可愛がっても美形吸血鬼には懐きません!~だからペットじゃないってば!

ミドリ

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第53話 ロウの敗北

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 結論から言うと、ロウは弱かった。

 威勢だけはよかったけど、どうも最初からフラフラしているのだ。

「……キャンッ!」
「しつこいなー!」

 シスはちっとも相手にならないロウの相手をしているのが面倒になってきたのか、両手の親指を後ろボケットに突っ込んで、足だけで対応している。

「こ、黒狼一族の跡目だった俺が……くそうっ!」

 地面に投げ出されても懸命に立ち上がろうとする姿勢は天晴あっぱれとしか言いようがないけど、ちょっとあの様子はおかしい。

 シスも飽きてきたみたいだし、このままロウが負けを認めてしまったら、今度こそロウの血を吸い尽くしちゃうんじゃないか。

 私はしがみついているサーシャさんに、小声で尋ねた。

「サーシャさん、亜人同士って殺し合いとかって犯罪になるんですか……?」

 前から思っていたけど、ヒトとは違って亜人は力が全てみたいなところがある。考えてみれば、最初に会った魚人は人狼がいる森には近寄ってこなかったし、人狼のロウを吸血鬼のシスは当然の様に襲った。

 つまり、争って殺しちゃっても亜人のルールではいいのかも? という疑問だ。

 サーシャさんは片眉を上げると、穏やかな声で教えてくれた。

「そうねえ。亜人街では亜人同士の殺し合いはご法度とされていて、中で殺害案件が確認されたら加害者側は街から永久追放されるわ」
「え、それだけなんですか?」

 罰則といえば罰則だけど、ヒトだと永久に箱に閉じ込められたり、場合によっては命を断たれる場合だってある。危険因子は即刻対応しないと、町の規律が乱れるからという理由からだった。

 私が驚いて聞き返すと、サーシャさんは「ああ」といった風に頷いた。

「そうか、ヒトの町は法律が厳しいんだったわよね。前にタロウから聞いたわ。全部管理されていて窮屈だけど、その代わり安全は保証されてるって言ってたけど、本当なのねえ」

 そうか、殺人罪とかっていうのは、ヒト特有のものなのか。今更ながらに、亜人とヒトとの文化の差を思い知らされる。

「それぞれの一族や町での決まり事はまちまちだけど、基本的に問題を起こしたらもう入れない、そういう感じね」

 だから町の外で亜人同士が何をしようが、誰も気にしないわ。

 そう言われて、ようやく納得がいった。

 シスが過ごした吸血鬼の集落では、他種族との争いを避ける為、相手を殺すほど痛めつけることは禁止されていたんだろう。だって、集落に近付いた他種族と戦って、勝者特典で血を吸って放り出してたと言っていたから。

 でも、ここはシスがいた集落じゃない。そして相手は、シスが自分の持ち物だと思っている私を奪おうと躍起になっている。殺してもいい、とシスが判断しない保証はない。

「ソイツは、俺が持ち帰るんだ……っ」

 足を震わせながら、ロウはまだしつこく言い続けた。それはシスにとっては一番の禁句なのに。シスにとっては、私はシスのペット、若しくは喋る家畜なんだから。

 いい加減苛ついてきたシスが、こめかみに血管を浮き上がらせながらギリ、と奥歯を鳴らした。

「小町は俺のものだって言ってんだろうが……お前、二度とそんなことが言えない様にしてやろうか」
「くそう……っ! 置き引きに遭わなけりゃ、俺だって……!」

 ロウがそう言った直後、ロウの方から「グオオオオオオッ!」という大きな音が響いてくる。これはまさか――腹の虫? とんでもない音量に、思わず目が点になった。

 シスが興味なさそうに返す。

「ふん、負ける言い訳かー?」
「う……っうるさいうるさい! お前らの匂いをずっと嗅ぎながら追ってたから、そっちに気を取られてたんだよ!」

 話している最中にも、ぐるる、ぐおおおという何とも情けない音が聞こえ続ける。……何だか可哀想になってきた。

「ソイツは俺が連れ帰って、俺の戦利品だから俺の女にするんだ……っ!」

 は? 俺の女? まさかの発言に私が口をあんぐりと開けると、シスのこめかみにはビキキイッ! と怖いくらいに血管が浮き出る。あ、マジギレした。

 ぐぐ、と辛そうな顔で構えると、ロウはもう一度シスに飛びかかる。だけど、その勢いはあまりにも弱すぎて、あっさりと首根っこをシスに片手で掴まれてしまった。情けないほど力が抜けた身体が、ぷらん、と宙に揺れる。

 シスが、怒りを浮かばせた顔で牙を剥いた。――血を吸う気だ!

「シス!」

 止めたけど、シスの牙はロウの首にぐさりと突き刺さっていく。ロウはビクッと反応した後、どんどん目が虚ろになっていった。

 私を襲おうとした人狼だ。同情の余地はない。ないんだけど、目から涙が流れていて、悲しそうにキューンキューンと小さく泣く声が憐れみを誘うから。

「――シス! もういいよ!」
「?」

 シスの前に駆け出すと、力が抜けたロウの焦げ茶の身体を引っ掴んだ。重っ!

「やめて、もう死にかけてるじゃない! そこまでしなくてもいいよ!」
「小町……?」

 ロウから引き剥がされて、シスの顎に血がたらりと伝う。驚いた顔で私を見ているのは、私が何を言ってるか理解出来てないからなのかもしれない。私が取った行動は、恐らくはヒトとしての情や常識からきているだろうから。

 やっぱり、ヒトと亜人は違うんだ。大切な部分が、どうしたって違うんだ。

「このまま血を吸ったら、この子が死んじゃうよ! 私……っ私、シスが誰かを殺すところなんて、見たくないよ!」
「小町……」

 ロウを掴んでいたシスの手が離された。悲しそうな目で見られても、でもこれは私は到底許せないから。

 私の護衛をしてくれているからって、シスを人殺しにはしたくない。人じゃなくて狼だけど。

 だって、ロウにだってきっとロウを大切に思ってくれている誰かがいる筈だから。小夏の命を救いたい私が、誰かの大切な命を奪っていい筈がないんだから。

「お願い、シス――!」

 涙まじりに懇願すると、シスはがっくりと項垂れる。

 脱力したロウの身体は重すぎて、私はその場でロウを抱えたまま座り込んだ。
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