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第47話 羞恥心を与えてほしい
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他の亜人に負けたから、弱い自分は護衛を辞めさせられるんじゃないか。
シスが落ち込んでいたのは、そんなことが理由だったらしい。強さが大事なシスらしい考え方で笑っちゃうけど、目下私はそれどころじゃなかった。
相変わらず絡みついたままの腕をペチペチ叩いても引っ張っても、一向に取れないのだ。
こうなったら、と私は説得を試みる。
「あんた馬鹿ねえ。シス以外、誰が私の護衛なんてすると思ってんの」
どうしても可愛らしい言い方が出来ないのは、勘弁してほしい。ただでさえ後ろから抱き締められて心臓がバクバクいってる最中なのに、うら若き乙女が手練手管で言葉巧みになんて出来る訳がないじゃない。
シスの声は、さっきよりは大分明るい。でも、内容は結構ねちっこい。
「本当だよな? 小町は俺だからいいんだよなー?」
「……うっ」
シスがいいの、シスじゃなきゃいやなの! なんて如何にもな台詞なんて言えると思ってるのか、このアホ吸血鬼は。
私が詰まった途端、シスの声がどんよりとする。
「……やっぱり俺じゃいやなのか?」
「そっそんなことないって言ってんでしょ!」
言ってないけど、もうこの際言ったことにしよう。うん。
ぐす、と鼻を啜る音が耳元から聞こえ始めた。お願いだから、人の首元で泣きべそをかかないでほしい。
シスの筋肉質な分厚い腕を引っ張ったりしながら、懸命に訴えかける。
「と、とにかくさ! お風呂に入っておいでよ! 綺麗サッパリになったら気分も直るかもよ!」
「……小町、その隙に他の亜人に護衛を依頼にしにいくなんてこと」
さすがにイラッとして、怒鳴りつけた。
「――する訳ないでしょ! 馬鹿!」
ついでに、肩のすぐ上にある青い髪に向かって手刀を叩き入れる。シスは自信があって明るい時はとことん能天気だけど、へこんで自信をなくすと笑っちゃうくらいに疑心暗鬼になるらしい。シスの新たな一面発見だけど、すっごい面倒くさい。
「いい加減離して、お風呂に入ってよ! これじゃいつまで経っても寝られないでしょ!?」
シスはとっくに忘れてるかもしれないけど、今日は血は吸われ、風呂では亜人に襲われ、更には裸のシスに追いかけ回されて逆上せ、と私にとっては物凄く疲れる一日だったのに。
コイツには、オブラートに包んだ言い方をしても伝わらない。分かっていたことなのに、今日久々にまともな会話が出来るタロウさんやサーシャさんと話せたから、すっかり抜け落ちていた。
「まだクラクラしてるの! 早く寝たいの!」
よし。言った。
すると、ようやくシスが私をゆっくりと解放する。全く、この単純お子ちゃまが。
これ以上抱きつかれたら、本当に心臓が稼働しすぎてオーバーヒートしかねない。くるりと向き直ってシスの横をすり抜けようとすると、シスがすれ違いざま私の手首をパシッ! と掴んだ。
「小町、風呂場にいてくれ!」
「はあ?」
何言ってんのコイツ。思わず目を剥きながら振り返ると、しょんぼりとしたシスが切なそうな表情で私を見下ろしてるじゃないの。……ああああっ! 可愛い!
