57 / 92
第56話 色々面倒くさい
しおりを挟む
シスが部屋の風呂に入っている間、ロウは部屋の外に閉め出された。
シスとしては、そもそもロウを部屋にも入れたくなくて、外で待機させたかったらしい。それで怒って去るなら万々歳ってとこなんだろう。
だけど、受付前で自分も部屋に入れてほしいと訴えるロウと、嫌の一点張りのシスが騒いでいたところ、ヤギ亜人の宿屋の店主に「他のお客様のご迷惑になりますから部屋の外も宿の外も勘弁して下さい」とやんわり注意を受けてしまった。
だったら他の部屋をと聞いてみたけど、今日は残念ながら空きはなし。それを聞いたシスの苛立ちたるや、凄かった。私の首にしがみついて、耳元でブツブツブツブツ。怖いし。
そんな経験をして、あれ、シスって怒る亜人だったんだ、なんて思った。なんというか、私と二人の時と違って、他の人には色んな感情を見せている様な気がする。
そう考えると、私は初めから愛玩用のペットだったのかな、なんてちょっと寂しく――いや、ない! 私の目的は『神の庭』だし!
頭をぶんぶん振って、おかしな考えを追い出した。
「きゅうーん……小町い、開けてくれよう」
ドアの外から悲しそうな犬、じゃないや狼の鳴き声が聞こえてきて胸が締め付けられる思いだけど、ここで仏心を出すと後々シスが怖い。というか、絶対うざい。シスのしつこさは折り紙つきなんだから。
先程耳元で念仏の様に小声で聞かされたロウに関する愚痴は、もう二度と聞きたくなかった。俺の方が強いだのあんな弱い癖に小町に話しかけるなとか、なんというかマイナスオーラがもう凄いのなんの。
いつもの太陽みたいに能天気で明るいシスの方が、万倍もいい。
ロウを仲間に引き入れたのは失敗だったかな。無慈悲にも、ついそんなことを思ってしまった。
すると、考えにつられて声も素っ気ないものになる。
「ごめんねロウ。無理!」
「そんなあーっ」
ここで私が甘い顔を見せると、シスの機嫌が悪くなるのは目に見えていた。ペットの私が自分よりも格下のロウと仲良くなるのが悔しいんだろうな、というのが私の予想だ。
「あーうるせえなー」
烏の行水のシスがすぐに風呂場から出てきた。今日はちゃんと下だけは履いている。タオルを首に掛けて頭をガシガシ拭いているけど、全然拭けてなくて水滴がポタポタ落ちていた。
「ちょっとシス、部屋がびしょ濡れになるでしょ!」
「じゃあ小町が拭いてくれー」
にこにこして屈んでくるものだから、つい条件反射で拭いてしまう。……こっちの方がペットみたいだけど。
ガシガシ拭いてやると、シスがくすぐったそうに笑った。
「これいいなー! 今度から小町に拭いてもらうぞ!」
「なに勝手に決めてんの」
「だってびしょびしょはダメなんだろー?」
タオルの間から超絶美形に微笑みながら見つめられても、私の心はもう動揺しない。しないんだけど。
一瞬のことで、反応が出来なかった。
当たり前みたいに頬に唇を押し当てられて、私はただポカンとシスを見上げるだけだ。
「え……」
……またコイツは、人のことペットみたいに。
可愛がってくれているのは分かる。だけど、だけど――。
タオルから手を離すと、一歩下がった。
「あのねえ! なんか最近やたらとそういうことしてくるけど、ちょっといい加減に――!」
「小町」
更に距離を開けようとした私の両手首を、シスがパシッと掴む。慌てて引っこ抜こうとしても、びくともしない。この馬鹿力!
シスが、必死な様子で訴えてきた。
「小町、話の続きがしたいんだ!」
「話って何のよ!」
踏ん張って腰に力を入れても、動かない。もう! もう、もう!
