可愛がっても美形吸血鬼には懐きません!~だからペットじゃないってば!

ミドリ

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第1話 小町

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 各地に点在するヒトの町のひとつ、済世区サイセイ・ディストリクト。うら若き乙女である私、小町が生まれ育ったその町を飛び出してから、今日で三日が経つ。

 済世区は比較的大きな町だから、町を囲む電気結界の外にも、亜人避けの装置がそれなりに配備されている。だから、別の町に繋がる街道沿いに進めば、比較的安全に行けると聞いていた。

 実際に、昨日も一昨日も亜人の影すら見かけなかったから、正直油断していたのかもしれない。

「はあ、はあ……っ! も、しつこい……っ!」

 陽はとっぷりと暮れて、蜂蜜色をした月が濃紺の空にぽっかりと浮かぶ。お月見でも出来そうな空の下、私は膝丈の草が生い茂るでこぼこの野原を全速力で走っていた。

 燃えてるみたいで綺麗だと可愛い弟の小夏こなつに褒められる、肩より上で短く切り揃えられたおかっぱの赤髪。今はそれが振り乱れて視界の邪魔になり、うざったかった。

 街道に戻らないと拙いのに、追われて当て所なく逃げ惑う内に、木立の奥が真っ暗な林の方へと追い立てられてしまっている。

「ああもう……っ!」

 外の世界になんて出たことがなかったし、どんな環境なのかもろくに知らなかった。とりあえず寒くはないと聞いたから、それ以上深く考えずに黒のショートパンツとカーキ色のタンクトップを着ちゃったなんて、どれだけ馬鹿なんだろう。

 剥き出しの肩からも膝からも血が流れていて、走る度に振動で痛む。

 最近成長してきた胸も走るのには邪魔で、苛立ちで叫びたい気持ちを抑えるのに必死だった。

「くっそ……っ!」

 完全に失敗した。やっぱりあの時、もっと落ち着いて行動すればよかった。

 私は、つい数十分前の自分の浅はかな行動を激しく後悔していた。

 街道沿いには、大きな河が流れている。河の水は決して綺麗じゃないけど、持ってきたろ過装置付きのボトルがあれば飲める。それでも、河の水を飲むのは出来る限り先延ばしにしたいのが本音だ。

 お腹を壊したら嫌だから、持参した、町で精製された綺麗な水をちびちび飲んでいたけど、それも空になってしまった。だから仕方なく、意を決して小石だらけの河川敷に足を踏み入れた。

 空は血を塗りたくったみたいな色に染まっていて不気味だったけど、街道沿いに歩いているからか、亜人もその他の獣もこれまで一度も見ていない。だから大丈夫でしょ、という慢心があったのは否めない。

 一応辺りを警戒しつつ川縁に寄り、深緑色の水面にも水中にもおかしな影がないかを目視で確認してから、屈んでボトルに水を汲み始めた。

 河の水は想像以上にぬるくてヌメヌメしていて、内心うげえ、と思いながらもボトルを満杯にする。水を汲むのは底からで、飲むのは反対側からだから、誤って汚染された水が口の中に入ってしまうこともない。

 キャップを閉めて、腰ベルトのボトルホルダーにセットする。結構重くてバランスが取りにくいけど、まあ仕方ない。

 河川敷からは、三日前に出た済世区の明かりが空に映し出されているのが見えた。まだこれしか進んでいないの、とこれからの行程を考えるとげんなりしたけど、やると決めたからにはやるしかない。

「んーっ! もうちょっと頑張るかー!」

 大きく伸びをしながら河に背を向ける。本当だったら、この時点で景色なんて眺めていないで、さっさと街道に戻るべきだった。でも、私はその警戒を怠ってしまった。本当、馬鹿の極みだ。

 ぽちゃん、という水音が耳に届く。その後も、ちゃぽちゃぽと水を掻き分ける音が聞こえてきた。それが、段々こちらに近付いているような――。

 恐る恐る振り返る。夕日をバックに今まさに河から上がろうとしていたのは、全身が黒い鱗だらけの魚人だった。藻みたいな濃い緑色の髪の毛がべったりと鱗の上を這っていて、白目の中に浮かぶ如何にも魚な黒い真円の瞳は瞬きもせず、私を凝視している。き、気持ち悪い!

「――ひっ」

 そいつが手に持っているのは、モリの様な先端に尖った金属が付いている武器だった。殺る気満々らしいけど、勘弁して。

「ヒトの匂いがすると思ったら……」

 じり、と魚人が私に近付いてくる。水中から出てきた両足もびっしりと鱗に覆われていて、夕日を反射してキラキラしているけど決して綺麗じゃない。ああやだ、魚の目って苦手なんだよね。どこ見てるのか分からないし。

「――今夜はご馳走だ!」

 突然、魚人が水面から跳躍したかと思うと、私のすぐ背後にタンッと着地した。
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