可愛がっても美形吸血鬼には懐きません!~だからペットじゃないってば!

ミドリ

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第25話 何故そんなに見られるのかが分からない

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 シスに手を繋がれたまま混雑する道を暫く進むと、広い円形の広場に出た。

「ここが街の中心だぞ!」

 目をキラキラ輝かせた青髪の美青年が、大人っぽい顔に子供の様にはしゃいだ笑みを浮かべて広場を指差す。

 シスが目を輝かすのも道理だ。かなり大きな広場は石畳になっていて、円周上に建物が隙間なく並び、広間を取り囲んでいる。

 三階建てや四階建てもあって、先程通ってきた通り沿いの建物よりも全体的に高さがあり、外観から見てもしっかりとした作りをしていた。

 建物の殆どの一階部分は何かの店の様で、酒場や料理店もあれば、武器屋に花屋に服屋まである。二階以上は住居や宿なのか、洗濯物がはためいていたりしていて、異国情緒満載だ。

 広場には大勢の亜人が行き交いしていて、中心部は市場となっているのか、手押し車の荷台の上に色鮮やかな果物や野菜が並んでいた。

 これまでほぼ誰にも会わなかった道中と比較すれば、感動するのも無理はない。

「……ふーん」

 明らかに可愛くない返事をする私。

 理由は単純だ。現在、私に一切の余裕がないからだ。

 男性と手を繋いだことなんて、弟の小夏以外には経験がない。するとどうなるかというと、どうしたってその気恥ずかしさから結構な手汗を掻いてしまうのだ。

 手汗を掻くのも恥ずかしいけど、汗を掻くくらい意識してるんじゃってシスに勘違いされるのも嫌だ。

 ヒトの癖に何意識してるんだよって笑われないかな、なんて乙女なことを思ったけど、よく考えたら私はこいつに毎晩頬の上にヨダレを垂らされている。恥ずかしさでいったら、そっちの方が余程恥ずかしいんじゃないか。

 でも、こいつは指摘してもテヘッと笑っただけだった。謝りすらしなかったのには、怒りを通り越して無になった。つまり、気にするだけ無駄。シスに羞恥心とか配慮を望む方が間違っている。

「宿空いてるといいなー!」

 シスは何ひとつ気にしてなさそうな態度のまま、私の手をグイグイと引っ張って市場の細い道を通っていった。

 何だかんだ言っても物珍しいことに代わりはないので、先導されてるのをいいことに、市場に並べられた商品を思う存分眺める。

 他の亜人とこんな近くですれ違うのは初めてで、さすがにちょっと怖い。ならばとシスの広い背中に身を隠していると、時折私に気付いてギョッとした後二度見する亜人もいた。……なんでそんなにまじまじと私とシスを見比べるんだろうか。

 さっき飼われているヒトは普通に主人の亜人と連れ立って歩いていたから、ヒトがそこまで物珍しい訳じゃないだろうに。

 シスは他の亜人の視線なんてどうでもいいみたいで、スイスイ人混みを泳ぎながらも、興味津々で市場の商品を覗いては私をいちいち振り返る。

「お! これなんだ!? 小町、あれ食いたいか?」

 ウニョウニョ動く黒い謎の物体を指差したけど、得体が知れなさすぎて私は首を振った。

「まだ死にたくない」
「え? あれ食い物じゃないのかー?」
「知る訳ないでしょ」
「あ! あっちのアレは何だ!?」

 食い気満々のシスが、あちこち目移りしている。超絶美形がお上りさんになっていると、憐れみが増す。周りの亜人がシスを見る目も、若干嘲笑を含んでいる様に見えなくもない。

 そして私もセットでジロジロ見られるので、はっきり言って不快のひと言に尽きた。

「シス、早く宿屋に行こう」
「そうだったなー!」

 にぱーっと笑うと、シスは今度は売り物には目をくれず、真っ直ぐに市場を突っ切った。

 市場を出ると、目の前にそれらしき建物が現れる。一階の受付には大きな鞄を持っている亜人がたむろしているので、あれが宿屋だろう。

 シスに引っ張られながら、受付に並ぶ。やはりヒトは物珍しいのか、荷物を抱えた亜人たちは私を見るとギョッとし、その後何度もシスと私を見比べた。……さっきから何なんだろう。

 受付に立っていた、店主と思われるヤギの様な角と髭を生やした亜人のおじさんが、ぱちくりと目を瞬かせる。

 暫くしてシスの方に顔を向けると、引き攣った笑顔を見せた。

「いらっしゃいませ。何泊ご希望で?」

 聞かれたシスは、そのまま私を振り返る。多分シスは、何も考えてなかったんだろう。

 ネクロポリスのことを聞き込みする時間と、ついでにお風呂に入ったりもう少し露出の少ない服を購入したりと、することは多い。

「……とりあえず二泊は必要じゃない?」
「分かった!」

 にかーっと笑うと、シスは店主に向き直った。

「とりあえず二泊で頼む!」
「承知しました。部屋はお二人ならシングルがふたつの部屋とダブルがひとつの部屋とありますが」

 すると、またもやシスが振り返る。少しは自分で決めろ。内心呆れ返りながらも、私は答えた。

「ていうか、別々の部屋じゃ駄目なの?」

 一応、主従とはいえ私は女、シスは男。異種族とはいえ、夫婦でもない男女が同室はどうなんだ。それに、たまにはひとりで伸び伸びと寝たい。

 私の答えは、シスはお気に召さなかったらしい。眉毛を垂らすと、いやいやを始めてしまった。

「やだー! 一緒の部屋がいい!」
「え、別々にしようよ」

 すると、店主がぼそりと言う。

「申し訳ございませんが、ヒトひとりでの部屋の使用はご遠慮願っています。部屋で流血沙汰になると掃除が大変でして」
「は?」
「主人の目が離れた隙にガブリ……なんてことも過去にございまして」
「ああ……」

 他の亜人が、食い意地を我慢出来ずに襲っちゃった訳か。ならば仕方ない。

「じゃあ、シングルがふた……」
「ダブルの部屋で!」
「は?」

 片眉を上げてシスを見上げると、シスは情けない表情で訴え始めた。

「ベッドが離れてるのだって危険だぞ、小町!」
「いや、そこはさすがに大丈夫じゃ……」
「安心しろよな! 俺が小町を守ってやるからな!」

 そう言って、私を引き寄せ背中からぎゅっと抱き締めるシス。こちらを呆れた様な顔で見ている店主と目が合ってすぐに、逸らされた。地味に傷つく。

「絶対に他の亜人になんかやるもんか……」

 ボソボソと耳裏に何か聞こえた気がしたけど、気の所為だろう。そう思いたかったけど、今背中に張り付いている亜人は、私のことを独占し食べる気満々なのがひしひしと伝わってきてしまった。

 私、来年には生きてるかな。正直不安に思う。

 店主が微妙な笑みを浮かべながら、鍵を差し出した。

「費用は前払い、お値段はこちらになります」
「おー」

 シスは財布を取り出すと、中から硬貨を出す。見たこともない硬貨だけど、どれくらいの価値があるんだろう。

 お金を受け取った店主が、乾いた笑いを見せる。

「しかし、随分と可愛がられているんですね、アハハ。こんな凄いのは初めて見ました」
「は? 凄い?」

 私が首を傾げても、店主は変な笑みを浮かべるだけで答えてはくれなかった。

「小町ー! いくぞ!」

 シスに肩を抱かれながら、グイグイと押されて部屋へと向かう。

 一体なんなの。

 心の中で質問しても、勿論誰も答えを教えてはくれなかった。
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