「馬鹿狼が来る前に、俺が言おうとしてたことだ!」
シスの顔は珍しく真剣で、思わずドキッとしてしまう。嫌なのに。好きだってもう思いたくないのに。
「な、なに……」
「その、俺は、小町のことを……!」
シスの顔が少し赤いのは、お風呂上がりだからかな。あんな烏の行水で身体が温まるとは思えないんだけど――。
シスが、射抜く様な目つきになって私を捉えて離さない。やっぱりこの金色の瞳、綺麗だなあ。今は関係ないそんな考えが、脳裏をよぎった。
シスは、スーハーと深呼吸する。
「俺、小町のことが! す――」
「うわわわわんっ!! 馬鹿狼ってなんだ! 聞こえたぞ!」
「うわあっ! びっくりしたあ!」
突然ドアの向こうから犬、じゃないや狼の大音量の吠える声がして、私は文字通り飛び上がった。
「俺は馬鹿じゃないぞ! いい加減ドアを開けろ!」
ガウガウわんわんとまあうるさい。
「わ、分かったから! ロウ、開けるから吠えないで!」
うるさいと宿屋の店主に追い出されては堪らない。私がロウに向かって伝えると一応吠えるのはやめてくれたけど、低く唸っている声がずっと聞こえ続けてきた。コイツはコイツで面倒くさい。
そういえば。
私の背後にいる、やけに静かになったシスを振り向くと。
「あのクソ犬が……っ」
ギリギリと奥歯を鳴らしているシスがいた。美形だけに、怒っている顔が恐ろしく怖い。
「あ、シス……その、話、聞くよ?」
「アイツの前でしたくねえ」
「え? なんでよ」
プイッとすると、シスは私に「風呂入ってこいよ」と不貞腐れ気味で伝える。滅茶苦茶怒ってるな、これ。
そこでふと気付いた。もしかしたら、サーシャさんに負けて私の匂いがいいと感じる原因を言えと命令されたその内容は、強さが重要なシスにとって、ヒトに対して伝えるのは屈辱的なことなのかもしれないと。
それを自分よりも格下のロウの前で言うのは、そりゃあシスのプライドが許さないだろう。ならばこの態度も納得だ。それにしても、私って天才。大分亜人の考え方も理解してきたんじゃない?
「入ってくる、ね」
「おー」
私の頭をぽんと撫でると、シスはドアの前に立って向こう側のロウに向かって低い声で言った。
「今から小町は風呂だ! お前が部屋に入っていいのは小町が上がった後だぞ!」
「何でだよ! お前ばっかり狡いぞ!」
「嫌ならどこかにいっちまえ!」
「……くっそおお!」
亜人の男同士の順位とか、色々あるんだろうな。触らぬ神に祟りなし。私はその言葉を心の中で唱えると、さっさと風呂場へと向かったのだった。
シスとしては、そもそもロウを部屋にも入れたくなくて、外で待機させたかったらしい。それで怒って去るなら万々歳ってとこなんだろう。
だけど、受付前で自分も部屋に入れてほしいと訴えるロウと、嫌の一点張りのシスが騒いでいたところ、ヤギ亜人の宿屋の店主に「他のお客様のご迷惑になりますから部屋の外も宿の外も勘弁して下さい」とやんわり注意を受けてしまった。
だったら他の部屋をと聞いてみたけど、今日は残念ながら空きはなし。それを聞いたシスの苛立ちたるや、凄かった。私の首にしがみついて、耳元でブツブツブツブツ。怖いし。
そんな経験をして、あれ、シスって怒る亜人だったんだ、なんて思った。なんというか、私と二人の時と違って、他の人には色んな感情を見せている様な気がする。
そう考えると、私は初めから愛玩用のペットだったのかな、なんてちょっと寂しく――いや、ない! 私の目的は『神の庭』だし!
頭をぶんぶん振って、おかしな考えを追い出した。
「きゅうーん……小町い、開けてくれよう」
ドアの外から悲しそうな犬、じゃないや狼の鳴き声が聞こえてきて胸が締め付けられる思いだけど、ここで仏心を出すと後々シスが怖い。というか、絶対うざい。シスのしつこさは折り紙つきなんだから。
先程耳元で念仏の様に小声で聞かされたロウに関する愚痴は、もう二度と聞きたくなかった。俺の方が強いだのあんな弱い癖に小町に話しかけるなとか、なんというかマイナスオーラがもう凄いのなんの。
いつもの太陽みたいに能天気で明るいシスの方が、万倍もいい。
ロウを仲間に引き入れたのは失敗だったかな。無慈悲にも、ついそんなことを思ってしまった。
すると、考えにつられて声も素っ気ないものになる。
「ごめんねロウ。無理!」
「そんなあーっ」
ここで私が甘い顔を見せると、シスの機嫌が悪くなるのは目に見えていた。ペットの私が自分よりも格下のロウと仲良くなるのが悔しいんだろうな、というのが私の予想だ。
「あーうるせえなー」
烏の行水のシスがすぐに風呂場から出てきた。今日はちゃんと下だけは履いている。タオルを首に掛けて頭をガシガシ拭いているけど、全然拭けてなくて水滴がポタポタ落ちていた。
「ちょっとシス、部屋がびしょ濡れになるでしょ!」
「じゃあ小町が拭いてくれー」
にこにこして屈んでくるものだから、つい条件反射で拭いてしまう。……こっちの方がペットみたいだけど。
ガシガシ拭いてやると、シスがくすぐったそうに笑った。
「これいいなー! 今度から小町に拭いてもらうぞ!」
「なに勝手に決めてんの」
「だってびしょびしょはダメなんだろー?」
タオルの間から超絶美形に微笑みながら見つめられても、私の心はもう動揺しない。しないんだけど。
一瞬のことで、反応が出来なかった。
当たり前みたいに頬に唇を押し当てられて、私はただポカンとシスを見上げるだけだ。
「え……」
……またコイツは、人のことペットみたいに。
可愛がってくれているのは分かる。だけど、だけど――。
タオルから手を離すと、一歩下がった。
「あのねえ! なんか最近やたらとそういうことしてくるけど、ちょっといい加減に――!」
「小町」
更に距離を開けようとした私の両手首を、シスがパシッと掴む。慌てて引っこ抜こうとしても、びくともしない。この馬鹿力!
