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第64話 シスの怪我
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ロウが、身体を強張らせているシスを抱えた。そのまま、シスを草むらの上に横たわらせる。
「シス!」
泣きそうになりながらシスの顔のすぐ横にペタンと尻もちを付くと、シスは苦しそうな荒い息を繰り返しながらも笑った。
「だ、大丈夫だぞ……」
なんでそんなに辛そうなのに笑えるの。私が悪いのに。私のことを責めてよ、シス――!
なのに、私の口から飛び出したのは、相変わらずちっとも可愛くないひねくれた言葉だけ。
「馬鹿! 強がってる場合じゃないでしょ!」
「シス! お前な、凄い血の匂いがしてるんだってば! ちょっと見せてみろ――」
シスの背中を確認し始めたロウが、「ひっ」という声にならない声を上げる。一瞬で泣き出しそうな顔になったロウが、私に助けを求めてきた。
「こ、小町、これどうしよう……っ!」
グイグイとポンチョを掴まれたので、膝立ちをしてシスの背中を上から覗き込んだ。
買ったばかりの赤茶のポンチョには、黒く焦げてざっくり裂けている部分がある。暗くてよく見えなかったので、上にさっきの無人小型航空機がいないことをさっと目視と耳で確認した後、ホルスターからペンタイプの携帯用小型ライトを取り出した。
「うわっ!」
パッと白昼色の光の筋が飛び出すと、ロウが思い切りビビる。物凄い顔が引き攣ってるけど、大丈夫かな。
「なっなっ!」
「ただのライトよ。大丈夫だから」
ライトの先を揺らしながら私の手のひらに当てると、ロウがようやく肩の力を抜いた。
「へっ……怖くないやつ?」
「怖くないから、ちょっとこれを持ってシスの背中を照らしてくれる?」
まだちょっと恐ろしげな顔をしているロウにライトを差し出すと、ロウは恐る恐るといった様子でそれを受け取った。亜人の世界には、電気の概念がないのかもしれない。これまでのロウの反応や、亜人街の様子を思い返して思った。
「早く!」
「わ、分かった!」
今はそれよりも、シスの怪我の様子だ。ハアハアと息がどんどん早くなっているのが、怖くて仕方なかった。でも、見ないで怖がっていないで早く確認して対処しないと、取り返しのつかないことになっちゃうかもしれない。
ガタガタと震えそうになる手を止める為、奥歯をギリッと噛み締めた。
ロウが持っているライトが、シスのビリビリになったポンチョの背中を照らし出す。あの光線で焼かれたのか、縦に黒く焦げ目が走っていて、布が大きく裂けていた。……あれ。
「これ……っ」
ポンチョが赤茶だったからすぐに気付かなかったけど、よく見ると焦げ目の周りがぐっしょりと黒ずんで濡れている様な。……まさか。
パニックになりそうな心を深呼吸して落ち着かせながら、ポンチョとゆっくりとめくっていった。
そこにあったのは。
「ひっ」
「小町、どうした……?」
こんな時だっていうのに、当のシスは私に優しい声を掛ける。馬鹿、私の心配なんてしてる場合じゃないのに。
「うわ、これ……っ」
同じく背中を確認したロウが、思い切り顔を顰めた。
シスの剥き出しの背中には、肩甲骨から腰に掛けて大きな傷が縦に走っていた。光線で焼き切れちゃったんだろう。焼けただれた肉が見えていて、そこからおびただしい量の血が流れ出てしまっている。
尋常じゃない出血量に、一瞬くらりと目眩がした。だけど、駄目。ビビってる場合じゃない!
「ど、どうしたらいい!?」
ロウが、ふむ、と唸った。
「見たところ内臓や骨は大丈夫そうだから、血さえ止めて傷口を塞げば大丈夫だと思う!」
「だから、どうやって!」
泣いている場合じゃないのに、呻き声が更に苦しげなものに変わっていくシスを見ていたら怖くなって、涙が溢れてきた。
「小町……泣くな……」
シスの弱々しい手が、伸びてくる。私はその手を縋り付く様に握り締めた。
「シス! 傷ってどうやって塞げばいいの!」
シスの顔の前に肘を付いて、シスの目を覗き込んで訴える。こんなの嫌だ、絶対認めないんだから!
「お願い、喧嘩ばっかしてるシスなら知ってるんじゃないの!?」
「怪我をしたら……ハア、食えば治りが早いけど……」
「く、食う?」
どういうことかと聞き返すと、答えは別の所から帰ってきた。ロウが、ぽんと手を打ったのだ。
「あ! 俺、それ聞いたことある! 小町も知らないか? 吸血鬼に噛まれた傷は治りがとんでもなく早くなるって!」
「それはシスから聞いたけど……」
確かに、シスに血を吸われた場所は、吸い終わって舐める段階になると、傷口はもう閉じて痛くも何ともなかった。
でも、それは噛まれた場合なんじゃないの。どうしようどうしようと、とりあえず鞄から止血する為のタオルを取り出す。でも、こんな広い範囲をどうやって止血したらいいの。分からないよ――。
ロウが続ける。
「それって、獲物の血と吸血鬼の鎮痛作用がある唾液が混じり合うことで生じる作用らしいよ! だから、効果は吸う側の吸血鬼も同じなんだよ、確か!」
「え……シス! それって本当!?」
だったらシスに血を飲ませてあげれば、きっと出血くらいは止まるかもしれない。だって驚異の治り方だし!
