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12 謝礼
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あれから何組かお客さんが入った。
食事の後なのか、珈琲をさっと飲んで帰る人が多かった。ふと時計を見上げると、もう九時まであとちょっとだ。
マスターが声をかけてくる。
「あすみちゃん、今日は本当に助かったよー」
「いやまあ、時給上げてもらえるし」
思っていたことをそのまま口にすると、マスターの顔が引き攣った。
「……本当君しっかりしてるよね」
「褒め言葉と受け取っておきます」
「ははは。今日はもう上がっていいよ、残りの片付けは僕がやるから」
ありがたい。私は遠慮なくお言葉に甘えることにした。
いけない、確認を忘れている。
「九時までの給料は」
「つくつく、つけるから」
それだけ確認出来ればいい。私がエプロンを外していると、マスターが尋ねてきた。
「にしてもあすみちゃん、カイトくんと昨日今日のイケメンくん、どっちが本命なの?」
私はマスターを思い切り睨みつけた。まるでこちらに選択肢がある様な言い方をしないでほしい。
マスターは私の顔を見て、素直に謝ってきた。
「ごめんなさい」
「分かればいいんです」
そもそもカイトは義兄、シンはその義兄の親友。私はただの妹と親友の妹、それだけの関係だ。
どうこうなりたくとも、それ以上はなれない関係だから。
更衣室に行くと、さっさと着替え始める。着替えていると、入り口からカランカランという音が聞こえてきた。慌てて着替えを終わらせる。
急いで更衣室から出ると、思った通り店に入ってきていたのはカイトだった。時間は九時ぴったり。さすがだ。
カイトの元に駆け寄ると、ひんやりとした外気が伝わってくる。
「片付けした?」
「大体な。シンが結構綺麗に片付けてくれた」
確かにまめそうではある。鯖カツの為にここまで気を配れる人だし。
私とカイトをニマニマと眺めていたマスターが、手を振った。
「あすみちゃん、お疲れー」
「お疲れさまでした」
「どうも」
マスターにぺこりとお辞儀をして、店の外に出る。寒い。店の前には、自転車が停めてあった。私の買い物用、電動ママチャリだ。
ママチャリを颯爽と乗りこなすクールビューティーを想像し、私の頬が思わず緩む。
「カイト、これ乗ってきたの?」
「二ケツ出来るのはこれしかないからな」
二ケツ。自転車の後ろに乗れということかな? 立派な道路交通法違反だ。
「それで、これ」
カイトはそう言うと、自転車の前カゴに入れてあった袋から、見たことのない可愛い濃いめのピンク色のマフラーを取り出してきた。怒った様な顔のまま、私の首に巻いてくる。ふわりとしていて温かい。
――これはまさか。
カイトが、目を泳がせながらボソボソと喋る。
「今日の謝礼兼クリスマスプレゼント。お前の肌弱いから、チクチクしないヤツを選んでみた」
このクールビューティーが、ムスッとした顔のままピンク色のマフラーを選ぶ姿を想像したら、一瞬言葉を失ってしまった。このカイトが?
「……え、いいの?」
ツンとした態度のカイトが、唇を尖らせたまま答える。
「あげる為に買ったからな」
そりゃまあそうだ。
「あ、ありがとう」
私があげたブラウニーとの差。かなり申し訳なく思った。私ももう少しまともなものを選ぶべきだったか。
後悔先立たずとはこのことかもしれない。
カイトが自転車の鍵を取り付ける。
「じゃあ行くぞ」
「あ、うん」
カイトは自転車に跨ると、私を振り返った。視線が荷台に注がれているので、早く座れってことだろう。
警察がいませんようにと祈りながら、横座りで荷台に腰掛ける。
「ちゃんと掴まれよ」
カイトが白い息を吐きながら言った。いや、でもねえ。
私が迷っていると、カイトは私の両手首をぐいっと掴んでカイトの腰に回す。相変わらずの馬鹿力だ。
「飛ばすから」
「……うん」
カイトはいつも読めない。いつも怒っている様に見えても、こうやって不器用な優しさを見せたりもする。
カイトが勢いよく自転車を漕ぎ始めた。さすがは電動自転車、あっという間にトップスピードに達する。確かにこれは、ちゃんと掴まっていないと振り落とされそうだ。
振り落とされない為だし。心の中でそう言い訳をすると、遠慮なくカイトの腰にしがみついた。ついでに頬が寒かったので、頭をカイトの背中にくっつけて暖を取る。カイトの背中が若干固くなった気がしたけど、まあ気の所為だろう。
にしても、どうも進んでいる方向が家の方向ではないような。
「カイト、どこに向かってるの? 家こっちじゃないでしょ」
「着いてからのお楽しみ」
カイトにしては、随分とお茶目なことを言う。
なんだろう? そう思ったけど、まあお楽しみというのであれば着くまで待っていよう。
カイトが寒空の中自転車をかっ飛ばしていくのを、私は後ろで寒さを堪えながらただ見守った。
