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第54話 旅の仲間

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「君は命の恩人だよ!」

 私が分け与えた、ひと粒でお腹が膨れる携帯食糧を食べてすっかり元気を取り戻した人狼のロウは、ピシッとおすわりをしながら尻尾をブンブン振っていた。

 本当に大きな犬って感じだよなあ、と内心思いながら、私は手をひらひらして笑う。

「大袈裟ねえ。いいよ別に」

 私はシスを人殺し、いや狼殺しにしたくなかっただけだ。結果としてロウを助けることにはなったけど、別にロウが過去に私を襲ったことを許した訳じゃない。

 ロウにとどめを刺すことを止められてしまったシスは、目下最大級で落ち込み中だ。がっくりと項垂れて時折私の方を悲しそうな目でチラ見するけど、とりあえずシスは後回しにすることにした。とにかく、ロウの件を先に片付けたい。

 タロウさんがシスの肩をポンと叩いて何かを話しかけているので、多分だけどヒトの町の常識との違いなんかを説明してくれているんだと思いたかった。

「何だったら何粒か分けてあげるから、帰り道に倒れない様にね」

 よいしょ、と立ち上がると、ロウも立ち上がる。やっぱり犬とは違って大分大きくて、頭が私のお腹あたりの高さまでくる。これ、もしかして背中に跨ったら駆け回ったり出来るんじゃないの? とちょっとだけワクワク感が生まれたけど、いや待て小町、そういうのはちょっと横に置いておこう、と自分のちょっとメルヘンな考えを後ろに押しやった。

「待って、女!」

 こいつも大概失礼だな。シスの「おいヒト!」も失礼だったけど。でもこっちはまだ性別なだけマシなのか。いや、目くそ鼻くそだな、と判断を下す。宿屋のヤギ亜人の店主や地図屋のケンタウロス亜人の店員はまともだったので、地方出身の一族のちょっと偉そうな立場の亜人が失礼なだけかもしれない。

 シスもシス様と呼ばれていたみたいだし、ロウもさっき自分で言っていたじゃない。黒狼一族の跡目だったって。

 そういえば、襲われた時にロウ様って様付けされてたなあ、なんてどうでもいいことを思い出した。

「そういう呼び方は好きじゃない」

 冷めきった目でロウを見下ろすと、ロウが焦った顔に変わった。犬、じゃないや狼も、人狼だと随分と表情が豊からしい。

「君の名前を教えてほしい! お願いだよ!」

 ぺこりと頭を下げられて、悪い気はしない。あれだけ偉そうにされていた相手だから、溜飲が下がるっていうのがこういうことなのかもしれなかった。

「……小町だよ」
「小町? どういう意味なんだ?」

 ロウの黄銅色の瞳が、興味深そうに私を見つめる。お、初めて亜人に聞かれたかもしれない。シスなんて、そんなこと何ひとつ聞いてこないで、毎日ひたすら俺の話を聞けーだもんね。

 ちょっと新鮮だったから、私は少し調子に乗った。

 腰に手を当てて胸を張る。

「ふふ! これはね、評判のかわいい娘って意味なんだ! どお? そこまで名前負けはしてないと思うんだけ……」

 すると、予想していなかった答えが返ってきた。

「小町! 綺麗な君にピッタリの名前だね!」
「……ええっ! 嬉しい!」

 綺麗と言われて喜ばない乙女はいない。ロウは、尻尾をブンブン振りながら続ける。

「嘘じゃない! 君はとっても美しい! スタイルも抜群で、最高に可愛い女の子だ!」
「えっ! いや、そんな、恥ずかしいな……ふふふ」

 シスに負けず劣らずのキラッキラの瞳で直球な褒め言葉を言われて、気分が上がらない訳がない。これまで散々家畜やペット扱いされ続けた私にとって、女の子扱いされるのは堪らなく嬉しかった。

「俺、黒狼一族のロウって言うんだ。あそこの吸血鬼に負けて獲物も奪われて、父様に叱られてさ! 今度は勝ってこいって言われて追いかけてきたんだけど、ちょっと目を離した隙に荷物を奪われて、本当に困ってたんだよ!」
「そうだったんだーへえー!」

 何か知らないけど自己紹介が始まったので、とりあえず愛想よく聞いておくことにする。ちらりとシスの方を見ると、悔しそうに拳を握り締めて涙目で私を見ていた。私が笑顔になっているからかもしれない。ざまあみろ、と心の中であっかんべーをした。

 乙女を女子扱いしないからこうなるということを、いい加減そろそろ理解するといいんだ。

「小町!」
「うん?」

 すり、とロウが私の生足に身体を擦り寄せる。毛は見た目よりもゴワゴワしてなくて、案外気持ちいい。

「俺、小町に忠誠を誓うよ!」
「へ……っ」
「俺は今日から小町の下僕しもべになる! 小町はどこに向かってるんだ? 俺も一緒に行く! 頼む、一緒に連れて行ってくれ! 俺、どうせこのままじゃ戻れないし、だから嫌だって言ってもついていくけど!」

 なんと。またもやちらりとシスを横目で見ると、滅茶苦茶嫌そうな顔をしている。

 ロウが、心配そうな表情で私に小声で問いかけた。

「小町、あの吸血鬼の匂いが沢山付いてる。あの男は食欲がヤバいから、小町のことが心配なんだ……。まさか、血は吸われてないよね?」
「まあ……たまに血は吸われるけど……」

 ロウが低く唸る。

「まさか、それは酷い! 女の子は食糧じゃないのに……!」
「一緒に行こうか、宜しくねロウ」
「……っ! ありがとう小町!」

 私はロウのこの言葉で同行を即座に決めた。ロウがいれば、私がシスに食べられる危険性は下がる。絶対下がる。

「……小町っ!」

 泣きそうな顔のシスが、我慢し切れなかった様で私の元に駆け寄ってきたかと思うと、後ろから抱きついた。ついでに私の足に擦り付いているロウを蹴飛ばしている。

「やだ! やだー! こんな奴一緒はやだーっ!」

 お前は駄々っ子か。

「だって、この子困ってるんだよ。それにシスひとりよりもうひとり仲間がいた方が安心じゃない?」

 正直ロウはあまり強そうじゃないけど、なんて言ったって女子が何たるかを理解してくれている。

「やだ! 護衛は俺ひとりでいいんだ!」
「でももう連れて行くって言っちゃったし。鼻も良さそうだから、探索に役立ってくれるかもよ」
「任せてよ、小町!」

 ロウはシスの足蹴りを避けつつ、嬉しそうに尻尾をパタパタさせた。

「そうと決まれば、旅支度を進めないとね!」
「小町ー! 考え直してくれよー!」
「旅支度!? 俺、荷物沢山持つからね!」
「ふふ、ありがと」

 一緒に旅をしたら、もしかしてシスもロウを見習ってちょっとは私を女子扱いしないとなって思ってくれるようになるんじゃないかな。

 そんな期待がなかったとは言えない。勿論、シスにもロウにもそんなことは言えなかったけど。
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