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第18話 食糧が全て

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 空が薄暗くなってきた頃。

 丁度雨風を凌げそうな建物を発見したので、私とシスは用心しつつ、外から中の様子を窺う。ドアも窓もなくなっているけど、床一面に枯れ葉が溜まっている以外は、比較的綺麗な状態だった。倉庫か何かだったのかもしれない。中身は持ち出されたのか、半分朽ちた空箱が幾つか転がっていた。

 建物内に他の生物の痕跡がないことを確認すると、シスは私に待機している様に言い、林の中へと消えていった。今夜の食糧調達に出掛けたのだ。

 シス曰く、なんでも吸血鬼は、お腹が空くと満腹時よりも五感が鋭くなるんだそうだ。「あっちに兎っぽい匂いがする!」と私には分からない匂いを嗅ぎつけ喜び勇んで飛んでいってしまった後ろ姿は、狩りを楽しむ狩人そのもの。

 一歩間違えば私もあれに狩られる側になってたのかと思うと、つくづくシスが簡単に交渉に応じてしまう単純な脳みその持ち主でよかったと思う。

 それにしても、もしかしてシスが強いのは、しょっちゅうお腹を空かせてるからなんじゃないか。あながちその考えは間違ってないかも、なんて考えたら、ちょっと可笑しくてつい笑ってしまった。

 笑った後に、いやいや笑ってる場合じゃないぞ小町、と焚き火の準備を始めていた手が止まる。

 枝を積み上げた前にしゃがみ込むと、両手で顔を覆った。

「マッチングもまだなのに、う、う、腕の中で寝るなんて嘘でしょ……っ」

 腕の中で寝る。つまりは、抱き締められながら寝るってことだ。そりゃあ小夏は可愛いから毛布だけ持参して小夏の布団に潜り込むことはあったけど、いくら異性といえどあれは血の繋がった弟だから、今回のとは意味合いが大分違う。

 考えてみればもうお姫様抱っこもされたし何なら今日の午前中はほぼそれで移動していたけど、横になって寝るのとは心理的ハードルが全然違った。

 大体、いくらシスが私を食べて殺そうという気がなくても、そんなにくっついてたらさすがに血の匂いだってするだろう。私の頸動脈の匂いにフラフラになっちゃうシスのことだから、私が寝ている隙にガブリ、なんて可能性もないとはいえない。悲しいことに。アホなだけあって、自分の欲に忠実だし。

「うーん……」

 それに、そもそも恋人でもない男に抱き締められて寝るなんてことがマッチング前にバレてしまったら、最悪私のマッチングがなくなってしまう可能性だってあった。亜人避けに行なった行為の所為で結婚出来ず、出来てもやもめのおじさんが相手とか、嫌すぎる。

「それだけは絶対にいや!」

 多少年上の方が好みではあっても、程度というものがある。私の理想はちょっと年上のお兄さんくらいかな。例えばシスくらいの年の差で、ちょっと甘えても笑って許してもらえて――。

「小町? ひとりで笑って楽しそうだな。どうしたんだ?」
「……うわああああっ!」

 突然目の前に、逆さになったシスの顔が現れた。驚きすぎて思わず立ち上がると、私の後ろに立っていたシスの腹部に頭突きしてしまう。

「うっ」
「とととと突然現れないでよ! びっくりするでしょ!」
「わ、悪い……っ」

 涙目でお腹をさすっているシスに向かって吠える。シスは、すでに皮と内臓がない状態の兎を私の目の前に掲げてきた。ちょっと自慢げな顔が、恐ろしく可愛い分腹立たしい。

「だって、話しかけても無反応だったしよー」
「え? そうだったの?」

 余程真剣に考え込んでいたみたいだ。何をとは言わないけど。

 私が手渡した太めの枝を、兎肉に遠慮なくぶっ刺していくシス。穴が空いた所から垂れてくる血液がシスの手首を伝うと、赤い舌でれーっと綺麗に舐め取っていった。……これを今日やられたのか。客観的に見ると、かなり際どい絵面だ。

 私の視線に気付いたシスが、警戒心ゼロの笑みを見せる。

「そうだぞ。それにしても、小町が笑うなんて珍しいなー」
「そ、そう?」

 もしかして可愛い、とか思っちゃったりして? ほら、普段無愛想な相手が急に笑顔を見せたらキュンとしちゃうとかは、恋愛小説でよくあるパターンだし。いや、別にシスは亜人だからそう思ったところで別に関係ないけど。

 シスが、兎肉が刺さった枝を片手で持ちながら、笑顔のまま尋ねてきた。

「何がそんなに楽しかったんだ?」
「べ、別に」

 言えるか。シスの何も考えてなさそうな明るい視線に耐え切れず、ホルスターに目線を落とす。ライターを取り出すと、燃えやすそうななるべく小さな木屑に火を点けた。

 シスが、私のすぐ横に同じ様にしゃがみ込み、肩を寄せてくる。だから、距離が近いんだってば。

「分かったぞ、小町!」
「え!? それはないっ絶対ない!」

 こいつには、ヒトの街のマッチングの話もしていないし、第一私の恋愛観も好みも語ったことは一度もない。だから、絶対分からない筈だ。

 とんでもなく端正な顔が、私の顔を覗き込む。キラキラした黄金色の瞳が、私を見つめた。眩しいから凝視しないで!

「俺だって小町のことは大分分かってきたんだぞ!」
「じゃ、じゃあ言ってみなさいよ」

 肩だけでなく、足も触れ合うこの距離。やっぱりこの亜人の距離感はおかしい。

「肉が待ち遠しかったんだな!?」
「は……」
「どうだ! 正解だろ!」

 先程までのときめきが、ガラガラと音を立てて崩れていった。

 そして、それと同時に悟りを開く。そうだ、こいつは亜人だった。そもそもヒトじゃない。ヒトじゃない亜人の腕の中で寝たからといって、こいつはヒトを食糧としか思っていないから関係ないんだった。

「小町?」

 無邪気な笑顔で尋ねられ。

「……うん、もうそれでいいよ」
「やったー!」

 もういいやこれで。

 そう思い、心の中で深い溜息を吐いた私だった。
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