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第68話 ロウと二人
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これはシスに抱き枕代わりにされる様になってから知ったことだけど、人肌はかなり温かい。亜人の体温が高いのかシスの体温が高いのかは分からないけど、シスとくっついているとポカポカしてきて、いつも眠気を誘った。
だから、シスに横抱きにされている時はしょっちゅう昼寝を決め込んでいた。最初はあんなに寝ている間にシスに血を吸われないかと警戒していたのに、考えてみれば随分と気を許すようになっていたものだ。シスはシスで血を吸いたい誘惑とずっと戦ってたんだとすると、やっぱりいい亜人だった、と今更ながらに思う。
だけど今、私を抱えて歩いているのはシスじゃない。ロウはシスよりもひと回り身体が小さいこともあって、若干「大丈夫かなあ」と思わなくもない。だけど、意外なことにロウはしっかりと私を抱え続け、私を一回も地面に下ろすことなく朝が来るまで歩き続けた。とんでもない体力だ。やっぱり亜人はヒトと違うんだなあと、改めて感心する。
人肌は温かい。ロウだって温かかった。だけど、寝られなかった。ウトウトはして、ロウは「寝てなよ」と言ってはくれた。だけど、暗くてロウの顔すら見えないのに、これはシスじゃないんだって感触で分かってしまうと胸が締め付けられた様に感じて、寝るどころじゃなかった。
寝られない代わりに、何も見えないけど、暗い背後の森の奥をぼんやりと見つめては考えた。
シスはまだ寝てるかな。起きた時、私がいなくなっているのが分かったら怒るかな。それとも泣いちゃうかな。
すぐに食べられる食糧を並べていったから、自分が置いていかれたことは理解するだろう。シスは純粋ではあるけれど、別に私が散々言っていた様な馬鹿じゃないから。
喋り方がアホっぽいだけで、色んなことを知っていて聞けば嫌味なく教えてくれたし、サバイバル能力も異様に高かった。それは即ち、判断力が高いってことなんじゃないか。だったら、物事にどんな意味があるのか、シスだったらきっと見たら分かる。
それに、血を与える前に「ここまでの報酬」だときっちりと伝えた。シスは怪我で意識が朦朧としていたかもしれないけど、ちゃんと受け答えはしていたから、理解はしていた筈だ。
ヒトの小町の護衛役を、あの時を以て解雇されたのだと。
私がシスのことを好きだと言った言葉に、嘘偽りはない。私だって、かなり最初の頃からシスが気になって仕方なかった。物凄い超絶美形な癖に、喋り方は子供みたいなシスのギャップに、引力みたいにぐんぐん引き寄せられていった。
シスが私を見て笑う度に、私に話を聞いてという素振りを見せる度に、大人の男性な筈なのに可愛く見えて仕方なかった。なのに一人前に私を守ろうとして、時には私が嫌だって言ってもしつこく構ってきたことにも悪意なんて微塵も感じられなかったから、本音ではそれが嬉しかった。
私を独占しようとして、他の亜人になんかやるものかと呟かれる度に、心臓が高鳴った。もしかして、そんなことをつい思ってしまった。でも、自分の勘違いだったら恥ずかしくて穴を掘って飛び込みたくなるから、シスは亜人、私はヒトだからないないって必死で自分に言い聞かせ続けた。
でも、シスが私に向ける笑顔が太陽みたいに眩しくて、優しく扱われる度に誘惑に負けそうになった。
それだけに、どう見てもペット扱いでしかない態度を取られる度に、逆に苛立った。少しでも女の子だって認識してくれないかな。私のことを恋愛対象として見てくれないのかなと、頭では思い切り否定しながらも、心の奥底で望んでいた。
シスが私を好きになってくれることを。
無理だろう、そう思っていたのに、シスは私のことを好きだと言ってくれた。私もシスに好きだと伝えることが出来た。まさかまさかの奇跡の両想い。だから、もうこれでいいと思わないといけないんだろう。
