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第56話 色々面倒くさい

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 シスが部屋の風呂に入っている間、ロウは部屋の外に閉め出された。

 シスとしては、そもそもロウを部屋にも入れたくなくて、外で待機させたかったらしい。それで怒って去るなら万々歳ってとこなんだろう。

 だけど、受付前で自分も部屋に入れてほしいと訴えるロウと、嫌の一点張りのシスが騒いでいたところ、ヤギ亜人の宿屋の店主に「他のお客様のご迷惑になりますから部屋の外も宿の外も勘弁して下さい」とやんわり注意を受けてしまった。

 だったら他の部屋をと聞いてみたけど、今日は残念ながら空きはなし。それを聞いたシスの苛立ちたるや、凄かった。私の首にしがみついて、耳元でブツブツブツブツ。怖いし。

 そんな経験をして、あれ、シスって怒る亜人だったんだ、なんて思った。なんというか、私と二人の時と違って、他の人には色んな感情を見せている様な気がする。

 そう考えると、私は初めから愛玩用のペットだったのかな、なんてちょっと寂しく――いや、ない! 私の目的は『神の庭』だし!

 頭をぶんぶん振って、おかしな考えを追い出した。

「きゅうーん……小町い、開けてくれよう」

 ドアの外から悲しそうな犬、じゃないや狼の鳴き声が聞こえてきて胸が締め付けられる思いだけど、ここで仏心を出すと後々シスが怖い。というか、絶対うざい。シスのしつこさは折り紙つきなんだから。

 先程耳元で念仏の様に小声で聞かされたロウに関する愚痴は、もう二度と聞きたくなかった。俺の方が強いだのあんな弱い癖に小町に話しかけるなとか、なんというかマイナスオーラがもう凄いのなんの。

 いつもの太陽みたいに能天気で明るいシスの方が、万倍もいい。

 ロウを仲間に引き入れたのは失敗だったかな。無慈悲にも、ついそんなことを思ってしまった。

 すると、考えにつられて声も素っ気ないものになる。
 
「ごめんねロウ。無理!」
「そんなあーっ」

 ここで私が甘い顔を見せると、シスの機嫌が悪くなるのは目に見えていた。ペットの私が自分よりも格下のロウと仲良くなるのが悔しいんだろうな、というのが私の予想だ。

「あーうるせえなー」

 烏の行水のシスがすぐに風呂場から出てきた。今日はちゃんと下だけは履いている。タオルを首に掛けて頭をガシガシ拭いているけど、全然拭けてなくて水滴がポタポタ落ちていた。

「ちょっとシス、部屋がびしょ濡れになるでしょ!」
「じゃあ小町が拭いてくれー」

 にこにこして屈んでくるものだから、つい条件反射で拭いてしまう。……こっちの方がペットみたいだけど。

 ガシガシ拭いてやると、シスがくすぐったそうに笑った。

「これいいなー! 今度から小町に拭いてもらうぞ!」
「なに勝手に決めてんの」
「だってびしょびしょはダメなんだろー?」

 タオルの間から超絶美形に微笑みながら見つめられても、私の心はもう動揺しない。しないんだけど。

 一瞬のことで、反応が出来なかった。

 当たり前みたいに頬に唇を押し当てられて、私はただポカンとシスを見上げるだけだ。

「え……」

 ……またコイツは、人のことペットみたいに。

 可愛がってくれているのは分かる。だけど、だけど――。

 タオルから手を離すと、一歩下がった。

「あのねえ! なんか最近やたらとそういうことしてくるけど、ちょっといい加減に――!」
「小町」

 更に距離を開けようとした私の両手首を、シスがパシッと掴む。慌てて引っこ抜こうとしても、びくともしない。この馬鹿力!

 シスが、必死な様子で訴えてきた。

「小町、話の続きがしたいんだ!」
「話って何のよ!」

 踏ん張って腰に力を入れても、動かない。もう! もう、もう!

「馬鹿狼が来る前に、俺が言おうとしてたことだ!」

 シスの顔は珍しく真剣で、思わずドキッとしてしまう。嫌なのに。好きだってもう思いたくないのに。

「な、なに……」
「その、俺は、小町のことを……!」

 シスの顔が少し赤いのは、お風呂上がりだからかな。あんな烏の行水で身体が温まるとは思えないんだけど――。

 シスが、射抜く様な目つきになって私を捉えて離さない。やっぱりこの金色の瞳、綺麗だなあ。今は関係ないそんな考えが、脳裏をよぎった。

 シスは、スーハーと深呼吸する。

「俺、小町のことが! す――」
「うわわわわんっ!! 馬鹿狼ってなんだ! 聞こえたぞ!」
「うわあっ! びっくりしたあ!」

 突然ドアの向こうから犬、じゃないや狼の大音量の吠える声がして、私は文字通り飛び上がった。

「俺は馬鹿じゃないぞ! いい加減ドアを開けろ!」

 ガウガウわんわんとまあうるさい。

「わ、分かったから! ロウ、開けるから吠えないで!」

 うるさいと宿屋の店主に追い出されては堪らない。私がロウに向かって伝えると一応吠えるのはやめてくれたけど、低く唸っている声がずっと聞こえ続けてきた。コイツはコイツで面倒くさい。

 そういえば。

 私の背後にいる、やけに静かになったシスを振り向くと。

「あのクソ犬が……っ」

 ギリギリと奥歯を鳴らしているシスがいた。美形だけに、怒っている顔が恐ろしく怖い。

「あ、シス……その、話、聞くよ?」
「アイツの前でしたくねえ」
「え? なんでよ」

 プイッとすると、シスは私に「風呂入ってこいよ」と不貞腐れ気味で伝える。滅茶苦茶怒ってるな、これ。

 そこでふと気付いた。もしかしたら、サーシャさんに負けて私の匂いがいいと感じる原因を言えと命令されたその内容は、強さが重要なシスにとって、ヒトに対して伝えるのは屈辱的なことなのかもしれないと。

 それを自分よりも格下のロウの前で言うのは、そりゃあシスのプライドが許さないだろう。ならばこの態度も納得だ。それにしても、私って天才。大分亜人の考え方も理解してきたんじゃない?

「入ってくる、ね」
「おー」

 私の頭をぽんと撫でると、シスはドアの前に立って向こう側のロウに向かって低い声で言った。

「今から小町は風呂だ! お前が部屋に入っていいのは小町が上がった後だぞ!」
「何でだよ! お前ばっかり狡いぞ!」
「嫌ならどこかにいっちまえ!」
「……くっそおお!」

 亜人の男同士の順位とか、色々あるんだろうな。触らぬ神に祟りなし。私はその言葉を心の中で唱えると、さっさと風呂場へと向かったのだった。
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