ぎてやめたくない。
『済世区ノ小町サマ、オ連レ様モ同行デヨロシイデスカ』
「あ、うん、お願いします」
『カシコマリマシタ。――エレベーターホールニ電力供給再開、接続確認』
パ、パ、とエレベーターホール内に照明が灯されていく。それまで蔦の中に半ば埋もれていたエレベーターの扉の奥で、モーターがブウンと動き始める音が聞こえてきた。
シスが、若干不安そうな目でキョロキョロと見ている。私はそんなシスの首に腕を回すと、シスの口の横、唇が重なるかどうかぎりぎりの場所にキスをした。
「小町……」
シスが嬉しそうに笑う。全くもう。可愛すぎてこっちまで笑っちゃったじゃないの。
笑顔でシスを見上げた。
「シス、これから見るのはシスにとっては初めてのことばかりだと思うけど、怖がらないで。ヒトの町にある物と一緒だから、怖くないから。……私がついてるから」
シスがこくんと頷く。
「小町が大丈夫って言うなら、信じられるからなー」
なんせ小町は頭いいもんな、と微笑みながら言われて、私は私の無邪気で最高に格好いい番の唇に、今度こそしっかりと唇を重ねたのだった。
シスの背中を見て、思わずぎょっとする。
「うわっ」
「ん? どうした小町」
穏やかな笑みをたたえたまま振り返るシスの背中には、思わず笑っちゃうほど酷い引っかき傷が無数に走っていた。私がつい付けちゃったやつだ。い、痛そう……。
「背中、沢山引っ掻いちゃった……ごめん、痛いでしょ」
シスは「んー?」と身体を捻って肩越しに見たり背中に手を回して触れて確認すると、こそばゆそうに微笑む。え、それって笑うところかな?
「小町が付けた傷、小町らしくて可愛らしいな!」
「は?」
これの一体どこが可愛らしいんだろう。結構えぐいくらい抉れてる箇所もあるんですけど。
だけど、シスはそんなことはお構いなしらしい。ニパーッと笑うと、さっきまでのムンムンの色気は霧散し、いつもの無邪気なシスが現れた。ああ、やっぱり可愛いなあ。
「言うならば男の勲章だもんな! 番成立記念に、暫くこのままにしておくぞ! サーシャたちにこれを見せたら驚くかもな!」
前言撤回。言ってることはちっとも可愛くなかった。番成立記念ってなに。そんな記念日が亜人にはあるのか。
「え、いや、待とうかシス」
「んー? とにかくこれはこのままにするからな、痛くないから心配しなくていいぞー!」
待て。待て待て。心配してるんじゃないから。そんなこっ恥ずかしいものを、他人に見せびらかす宣言をしないでほしい。
やっぱりシスにはいまいちデリカシーってものが足りないみたいだ。……まあでも、物凄く優しかったけど。大人の色香をプンプンさせるもんだから惚れ直しちゃったけど。
「冗談言ってないで、ちょっと血を吸ったら治せるんじゃ……」
私がそう言った途端、シスが踵を返して戻ってきた。私の前にしゃがむと、一瞬も躊躇わずに濃厚なキスをしてくる。
「んむう……っ」
いきなりなに! さっきもっと凄いことはしたけど、それでもやっぱりまだ半分夢の中にいる気分でいた私は、シスに攻められて目を白黒させた。
暫くシスの好き勝手にされた後、ぷはっと口を離す。……全然お子ちゃまじゃない!
シスの真剣な眼差しが、私を真っ直ぐに射抜いた。
「小町は俺の大事な唯一の番だ。こんな小さな傷だし、しかも可愛い小町が付けた大切な傷だぞ。それを治す為に大切な小町の血を吸うなんて、したくない」
「でも……」
その背中で彷徨かれるのもなあ。そうは思っても口に出来ないでいると、シスが私の頬にキスをして、頭を撫でる。
「じゃあ、次の時はデザートに少しいただく。三口だけ。な?」
次の時。今まさに大人の階段を突然登ってしまった私に、次回予告をしないでほしい。はい喜んでなんて言えるほど、乙女は奔放じゃないんだから。
「さ……さっさと呼んできてよっ!」
シスの肩をグイッと押すと、シスはにこにこと笑いながら立ち上がり、Z2213くんを今度こそ呼びに行った。
「ああ、もう……っ」
さっきまでは無我夢中で訳が分かってなくていっぱいいっぱいで余計なことなんて一切考えられなかったけど、思い返せばとんでもなく大胆なことをしてしまった。しかも、もう絶対後戻りできない大きな一歩を踏んでしまった。
正直、この先自分がどうなっていくのか、皆目見当がつかない。
だけど。
だけどやっぱりさっき考えた様に、シスは私が困ったことにならない様、私の気付かないところで気を配り続けていくんだろう。気が付けばシスに守られて囲まれてもうヒトの生活になんか戻りたくないって思えるくらい、大事にしてくれるんだろう。
「……全く、仕方ないなあ」
声に出してみると、やっぱりちょっと偉そうだ。でも、強がってる私が可愛いって言ってくれたシスには、もしかしたらこれくらいの方が合ってるのかもしれない。
それに、私がしっかり手綱を掴んでおかないと、シスはすぐに暴走しちゃうから、小言が多いくらいで丁度いいんだろう。
「小町ー!」
シスとZ2213くんが、連れ立って戻ってきた。
「ありがと。じゃあ行こうか!」
立ち上がると、足に力が入らなくてガクンと崩れ落ちそうになる。そんな私を当然の様に横抱きに抱き上げると、シスが明るく笑った。
「小町、無理するなー」
「う、うん……」
立てないほどになるなんて、恥ずかしい。でも、シスの包み隠さない優しさを全面に受け取るのは、はっきり言って幸せ過ぎてやめたくない。
『済世区ノ小町サマ、オ連レ様モ同行デヨロシイデスカ』
「あ、うん、お願いします」
『カシコマリマシタ。――エレベーターホールニ電力供給再開、接続確認』
パ、パ、とエレベーターホール内に照明が灯されていく。それまで蔦の中に半ば埋もれていたエレベーターの扉の奥で、モーターがブウンと動き始める音が聞こえてきた。
シスが、若干不安そうな目でキョロキョロと見ている。私はそんなシスの首に腕を回すと、シスの口の横、唇が重なるかどうかぎりぎりの場所にキスをした。
「小町……」
シスが嬉しそうに笑う。全くもう。可愛すぎてこっちまで笑っちゃったじゃないの。
笑顔でシスを見上げた。
「シス、これから見るのはシスにとっては初めてのことばかりだと思うけど、怖がらないで。ヒトの町にある物と一緒だから、怖くないから。……私がついてるから」
シスがこくんと頷く。
「小町が大丈夫って言うなら、信じられるからなー」
なんせ小町は頭いいもんな、と微笑みながら言われて、私は私の無邪気で最高に格好いい番の唇に、今度こそしっかりと唇を重ねたのだった。
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