シスは真っ青な顔で私を見上げるけど、何も答えなかった。……どうして。どうして悲しそうに笑っているの。
「シス! 答えてってば!」
ボタボタ涙を垂らしながら、シスに向かって必死で尋ねる。すると暫く経って、シスがぽつりと呟いた。
「本当だ……でも、沢山いるから、いらない」
「……は?」
言っている意味が、よく分からなかった。
「シス!」
泣きそうになりながらシスの顔のすぐ横にペタンと尻もちを付くと、シスは苦しそうな荒い息を繰り返しながらも笑った。
「だ、大丈夫だぞ……」
なんでそんなに辛そうなのに笑えるの。私が悪いのに。私のことを責めてよ、シス――!
なのに、私の口から飛び出したのは、相変わらずちっとも可愛くないひねくれた言葉だけ。
「馬鹿! 強がってる場合じゃないでしょ!」
「シス! お前な、凄い血の匂いがしてるんだってば! ちょっと見せてみろ――」
シスの背中を確認し始めたロウが、「ひっ」という声にならない声を上げる。一瞬で泣き出しそうな顔になったロウが、私に助けを求めてきた。
「こ、小町、これどうしよう……っ!」
グイグイとポンチョを掴まれたので、膝立ちをしてシスの背中を上から覗き込んだ。
買ったばかりの赤茶のポンチョには、黒く焦げてざっくり裂けている部分がある。暗くてよく見えなかったので、上にさっきの無人小型航空機がいないことをさっと目視と耳で確認した後、ホルスターからペンタイプの携帯用小型ライトを取り出した。
「うわっ!」
パッと白昼色の光の筋が飛び出すと、ロウが思い切りビビる。物凄い顔が引き攣ってるけど、大丈夫かな。
「なっなっ!」
「ただのライトよ。大丈夫だから」
ライトの先を揺らしながら私の手のひらに当てると、ロウがようやく肩の力を抜いた。
「へっ……怖くないやつ?」
「怖くないから、ちょっとこれを持ってシスの背中を照らしてくれる?」
まだちょっと恐ろしげな顔をしているロウにライトを差し出すと、ロウは恐る恐るといった様子でそれを受け取った。亜人の世界には、電気の概念がないのかもしれない。これまでのロウの反応や、亜人街の様子を思い返して思った。
「早く!」
「わ、分かった!」
今はそれよりも、シスの怪我の様子だ。ハアハアと息がどんどん早くなっているのが、怖くて仕方なかった。でも、見ないで怖がっていないで早く確認して対処しないと、取り返しのつかないことになっちゃうかもしれない。
ガタガタと震えそうになる手を止める為、奥歯をギリッと噛み締めた。
ロウが持っているライトが、シスのビリビリになったポンチョの背中を照らし出す。あの光線で焼かれたのか、縦に黒く焦げ目が走っていて、布が大きく裂けていた。……あれ。
「これ……っ」
ポンチョが赤茶だったからすぐに気付かなかったけど、よく見ると焦げ目の周りがぐっしょりと黒ずんで濡れている様な。……まさか。
パニックになりそうな心を深呼吸して落ち着かせながら、ポンチョとゆっくりとめくっていった。
そこにあったのは。
「ひっ」
「小町、どうした……?」
こんな時だっていうのに、当のシスは私に優しい声を掛ける。馬鹿、私の心配なんてしてる場合じゃないのに。
「うわ、これ……っ」
同じく背中を確認したロウが、思い切り顔を顰めた。
シスの剥き出しの背中には、肩甲骨から腰に掛けて大きな傷が縦に走っていた。光線で焼き切れちゃったんだろう。焼けただれた肉が見えていて、そこからおびただしい量の血が流れ出てしまっている。
尋常じゃない出血量に、一瞬くらりと目眩がした。だけど、駄目。ビビってる場合じゃない!
「ど、どうしたらいい!?」
ロウが、ふむ、と唸った。
「見たところ内臓や骨は大丈夫そうだから、血さえ止めて傷口を塞げば大丈夫だと思う!」
「だから、どうやって!」
泣いている場合じゃないのに、呻き声が更に苦しげなものに変わっていくシスを見ていたら怖くなって、涙が溢れてきた。
「小町……泣くな……」
シスの弱々しい手が、伸びてくる。私はその手を縋り付く様に握り締めた。
「シス! 傷ってどうやって塞げばいいの!」
シスの顔の前に肘を付いて、シスの目を覗き込んで訴える。こんなの嫌だ、絶対認めないんだから!
「お願い、喧嘩ばっかしてるシスなら知ってるんじゃないの!?」
「怪我をしたら……ハア、食えば治りが早いけど……」
「く、食う?」
どういうことかと聞き返すと、答えは別の所から帰ってきた。ロウが、ぽんと手を打ったのだ。
「あ! 俺、それ聞いたことある! 小町も知らないか? 吸血鬼に噛まれた傷は治りがとんでもなく早くなるって!」
「それはシスから聞いたけど……」
確かに、シスに血を吸われた場所は、吸い終わって舐める段階になると、傷口はもう閉じて痛くも何ともなかった。
でも、それは噛まれた場合なんじゃないの。どうしようどうしようと、とりあえず鞄から止血する為のタオルを取り出す。でも、こんな広い範囲をどうやって止血したらいいの。分からないよ――。
ロウが続ける。
「それって、獲物の血と吸血鬼の鎮痛作用がある唾液が混じり合うことで生じる作用らしいよ! だから、効果は吸う側の吸血鬼も同じなんだよ、確か!」
「え……シス! それって本当!?」
だったらシスに血を飲ませてあげれば、きっと出血くらいは止まるかもしれない。だって驚異の治り方だし!
シスは真っ青な顔で私を見上げるけど、何も答えなかった。……どうして。どうして悲しそうに笑っているの。
「シス! 答えてってば!」
ボタボタ涙を垂らしながら、シスに向かって必死で尋ねる。すると暫く経って、シスがぽつりと呟いた。
「本当だ……でも、沢山いるから、いらない」
「……は?」
言っている意味が、よく分からなかった。
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