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第24話 破壊神並の破壊力

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 済世区サイセイ・ディストリクトとは違い、亜人街には外と街を隔たる柵も門も何もない。

 セメントがボコボコな街道を真っ直ぐに進むと、そのまま自然と街の中へと入っていった。

 シスの腕に横抱きにされたまま。

 シスは首にしがみついておけと繰り返し言ってきたけど、そんなことをすれば密着度がやばいことになる。うら若き乙女としては、いくら亜人だからって自ら男性に抱きつくのは如何なものかと思ってしまい、バランスを取る為に頭をシスの肩にもたらせるので限界だった。

 シスには、恥じらいとかいった乙女心が分からないのだ。そもそも一般的に備わって然るべきデリカシーも欠けているっぽいし。

 シスはヒョコヒョコと歩くので、結構揺れが激しい。その度に私の髪がさわさわとシスの剥き出しの胸元に触れるのがくすぐったいのか、シスは時折身体を痒そうに震わせた。

 そんなだったら、潔く降ろしてはくれないか。

 何故なら、周りの亜人の視線が、チクチクどころじゃなく突き刺さって痛いからだ。

「シス、あのさ……自分で歩くから」

 シスに言っても、シスは頑固に首を横に振るだけだ。

「いんや! ほら見てみろ小町! みーんなお前のことを見てるぞ!」

 確かに、かなり見られている。でも見られているのは、私だけじゃなくシスもだ。道行く彼らの顔がこちらを向きながらにやけているのは、絶対気の所為じゃないだろう。

 あ、今あそこの羊っぽい角をした亜人が手でハートマークを作って笑った。ほら、やっぱりこれは変なんだってば!

「シス、ちょっといい加減にして……っ」

 何とか降りようと身体を捻ったりしてみたら、抱え直されてにっこりと顔を覗き込まれる。

「ここはヒトには危険だからな、俺にしっかり掴まってろよー!」

 シスはきっぱりと言い切った。

 多分違う。見られてるのは、私がヒトで狙われてるからじゃない。

「はあー……」
「宿はどこかなー?」

 シスには何を言っても通じない。というか、私の話なんて聞く気ははなからない。

 もう説得するのは諦めて、大して道幅のない人通りの多い道に目を向けた。

 亜人ってこんなに種類がいるんだ、というくらい、見たこともない姿の亜人が雑多な道を行き交いしている。

 巨人みたいなシスの倍は背がありそうな亜人や、かと思うと私よりも小さなずんぐりむっくりとした小人みたいな亜人もいる。角が生えたのやら毛が生えたのやら、これぞ人種の坩堝るつぼかと思える混在ぶりだ。

 その中に、あれってヒトじゃない? という姿をした人物を見つけて、私は遠目からこちらに向かって歩いてくる二人を目を凝らして観察し始めた。

 まだ遠いからはっきりしないけど、亜人らしい特徴が一切ない中年男性だ。見た目はどこからどうみても貧弱なヒトの男。男の隣を威風堂々と歩いているのは、男の主人と思わしきトカゲっぽい亜人だ。その亜人の手から伸びた紐は、男がしている首輪に繋がっている。

 紐はたわんでいるけど、私はそれを見てギョッとした。あれってまさか奴隷扱いじゃないのか。

 と思ったけど、男が身につけている物は小綺麗で、段々と近付いてくる男の肌ツヤはよく、長い髪の毛もきちんと丁寧に結ばれている。よく見たら、結び目に可愛らしいリボンが結ばれていた。似合わないことこの上ない。

 男と亜人は、仲睦まじい様子で笑顔で会話を交わしていた。男が話しかけると、亜人もにこやかに微笑む。これはどういうことかな、と更にじっと観察を続けた。

 すれ違いざま、男は一瞬ちらりと私を見てギョッとした顔になる。私とシスを目を大きくして見比べた後、何故かすぐに主人にぴたっと寄り添い、媚びる様に亜人に笑いかけた。

 主人の亜人が男の頭を撫でると、男は嬉しそうに頭を主人の腕に擦り付ける。――うん、あれは奴隷じゃないな。どう見てもペットだ。

 モグラ亜人の言う通り、ヒトを飼うのは亜人街では流行っているみたいだった。

 ということは、私は彼らから見て、吸血鬼のシスに可愛がられているペットか?

「小町、キョロキョロしてどうしたんだー?」

 心配そうに眉を垂らしたシスが、私に尋ねてくる。この何とも形容し難い気持ちを、このアホな吸血鬼に真摯に伝えたところで、果たしてちゃんと意図を汲み取ってくれるだろうか。

 ――無理だな。

 とにかく、これ以上ジロジロ見られるのは本意じゃない。とりあえずその部分だけ、私は説得を試みることにした。

「シス、とにかく降ろしてくれない?」
「でも」
「連れ去られるのが不安なら、離れないように繋いでおけばいいでしょ」

 自ら紐で繋げとは、さすがにヒトのプライドが許さなくて口に出来なかった。

 私の提案に、シスがパアアッと晴れやかな笑顔を浮かべる。まさかな、と思ったら、そのまさかだった。

「その手があったか! さすが小町、頭いいな!」

 ……ああ。

 シスは早速私を地面に降ろすと、にこにこしたまま何の躊躇もなく私の手を握った。

「ひゃっ」

 咄嗟のことで思わず声を漏らすと、シスが下唇をぶーっと出す。だからその顔。

「小町はちょいちょい俺に冷たくないか!」
「あ、いや、その」

 どうしよう、心臓がバクバクいって収まってくれない。はあーと長く息を吐いて、平常心平常心、と心の中で唱えた。

「……驚いただけ」
「ん? なんだそうか」

 また嬉しそうな笑顔になるんだから、と内心呆れながら、シスの大きな手に包まれた自分の手の存在を強く認識する。

「先に宿を探そうな! それから公共の大浴場に行こう!」

 シスの表情がやけに明るいのは、これまで吸血鬼の集落に縛り付けられていたからなんだろうな。

「分かった分かった。そうはしゃがないの」

 思わず吹き出すと、一瞬意外そうな顔をしたシスが破顔した。

「小町が笑った」
「――っ!」

 その笑顔は破壊神並の破壊力があり。

 再び激しく脈を打つ心臓の上に、私は繋がっていない方の拳を当てたのだった。
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