シスがただの護衛のままで、それ以上の感情がお互いないんだったら、この先も一緒に行ってと頼めたかもしれない。だけど、シスは私の頼みは聞こうとしてしまう。自分の身を挺して、私を優先してしまう。
それが分かってしまったから――もう、一緒には進めなかった。
ロウに関しては、悪いとは思う。だけど、あの場にロウとシスを置いていく訳にもいかなかったし、ロウはロウで私から離れそうにもない。ロウはきっと、私がロウの気持ちを利用していることを理解しているんだろう。シスから離れる為に、ロウを使った。それが分かっていて、ここまで運んでくれた。
「小町、ようやく出られたよ」
「うわあ……っ」
朝を迎えると同時に、森から出た。目の前に広がるのは、緩やかに上へ傾斜した草原だ。両サイドには、深い森を蓄えた山がそびえ立っている。朝日が草原に反射して、眩しかった。
一旦休憩ということで、下ろしてもらう。少しふらつきはしたけど、何とか普通に歩けそうだ。
簡単に食事を済ませた後、ホルスターから丸めた地図を取り出すと、コンパスを片手に地形と見比べてみた。……ええと。
「た、多分そこの間を行く?」
断言し切れていないのは一目瞭然だったんだろう。ロウは小さく可笑しそうに微笑むと、
「見せて」
と私の横から地図を覗き込んできた。ロウの顔がやけに近くて、うわ、近いよと思わず驚く。
「小町、あれは違うよ。ここは間を通るんじゃなくて、右に迂回しつつ前進」
「あ、そ、そうか」
引きつり笑いを浮かべながら答えると、ロウが私の肩に手を置きながら身体を擦り寄せてきた。ちょ、ちょっと。
「小町、まだアイツの匂いの方が強いから、アイツが自分の匂いを辿ってきたら居場所がバレちゃうよ」
「えっ」
やけに近いと思っていたら、匂いを嗅いでいたのか。焦った。
ロウがにっこりと笑う。
「俺の匂いで上書きしたら、誤魔化せると思うよ」
「へっ!?」
「アイツの時は一緒に寝てたんでしょ? だから今の内に距離を稼いで、後で匂いを付けてあげる」
怖くないからね。そう言われて、私は何も答えられなかった。
だから、シスに横抱きにされている時はしょっちゅう昼寝を決め込んでいた。最初はあんなに寝ている間にシスに血を吸われないかと警戒していたのに、考えてみれば随分と気を許すようになっていたものだ。シスはシスで血を吸いたい誘惑とずっと戦ってたんだとすると、やっぱりいい亜人だった、と今更ながらに思う。
だけど今、私を抱えて歩いているのはシスじゃない。ロウはシスよりもひと回り身体が小さいこともあって、若干「大丈夫かなあ」と思わなくもない。だけど、意外なことにロウはしっかりと私を抱え続け、私を一回も地面に下ろすことなく朝が来るまで歩き続けた。とんでもない体力だ。やっぱり亜人はヒトと違うんだなあと、改めて感心する。
人肌は温かい。ロウだって温かかった。だけど、寝られなかった。ウトウトはして、ロウは「寝てなよ」と言ってはくれた。だけど、暗くてロウの顔すら見えないのに、これはシスじゃないんだって感触で分かってしまうと胸が締め付けられた様に感じて、寝るどころじゃなかった。
寝られない代わりに、何も見えないけど、暗い背後の森の奥をぼんやりと見つめては考えた。
シスはまだ寝てるかな。起きた時、私がいなくなっているのが分かったら怒るかな。それとも泣いちゃうかな。
すぐに食べられる食糧を並べていったから、自分が置いていかれたことは理解するだろう。シスは純粋ではあるけれど、別に私が散々言っていた様な馬鹿じゃないから。
喋り方がアホっぽいだけで、色んなことを知っていて聞けば嫌味なく教えてくれたし、サバイバル能力も異様に高かった。それは即ち、判断力が高いってことなんじゃないか。だったら、物事にどんな意味があるのか、シスだったらきっと見たら分かる。
