可愛がっても美形吸血鬼には懐きません!~だからペットじゃないってば!

ミドリ

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第58話 まさかの正体

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 シスの平らな額から生えている青髪は、洗いたてだからかふわりとしている。まだ奥の方が濡れていたから、私が首から掛けていたタオルで拭いてあげると、子供みたいに嬉しそうに笑っていた。

 シスがあまりにも幸せ一杯な様子だったので、話の続きを聞こうかと思ったけど、やめた。多分語る内容はシスにとって屈辱的なことだから、ようやく直った機嫌がまた急下降するのも嫌で。

 その内、穏やかな弧を描いていたシスの黄金色の瞳がトロンとしてくる。顔を私のお腹側に向けると、腰に腕を回して目を閉じてしまった。

 え、ちょっと、あの、乙女の膝の上なんですけど……。

 そうは思っても、シスにとってはペットの膝の上程度の認識なんだろう。暫く人のお腹に鼻先をくっつけてスンスンしていたけど、やがて気持ちよさそうなスーッという寝息を立て始めてしまった。

「寝ちゃった……」

 そして、今日もがっちりと拘束されている。これじゃ動けない。どうしよう。

 といっても、もう寝る以外今日はすることはないことに気付いた。

 先程ロウが半ば蹴り込まれる様にして消えていった風呂場からは、まだ水音が聞こえてきている。そういえば、狼の姿でお風呂って大変そう。随分と長風呂だけど、お湯を漕ぐのもあの姿だと大変だろうから、時間がかかるんだろう。

「……にしても、疲れたなあ」

 昨夜はシスと大喧嘩をした所為で、今日は朝からかなり眠かった。シスと仲直りして、ロウが仲間に加わって、と色んなことがあった一日だったから、さすがに若者の私だってクタクタになっている。

 どうせシスは一旦寝たらなかなか起きない。腰に回されたシスの腕の上に乗っちゃうけどいっか、と仰向けに寝転がると、大きく伸びをした。その動きで離されまいとしたのか、シスが私の下半身の上に寝返りを打つ。私のお腹の上に顔を乗せ、両手で腰を抱き寄せられた。……これ、夜中にトイレもいけないやつかもしれない。

「全くもう……」

 くすぐったいし恥ずかしいし、……可愛いし。相手に意識がない時の私は、普段よりも少しだけ素直になれた。

「本当、馬鹿なんだからなあ」

 寝ているのをいいことに、両手でワシャワシャと思う存分頭を撫でてみる。男の人の頭を触るのなんてシスが初めてだったけど、素直で真っ直ぐだから、男くさくてドキッとすると同時に、可愛いとも思っている。

 ロウに感じる可愛いとは、絶対的に種類の違う可愛いなんだよ。そう言えたら、シスの私に対する感情も少しは変わるんだろうか。

「……ま、無理か」

 この鈍感でデリカシーのない亜人が、私の言葉ひとつで態度を変えるとは到底思えない。それよりも、今はシスと仲直り出来てこうして過ごせていることをよしと思おう。

 私からベタベタするなんて、うら若き乙女にはハードルが高すぎる。でもこうしてシスからベタついてくるのについては、私は不可抗力なんだから仕方ないんだし。

 そう言い訳を繰り返しながら、シスの温かい頭を撫で続けた。寝息がお腹に当たって熱いことについては、ちょっと今は忘れる努力をしよう。ドキドキしているのがシスに分かっちゃったら、またいい匂いだ、血を吸わせろなんて言われかねないし。何か別のこと、ええと、そうしたら。

「……んーっ」

 もう一度伸びをすると、大きな欠伸が出た。あふ、とした後は、私の目もとろんとしてくる。

 これはアレ。私にしがみついているシスがあまりにも温かいから、それが布団の役目を果たしちゃってるのかもしれない。

 目を閉じると、今日あった出来事が走馬灯の様に目の裏を流れていき、やがて私の意識は闇に吸い込まれていった。



 暑い。

 目覚めの最初の感想は、それだった。

 お腹と足に乗っている物も重くて暑ければ、頭と二の腕を覆うようにしている物も暑い。

 薄っすらと目を開けると、私のお腹に乗って堂々と部屋着の上にシミを作っていたのは、シス。毎度人の上にヨダレを遠慮なくたらしてくるのは、嫌だけどもう慣れてしまった自分が怖い。あーあ、拭かないと、程度の感想しか浮かんでこないのだ。怖いよ、慣れが怖すぎる。

 まだぼんやりとしている脳みそで考える。となると、私の頭を温めているのは、ロウだな。狼の寝顔ってどんなんだろう――。

「……へっ」

 変な声が思わず出た。何故なら、上を仰ぎ見ると、そこにいたのは狼ではなく、全く見覚えのないひとりの男性だったからだ。

 だ、だだだ誰!?

 驚きすぎて声も出なければ身体も動かなくて、ただあんぐりと口を開けて目を瞑ったその若い男を凝視する。

 赤茶の真っ直ぐな長髪。そこそこ長い。年はシスと同じくらいだろうか。多分、私よりは上だ。男の子というよりは、男性っていう印象。

 シスは鼻がスッとして固そうで、頬骨も殆ど出てなくて、所謂男性顔だ。この見知らぬ男性は、それに比べると少し中性的な顔立ちをしていた。鼻はちょっとツンとしていて、長いまつ毛がついている目は、多分開けたら優しげなんじゃないか。

 シスと比べたら劣るけど、それでもかなりの美形がいる。何故か私の頭の上に。

 そういえば、ロウはどこに行ったんだろう。一旦寝たら起きないシスはともかく、ロウは犬、じゃないや狼だから、怪しい人物が部屋に入り込んだらワンワン大騒ぎをしそうなのに。

「むにゃ……小町い……」

 男が、寝言で私の名を呼んだ。え? なんでこの男の人が?

 とりあえず、ゆっくりと距離を開けてから起き上がって、シスを叩き起こして、それで――。

 焦りを覚えつつも、下手に刺激しない様に頭をずらしていくと。

「行っちゃ駄目……」

 体温が離れていったことに気付いたのか、男が私に手を伸ばした。――ひっ!

「うへへ、柔らかあい……」

 男の手が鷲掴みしたのは、乙女の大切な胸。ひ、い、いや――!

「……きゃああああっ! やだあっ!」
「――小町!?」

 ガバッと起きたシスが、泣き始めた私を見て血相を変える。私の胸を掴んだままの男の手を引き剥がすと、男に思い切り蹴りを入れてベッドから蹴り落とした。

「シ、シス! うわあああんっ!」

 あまりのことに、何も考えられなくてシスの胸の中に飛び込む。

「ああ、小町……っ! 怖かったな、もう大丈夫だぞ……っ!」

 シスが慰める様に抱き締めて撫でてくれたけど、私は恐怖で震えが止まらず、シスにきつくしがみついた。

「……いったあ」

 男が、ベッドの縁に手を掛けて、顔を顰めながら顔を覗かせる。

 そして、言った。

「小町、どうしたの? あ! あほ吸血鬼! まさかお前が泣かせたんじゃないだろうな!」
「するか! お前が泣かせたんだぞ!」
「え? 俺、寝惚けて何かした? 小町、ごめんね?」
「ひっく、ひっく……え?」

 怖いのでシスにしがみついたままゆっくりと振り返ると、男が参ったなーという表情で頭を掻いていた。……なんで、私の名前を。

 シスが、低い声を出す。

「ロウ、お前はここでさよならだな」
「ええっ!? ちょっと待って、ごめん! 本当ごめんなさい、この通り! 何したか分かってないけど!」

 ペコペコと頭を下げる男を、私はぽかんとして見つめた。

「え……ロウ?」
「ん? そうだけど?」

 シスにロウと呼ばれた男は、てへへ、と舌を出して笑った。
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