「お風呂、ちゃんと入るから。だから小町、横にいてくれ」
「覗きの趣味はないんだけど」
「背中を向けていいから。椅子持ってくるから!」
待ってろよー! と言って、シスは風呂場を飛び出して行った。拒否権は私にはないのか。唖然としている内に椅子を風呂場の脱衣場に持ち込んだシスが、私を座らせる。
「すぐに終わらせるから! 小町はタオルを持っててくれー!」
そう言うと、何故か大判のバスタオルを渡された。
背後では、ガサゴソという衣擦れの音と、パサリと床に服が落ちる音。何やってんだろう、私。そう思っても仕方ない状況に、私は置かれていた。
ポンプ式なのか、ガコガコとレバーが上下する音の後に、ジャバジャバという水が流れる音が聞こえ始める。
「この辺りは地熱が暖かくて、その辺を掘るとお湯が出るらしいぞー」
「そ、そうなの」
「小町は明日はここの風呂な! もうあんな危ない場所は駄目だからなー!」
明日もサーシャさんと一緒に入れば大丈夫なんじゃないかと思ったけど、今サーシャさんの名前を出すと、折角回復してきたシスの機嫌が再下降しかねない。
「そ、そうだねー」
後ろで洗い流す音が聞こえ続ける。シスは烏の行水なのか、キュッと捻る音がしたと思うと、お湯の流れが止まった。早くないか。
でももう、この訳の分からない時間が早く終る方がいい。
「小町、タオルくれー」
「ん」
振り返らずに腕だけ後ろに伸ばすと、シスがのたまった。
「小町、届かない! 届けてくれー」
「ええ? 仕方ないわねえ」
振り返るって分かってたら、さすがに隠してるだろう。そう思って振り返った私が馬鹿だった。
「はい、シス――」
振り返ると、シスは風呂桶の中で、正面を向いて堂々と立っていた。片手をこちらに伸ばし、もう片手は腰に当て。
勿論、素っ裸で。
「……きゃあああああっ!」
「どうした小町!」
「ぎゃあああっ! 来ないでえええっ!」
「小町っどうしたんだよー!」
ビッショビショのシスが風呂釜から跳躍して脱衣場に飛び出してくると、逃げようとジタバタ藻掻いている私を掴まえた。
「ばばばば馬鹿っ! 早く服を着てよ!」
「小町! どこに行くんだよー!」
泣きべそをかいたびしょ濡れのシスの腕に捕まり、私は完全に混乱し。
くらり、とした感覚と共に、ぶっ倒れた。
シスが落ち込んでいたのは、そんなことが理由だったらしい。強さが大事なシスらしい考え方で笑っちゃうけど、目下私はそれどころじゃなかった。
相変わらず絡みついたままの腕をペチペチ叩いても引っ張っても、一向に取れないのだ。
こうなったら、と私は説得を試みる。
「あんた馬鹿ねえ。シス以外、誰が私の護衛なんてすると思ってんの」
どうしても可愛らしい言い方が出来ないのは、勘弁してほしい。ただでさえ後ろから抱き締められて心臓がバクバクいってる最中なのに、うら若き乙女が手練手管で言葉巧みになんて出来る訳がないじゃない。
シスの声は、さっきよりは大分明るい。でも、内容は結構ねちっこい。
「本当だよな? 小町は俺だからいいんだよなー?」
「……うっ」
シスがいいの、シスじゃなきゃいやなの! なんて如何にもな台詞なんて言えると思ってるのか、このアホ吸血鬼は。
私が詰まった途端、シスの声がどんよりとする。
「……やっぱり俺じゃいやなのか?」
「そっそんなことないって言ってんでしょ!」
言ってないけど、もうこの際言ったことにしよう。うん。
ぐす、と鼻を啜る音が耳元から聞こえ始めた。お願いだから、人の首元で泣きべそをかかないでほしい。
シスの筋肉質な分厚い腕を引っ張ったりしながら、懸命に訴えかける。
「と、とにかくさ! お風呂に入っておいでよ! 綺麗サッパリになったら気分も直るかもよ!」
「……小町、その隙に他の亜人に護衛を依頼にしにいくなんてこと」
さすがにイラッとして、怒鳴りつけた。