だけど、くっついている腕と頭と、ピンク色のマフラーが巻かれた首は暖かかった。
食事の後なのか、珈琲をさっと飲んで帰る人が多かった。ふと時計を見上げると、もう九時まであとちょっとだ。
マスターが声をかけてくる。
「あすみちゃん、今日は本当に助かったよー」
「いやまあ、時給上げてもらえるし」
思っていたことをそのまま口にすると、マスターの顔が引き攣った。
「……本当君しっかりしてるよね」
「褒め言葉と受け取っておきます」
「ははは。今日はもう上がっていいよ、残りの片付けは僕がやるから」
ありがたい。私は遠慮なくお言葉に甘えることにした。
いけない、確認を忘れている。
「九時までの給料は」
「つくつく、つけるから」
それだけ確認出来ればいい。私がエプロンを外していると、マスターが尋ねてきた。
「にしてもあすみちゃん、カイトくんと昨日今日のイケメンくん、どっちが本命なの?」
私はマスターを思い切り睨みつけた。まるでこちらに選択肢がある様な言い方をしないでほしい。
マスターは私の顔を見て、素直に謝ってきた。
「ごめんなさい」
「分かればいいんです」
そもそもカイトは義兄、シンはその義兄の親友。私はただの妹と親友の妹、それだけの関係だ。
どうこうなりたくとも、それ以上はなれない関係だから。
更衣室に行くと、さっさと着替え始める。着替えていると、入り口からカランカランという音が聞こえてきた。慌てて着替えを終わらせる。
急いで更衣室から出ると、思った通り店に入ってきていたのはカイトだった。時間は九時ぴったり。さすがだ。
カイトの元に駆け寄ると、ひんやりとした外気が伝わってくる。
「片付けした?」
「大体な。シンが結構綺麗に片付けてくれた」
確かにまめそうではある。鯖カツの為にここまで気を配れる人だし。
私とカイトをニマニマと眺めていたマスターが、手を振った。
「あすみちゃん、お疲れー」
「お疲れさまでした」
「どうも」
マスターにぺこりとお辞儀をして、店の外に出る。寒い。店の前には、自転車が停めてあった。私の買い物用、電動ママチャリだ。
ママチャリを颯爽と乗りこなすクールビューティーを想像し、私の頬が思わず緩む。
「カイト、これ乗ってきたの?」
「二ケツ出来るのはこれしかないからな」
二ケツ。自転車の後ろに乗れということかな? 立派な道路交通法違反だ。
「それで、これ」
カイトはそう言うと、自転車の前カゴに入れてあった袋から、見たことのない可愛い濃いめのピンク色のマフラーを取り出してきた。怒った様な顔のまま、私の首に巻いてくる。ふわりとしていて温かい。
――これはまさか。
カイトが、目を泳がせながらボソボソと喋る。
「今日の謝礼兼クリスマスプレゼント。お前の肌弱いから、チクチクしないヤツを選んでみた」
このクールビューティーが、ムスッとした顔のままピンク色のマフラーを選ぶ姿を想像したら、一瞬言葉を失ってしまった。このカイトが?
「……え、いいの?」
ツンとした態度のカイトが、唇を尖らせたまま答える。
「あげる為に買ったからな」
そりゃまあそうだ。
「あ、ありがとう」
私があげたブラウニーとの差。かなり申し訳なく思った。私ももう少しまともなものを選ぶべきだったか。
後悔先立たずとはこのことかもしれない。
カイトが自転車の鍵を取り付ける。
「じゃあ行くぞ」
「あ、うん」
カイトは自転車に跨ると、私を振り返った。視線が荷台に注がれているので、早く座れってことだろう。
警察がいませんようにと祈りながら、横座りで荷台に腰掛ける。
「ちゃんと掴まれよ」
カイトが白い息を吐きながら言った。いや、でもねえ。
私が迷っていると、カイトは私の両手首をぐいっと掴んでカイトの腰に回す。相変わらずの馬鹿力だ。
「飛ばすから」
「……うん」
カイトはいつも読めない。いつも怒っている様に見えても、こうやって不器用な優しさを見せたりもする。
カイトが勢いよく自転車を漕ぎ始めた。さすがは電動自転車、あっという間にトップスピードに達する。確かにこれは、ちゃんと掴まっていないと振り落とされそうだ。
振り落とされない為だし。心の中でそう言い訳をすると、遠慮なくカイトの腰にしがみついた。ついでに頬が寒かったので、頭をカイトの背中にくっつけて暖を取る。カイトの背中が若干固くなった気がしたけど、まあ気の所為だろう。
にしても、どうも進んでいる方向が家の方向ではないような。
「カイト、どこに向かってるの? 家こっちじゃないでしょ」
「着いてからのお楽しみ」
カイトにしては、随分とお茶目なことを言う。
なんだろう? そう思ったけど、まあお楽しみというのであれば着くまで待っていよう。
カイトが寒空の中自転車をかっ飛ばしていくのを、私は後ろで寒さを堪えながらただ見守った。
だけど、くっついている腕と頭と、ピンク色のマフラーが巻かれた首は暖かかった。
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