それに、血を与える前に「ここまでの報酬」だときっちりと伝えた。シスは怪我で意識が朦朧としていたかもしれないけど、ちゃんと受け答えはしていたから、理解はしていた筈だ。
ヒトの小町の護衛役を、あの時を以て解雇されたのだと。
私がシスのことを好きだと言った言葉に、嘘偽りはない。私だって、かなり最初の頃からシスが気になって仕方なかった。物凄い超絶美形な癖に、喋り方は子供みたいなシスのギャップに、引力みたいにぐんぐん引き寄せられていった。
シスが私を見て笑う度に、私に話を聞いてという素振りを見せる度に、大人の男性な筈なのに可愛く見えて仕方なかった。なのに一人前に私を守ろうとして、時には私が嫌だって言ってもしつこく構ってきたことにも悪意なんて微塵も感じられなかったから、本音ではそれが嬉しかった。
私を独占しようとして、他の亜人になんかやるものかと呟かれる度に、心臓が高鳴った。もしかして、そんなことをつい思ってしまった。でも、自分の勘違いだったら恥ずかしくて穴を掘って飛び込みたくなるから、シスは亜人、私はヒトだからないないって必死で自分に言い聞かせ続けた。
でも、シスが私に向ける笑顔が太陽みたいに眩しくて、優しく扱われる度に誘惑に負けそうになった。
それだけに、どう見てもペット扱いでしかない態度を取られる度に、逆に苛立った。少しでも女の子だって認識してくれないかな。私のことを恋愛対象として見てくれないのかなと、頭では思い切り否定しながらも、心の奥底で望んでいた。
シスが私を好きになってくれることを。
無理だろう、そう思っていたのに、シスは私のことを好きだと言ってくれた。私もシスに好きだと伝えることが出来た。まさかまさかの奇跡の両想い。だから、もうこれでいいと思わないといけないんだろう。
シスがただの護衛のままで、それ以上の感情がお互いないんだったら、この先も一緒に行ってと頼めたかもしれない。だけど、シスは私の頼みは聞こうとしてしまう。自分の身を挺して、私を優先してしまう。
それが分かってしまったから――もう、一緒には進めなかった。
ロウに関しては、悪いとは思う。だけど、あの場にロウとシスを置いていく訳にもいかなかったし、ロウはロウで私から離れそうにもない。ロウはきっと、私がロウの気持ちを利用していることを理解しているんだろう。シスから離れる為に、ロウを使った。それが分かっていて、ここまで運んでくれた。
「小町、ようやく出られたよ」
「うわあ……っ」
朝を迎えると同時に、森から出た。目の前に広がるのは、緩やかに上へ傾斜した草原だ。両サイドには、深い森を蓄えた山がそびえ立っている。朝日が草原に反射して、眩しかった。
一旦休憩ということで、下ろしてもらう。少しふらつきはしたけど、何とか普通に歩けそうだ。
簡単に食事を済ませた後、ホルスターから丸めた地図を取り出すと、コンパスを片手に地形と見比べてみた。……ええと。
「た、多分そこの間を行く?」
断言し切れていないのは一目瞭然だったんだろう。ロウは小さく可笑しそうに微笑むと、
「見せて」
と私の横から地図を覗き込んできた。ロウの顔がやけに近くて、うわ、近いよと思わず驚く。
「小町、あれは違うよ。ここは間を通るんじゃなくて、右に迂回しつつ前進」
「あ、そ、そうか」
引きつり笑いを浮かべながら答えると、ロウが私の肩に手を置きながら身体を擦り寄せてきた。ちょ、ちょっと。
「小町、まだアイツの匂いの方が強いから、アイツが自分の匂いを辿ってきたら居場所がバレちゃうよ」
「えっ」
やけに近いと思っていたら、匂いを嗅いでいたのか。焦った。
ロウがにっこりと笑う。
「俺の匂いで上書きしたら、誤魔化せると思うよ」
「へっ!?」
「アイツの時は一緒に寝てたんでしょ? だから今の内に距離を稼いで、後で匂いを付けてあげる」
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