シスが、必死な様子で訴えてきた。
「小町、話の続きがしたいんだ!」
「話って何のよ!」
踏ん張って腰に力を入れても、動かない。もう! もう、もう!
「馬鹿狼が来る前に、俺が言おうとしてたことだ!」
シスの顔は珍しく真剣で、思わずドキッとしてしまう。嫌なのに。好きだってもう思いたくないのに。
「な、なに……」
「その、俺は、小町のことを……!」
シスの顔が少し赤いのは、お風呂上がりだからかな。あんな烏の行水で身体が温まるとは思えないんだけど――。
シスが、射抜く様な目つきになって私を捉えて離さない。やっぱりこの金色の瞳、綺麗だなあ。今は関係ないそんな考えが、脳裏をよぎった。
シスは、スーハーと深呼吸する。
「俺、小町のことが! す――」
「うわわわわんっ!! 馬鹿狼ってなんだ! 聞こえたぞ!」
「うわあっ! びっくりしたあ!」
突然ドアの向こうから犬、じゃないや狼の大音量の吠える声がして、私は文字通り飛び上がった。
「俺は馬鹿じゃないぞ! いい加減ドアを開けろ!」
ガウガウわんわんとまあうるさい。
「わ、分かったから! ロウ、開けるから吠えないで!」
うるさいと宿屋の店主に追い出されては堪らない。私がロウに向かって伝えると一応吠えるのはやめてくれたけど、低く唸っている声がずっと聞こえ続けてきた。コイツはコイツで面倒くさい。
そういえば。
私の背後にいる、やけに静かになったシスを振り向くと。
「あのクソ犬が……っ」
ギリギリと奥歯を鳴らしているシスがいた。美形だけに、怒っている顔が恐ろしく怖い。
「あ、シス……その、話、聞くよ?」
「アイツの前でしたくねえ」
「え? なんでよ」
プイッとすると、シスは私に「風呂入ってこいよ」と不貞腐れ気味で伝える。滅茶苦茶怒ってるな、これ。
そこでふと気付いた。もしかしたら、サーシャさんに負けて私の匂いがいいと感じる原因を言えと命令されたその内容は、強さが重要なシスにとって、ヒトに対して伝えるのは屈辱的なことなのかもしれないと。
それを自分よりも格下のロウの前で言うのは、そりゃあシスのプライドが許さないだろう。ならばこの態度も納得だ。それにしても、私って天才。大分亜人の考え方も理解してきたんじゃない?
「入ってくる、ね」
「おー」
私の頭をぽんと撫でると、シスはドアの前に立って向こう側のロウに向かって低い声で言った。
「今から小町は風呂だ! お前が部屋に入っていいのは小町が上がった後だぞ!」
「何でだよ! お前ばっかり狡いぞ!」
「嫌ならどこかにいっちまえ!」
「……くっそおお!」
亜人の男同士の順位とか、色々あるんだろうな。触らぬ神に祟りなし。私はその言葉を心の中で唱えると、さっさと風呂場へと向かったのだった。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道
Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道
周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。
女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。
※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※
【完結】あなたから、言われるくらいなら。
たまこ
恋愛
侯爵令嬢アマンダの婚約者ジェレミーは、三か月前編入してきた平民出身のクララとばかり逢瀬を重ねている。アマンダはいつ婚約破棄を言い渡されるのか、恐々していたが、ジェレミーから言われた言葉とは……。
2023.4.25
HOTランキング36位/24hランキング30位
ありがとうございました!
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?
詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。
高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。
泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。
私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。
八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。
*文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる