上 下
58 / 92

第57話 可愛い競争

しおりを挟む
 私がお風呂から上がったところで、ようやくロウを部屋の中に入れてあげることになった。

 どうやらシスは、私が風呂場から出てくるまでずっと部屋のドアの前で立ち番をしていたらしい。

「そこまでしなくても……」

 ドアの外からは、きゅうんきゅううんという悲しそうな鳴き声がひっきりなしに聞こえてきている。もふもふに悪意を持っていない人間だったら、こんなの何も思わず耐えられる筈がないじゃない。

 さすがに可哀想なんじゃないか、と苦言を呈そうとしたけど。

「俺は小町の護衛だからな!」

 シスの誇らしげな笑顔を見ていたら、何も言えなくなった。これ以上揉めてほしくない私は、もうこの話題については触れないことに決める。

 どっちにしろ、また明日からは野宿だ。野宿なら部屋がどうのといった問題は当面起こらない筈だから、今夜を乗り切ればきっと何とかなると思いたかった。

「ロウ、おまたせ」

 鍵を開けてついでにドアも開けてあげると、黄銅色のつぶらな瞳から惜しげもなく涙を流しているロウの姿がそこにあった。――うっ! これはこれで可愛い!

 コイツは私を襲おうとしたことはあるけれど、きっと今は会心してくれていて悪意はもうない。その上、もふもふ。若干毛は固めだけど、焦げ茶の毛はふんわりといっても問題ないくらいには柔らかい。顔も人狼だから済世区サイセイ・ディストリクトで飼われている様な犬に比べたら野性味が溢れてはいるけど、十分可愛い部類に入る。

 つまり。

「……ごめんねえっ! 泣かないでえっ!」

 悲しそうに私を見上げている姿に一瞬でメロメロになった私は、風呂上がりだということも忘れてその場に膝を付き、ロウを抱き締めた。

「小町い、優しい、好き……っ」

 ロウがきゅんきゅん言いながら尻尾を振るのが、あざと可愛い。くうう、堪らない!

「きゃーっ! 可愛いっ」

 すると、壁がドウン……ッと大きな音を響かせた。

「な、なにっ!?」

 驚いて後ろを振り返ると、両手で頭を抱えたシスが、よろめいて壁に激突した姿がある。どうしたんだろう。もうお腹が空いたのかな。

「こ、小町……っ! そんな奴のことを、か、可愛い……!?」

 あ、そうか。ロウは人狼だった。犬、じゃないや狼の姿をしているからつい忘れちゃうけど、亜人は亜人なんだよね。喋る以外に亜人の要素はないけど。

 同じ亜人のロウのことを私が可愛いなんて言ったものだから、負けず嫌いのシスからしてみたら許しがたいことなのかもしれない。

 でも。

「だって可愛いじゃないの」

 私は自分の意思を通すことにした。だって、可愛いもん。

「俺は!? 俺のことは可愛いなんて言ってくれたことないじゃないかー!」

 涙目になって私の元によろよろと辿り着いたシスは、ガバッと私の頭を抱くと、駄々をこね始めた。こっそり私の肩に脇の下を擦りつけて洗いたての私に匂いを付けているあたりが、可愛くない。

「俺だって可愛いって言われたい! なんでコイツには抱きつくのに、俺には頼まないと抱きついてくれないんだよー!」
「だってあんたでかいじゃないの」
「でかい!? でかいと可愛くないのか!?」
「あともふもふしてないし」

 そう。私はようやく今、シスの私に対する態度に理解を示し始めているところだった。

 自分より小さい、可愛らしいもの。私の場合は毛は生えてないけど、多分シスにとっては懐きそうで懐かない猫感覚なのが私なんだろう。しかも、滅多にお目にかかることのないヒトの女の子、という超希少種。

 撫でて可愛がって面倒をみて、自分に懐いて! と思う気持ちは、自分が飼い主の立場だったらそりゃあ思ってしまうのは理解出来た。私に首輪を付けて喜ぶくらいだから、多分この考えは間違っていないんじゃないか。

 確かに、ロウに首輪付けてあげたいな、とかちょっと思っちゃうもんね。

 ロウは、私にとって喋るペット。正にシスが私に対して持っている感情と一緒。そしてこの気持ちは、抗えない。確かに愛でたくもなる! 今まで理解してあげられなくてごめん、シス!

「た、確かに毛は生えてないけど……! あ、ほら、髪の毛! 触って! 俺も撫でてー!」

 一所懸命瞳を潤ませながら青髪を私の前に突き出すものだから、何だか哀れになってきた。

 ロウを離して立ち上がると、シスが屈んで差し出してきている頭を撫でてやる。

「よしよし」
「……足りない!」
「うひゃっ」

 シスは私をひょいと抱えあげると、荷物を背負ったまま部屋に入ってきたロウに冷たい一瞥をくれた。

「……部屋の中には入れてやる。さっさと風呂に入ってこい」
「小町! すぐに入ってくるから、その吸血鬼に食べられない様にね!」
「うるせえっ! さっさと行け!」
「キャンッ」

 シスは風呂場に入りかけていたロウのお尻を足で押すと、風呂場のドアをバタンと締めてしまう。優しさ皆無。

 抱えたままの私を見下ろす目とのギャップが、とんでもなかった。

「小町……。俺にももっとなでなでしてくれよ……」
「……うっ」

 キラキラとした悲しい目で見られて、生唾を呑み込みながらコクコクと頷く。眩しすぎて、目が潰れるかもしれない。

「やったー! じゃああっちでな!」

 シスはひょこひょこ部屋の中に戻ると、私をベッドの中心に座らせた。自分はいそいそと私の膝の上に頭を乗せると、眩しそうに私を見上げて腕を伸ばしてくる。シスの骨ばった指が、私の頬を下から撫でた。……これじゃ、撫でられてるの私だし。ていうかこれ、まさか噂に聞く膝枕ってやつでは。

「小町、撫でて?」

 目を瞑って嬉しそうに笑うシスから、どうしても目が逸らせなくて。

「う、うん……」

 結局はシスの要求するがまま、シスの青い髪を撫でる私だった。

 ――なにこれ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...