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第78話 再確認

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 ふかふかの枯葉の上に敷かれたポンチョは、まるで天然のベッドみたいだ。その上に座らされて、シスが覆い被さり超至近距離で私を覗き込んでいるこの状況とは如何に。

「シ、シス……あの?」

 思わず引き攣り笑いが出た。シスはそんな私の頬を優しく撫でると、真剣な目つきで囁きかける。

「小町。俺たち、番になる約束をしたよな……?」

 番になる約束。片方が血を吸わせてと聞いて、もう片方が舌から血を吸わせたら婚約成立、とロウが言っていたやつだ。

 確かにしたけれども、あれは成立ってことでいいのか。好きとお互い言い合いはしたけど、だからって番になるって話は一度も出なかった。他の亜人にもヒトにもやるもんか、とぼそりと呟かれたことがあったくらいで、それをプロポーズと受け取るほど私は馬鹿でも純粋でもない。多分。

 だから、何となくスッキリしない。私はジリジリと追い詰められている感を全身で感じながら、時間稼ぎに舵を切った。

「わ、私、あれがそういう意味って聞いてなかったんだけど!」

 そう、嘘じゃない。私は全く知らなかった。シスが「美味いらしぞー」なんて呑気に言っていたのを聞いたことがあっただけだ。

「じゃあ、舌から血を吸わせたのは何でだ?」

 今にも鼻の頭が付きそうな距離に、あれだけ会いたかったシスがいる。たった一日離れていただけなのに、会いたくて苦しくて、どうにかなってしまいそうだった。本当は、今すぐ抱きついてシスがちゃんとそこにいることを確かめたい。

 だけど何となく、このままはっきりさせずに済ませるのは違う気がした。乙女の勘が、私にそう告げている。

「それは……っ! シスが、血を吸わないって言い出すから、だから! 前にあの飲み方の話をしてくれたのを思い出して……!」

 シスと私の鼻の頭が触れた。ち、近い! そして目が爛々と光ってる! なんか怖い!

「俺になら、キスしながら血を飲ませてもいいと思ったのか?」
「う……っ」

 いつもの子供っぽいシスはどこにいったんだろう。これじゃまるきり大人の男の人だ。

 ああ、恥ずかしい。でも、嘘を吐くのも何かが違う気がして、これに関しては素直に頷いた。

「う、うん……。だってその前に一回してたし、シスは絶対に死なせたくなかったし……」

 私は焦っていた。シスの色気があまりにも心臓を刺激するものだから、脈拍がヤバいことになっている。多分、頸動脈からもとんでもなく血の匂いが放出されているんじゃないか。

 シスの手が、私の手を正面から握った。指を絡めた握り方は優しいけど、絶対逃がさないという意思をひしひしと感じる。

 シスの目は、一度も逸らされることはない。だから私も逸らせなかった。魅入られた様に、ただひたすら見つめ返す。

「じゃあ、番になる約束は有効ってことでいいんだな?」

 ひい……っどストレート!

 でも、誤魔化すのは嫌だ。済世区サイセイ・ディストリクトに住むことはもう出来なくなるだろうけど、小夏を助けられたなら、後は町の外で暮らしたってきっとシスが私を一所懸命守ってくれる。もう二度と、シスと離れたくないから。

「う、うん……」

 私が頷いた瞬間、シスが太陽みたいな笑顔を見せた。ま、眩しい!

 ちゅ、と軽めに唇を重ねるシス。あ、もう心臓が口から飛び出る。顔を上げたシスは、相変わらずジッと私を見つめ続けた。……シスはこんなになるほど、私の何にそんなに惹かれたんだろう。ふと、疑問に思えてくる。

 生意気で可愛くない態度ばっかり取ってるのに、これのどこがいいんだろう。我ながら疑問だった。

 すると突然、シスが訳の分からない話を始める。

「今回のことは、俺の判断が間違ってた」
「は、判断?」

 シスが頷いた。

「小町の態度が可愛すぎて、もっと見たくて先延ばしにしてた」
「は? 私の態度って?」

 よく分からない。私が首を傾げると、シスの唇が今度は私の目尻に触れた。……や、柔らかくてゾゾゾッてした!

「そ、そもそも、シスは私の何がそんなにいい訳!?  血が美味しそうだから!?」

 恥ずかしさを誤魔化そうと、思わずツンケンした言葉が飛び出す。違う、そんな言い方したいんじゃないのに。どうしてこの口は、可愛くないことばかりペラペラと出てくるのか。

 シスは、私のこんな態度にも笑顔で返す。お子ちゃまだなんだって散々馬鹿にしてたけど、私より全然大人じゃない。お子ちゃまなのは、やっぱり私の方だ。

「違う、小町。俺は――」

 スウ、とひと息吸った後、シスは一気に語り出した。
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