「――する訳ないでしょ! 馬鹿!」
ついでに、肩のすぐ上にある青い髪に向かって手刀を叩き入れる。シスは自信があって明るい時はとことん能天気だけど、へこんで自信をなくすと笑っちゃうくらいに疑心暗鬼になるらしい。シスの新たな一面発見だけど、すっごい面倒くさい。
「いい加減離して、お風呂に入ってよ! これじゃいつまで経っても寝られないでしょ!?」
シスはとっくに忘れてるかもしれないけど、今日は血は吸われ、風呂では亜人に襲われ、更には裸のシスに追いかけ回されて逆上せ、と私にとっては物凄く疲れる一日だったのに。
コイツには、オブラートに包んだ言い方をしても伝わらない。分かっていたことなのに、今日久々にまともな会話が出来るタロウさんやサーシャさんと話せたから、すっかり抜け落ちていた。
「まだクラクラしてるの! 早く寝たいの!」
よし。言った。
すると、ようやくシスが私をゆっくりと解放する。全く、この単純お子ちゃまが。
これ以上抱きつかれたら、本当に心臓が稼働しすぎてオーバーヒートしかねない。くるりと向き直ってシスの横をすり抜けようとすると、シスがすれ違いざま私の手首をパシッ! と掴んだ。
「小町、風呂場にいてくれ!」
「はあ?」
何言ってんのコイツ。思わず目を剥きながら振り返ると、しょんぼりとしたシスが切なそうな表情で私を見下ろしてるじゃないの。……ああああっ! 可愛い!
「お風呂、ちゃんと入るから。だから小町、横にいてくれ」
「覗きの趣味はないんだけど」
「背中を向けていいから。椅子持ってくるから!」
待ってろよー! と言って、シスは風呂場を飛び出して行った。拒否権は私にはないのか。唖然としている内に椅子を風呂場の脱衣場に持ち込んだシスが、私を座らせる。
「すぐに終わらせるから! 小町はタオルを持っててくれー!」
そう言うと、何故か大判のバスタオルを渡された。
背後では、ガサゴソという衣擦れの音と、パサリと床に服が落ちる音。何やってんだろう、私。そう思っても仕方ない状況に、私は置かれていた。
ポンプ式なのか、ガコガコとレバーが上下する音の後に、ジャバジャバという水が流れる音が聞こえ始める。
「この辺りは地熱が暖かくて、その辺を掘るとお湯が出るらしいぞー」
「そ、そうなの」
「小町は明日はここの風呂な! もうあんな危ない場所は駄目だからなー!」
明日もサーシャさんと一緒に入れば大丈夫なんじゃないかと思ったけど、今サーシャさんの名前を出すと、折角回復してきたシスの機嫌が再下降しかねない。
「そ、そうだねー」
後ろで洗い流す音が聞こえ続ける。シスは烏の行水なのか、キュッと捻る音がしたと思うと、お湯の流れが止まった。早くないか。
でももう、この訳の分からない時間が早く終る方がいい。
「小町、タオルくれー」
「ん」
振り返らずに腕だけ後ろに伸ばすと、シスがのたまった。
「小町、届かない! 届けてくれー」
「ええ? 仕方ないわねえ」
振り返るって分かってたら、さすがに隠してるだろう。そう思って振り返った私が馬鹿だった。
「はい、シス――」
振り返ると、シスは風呂桶の中で、正面を向いて堂々と立っていた。片手をこちらに伸ばし、もう片手は腰に当て。
勿論、素っ裸で。
「……きゃあああああっ!」
「どうした小町!」
「ぎゃあああっ! 来ないでえええっ!」
「小町っどうしたんだよー!」
ビッショビショのシスが風呂釜から跳躍して脱衣場に飛び出してくると、逃げようとジタバタ藻掻いている私を掴まえた。
「ばばばば馬鹿っ! 早く服を着てよ!」
「小町! どこに行くんだよー!」
泣きべそをかいたびしょ濡れのシスの腕に捕まり、私は完全に混乱し。
くらり、とした感覚と共に、ぶっ倒れた。
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