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11 鯖カツ
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クリスマスイブ。わざわざシフトに入ったのに、店はガラガラ。
「あすみちゃん、カフェモカ入れようかー」
気弱マスターが、あまりにも暇なのだろう、私に声をかけてきた。だけど、なかなかいい提案ではある。
「いいんですか? じゃあお願いします」
「へへ、じゃあクリスマス仕様にしちゃおう」
マスターはいそいそと作り始めた。
窓の外を、ぼんやりと眺める。商店街のけばけばしいクリスマスの飾り付けは、イルミネーションと呼ぶにはおこがましい。
この辺りには綺麗なイルミネーションが見られる場所もないので、今年はイルミネーションも見ないで終わりそうだった。
昨年までは母と表参道ヒルズのイルミネーションを見に行ったりしていたけど、その母もようやく再婚。今頃海風に晒されて凍えている筈だ。
カランカラン、と入り口のドアが音を立てて開いた。入り口を振り返ると、見覚えのある人が入ってくる。
「いらっしゃいま……あれ?」
「こんばんは」
ハアハアと息を切らして立っていたのは、シンだった。ふうー、と息を吐きながら、膝に手を当てて息を整える。アイドルのPVのワンシーンみたいな立ち振舞いだ。
「……水、いる?」
逆さに重ねておいたグラスを表に返し水を注ぐと、まだハアハア言っているシンの元へ持っていく。
「あ、ありがと……」
シンは笑顔でグラスを受け取ると、くいっと一気に飲み干した。ごく、ごく、と喉仏が動く姿を、ただ眺める。
一体どうしたんだろう。何でシンがここにいるのか分からなくて、さすがに戸惑いを隠せなかった。
「あー美味しい。ありがとうあすみちゃん」
「どういたしまして」
シンから空のグラスを受け取ると、マスターに渡す。マスターの目が、ニヤニヤしている。
マスターを軽く睨み付けると、マスターは即座に視線を逸らした。こうなることは分かっているだろうに、この人も懲りない大人だ。
「で、どうしたの? クリスマスパーティーやってるんじゃなかったの?」
「うん、だから家に行ったらあすみちゃんいなくてびっくりしちゃった」
そう、確かにシンには伝えていなかった。まあ家にいたところで、私は参加などしないで部屋に引きこもっていただろうけど。
「元々参加予定はなかったし」
シンが、珍しく顔を顰めた。
「だって料理するって聞いたらいるもんだと思うでしょ? 普通。なのに料理だけ作ってバイトに行ったってカイトが言うもんだから、忘れ物したって言って出てきちゃった」
「はあ」
少し汗が滲んだ顔をにこにこさせて、シンがコートのポケットをがさごそと探り始める。すると取り出したのは、小さなクリスマス仕様の紙袋。それを私に「はい」と差し出してきた。
「メリークリスマス。これ、クリスマスプレゼント」
「え? 私に? 何で?」
まだ会話をする様になってたかが数日の相手にクリスマスプレゼントを用意するなんて、なんて気前のいい男なんだろう。
「何でって、そんなの下心があるからに決まってるでしょ」
にこにこにこにこしながら、シンがとんでもないことを言い放つ。思わず焦って、どもった。
「しっ下心っっ」
「うん、あすみちゃんのお弁当食べたいなって」
ああ、そっちか。勘違いした。
シンはにこやかに話し続ける。
「鯖カツすごく美味しそうだったけど、カイトの奴分けてくれなくてさ」
「あはは、今日鯖カツも作っておけばよかったかな」
カイトが人に食べ物を与えるなんてあり得ないので、笑うしかない。そんなに鯖カツって人気あるのかな、と思っていると。
シンが、真顔になった。
「今度、俺にだけ作ってよ」
「え? いや、あはは」
いやちょっと待とうか。さすが上位カースト、遠慮というものが微塵も感じられない。私は話を逸らすことにした。
「……あの、これ、開けてもいい?」
私は貰える物は有り難く頂戴する主義だ。
幸いシンは鯖カツについてはそれ以上食い下がらず、笑顔に戻って頷いた。よかったよかった。
「うん。合うといいんだけど」
「合う?」
袋を開けて見ると、中には小さなハンドクリーム。これは。
「これ、欲しかったやつだ!」
低刺激、パラベンフリー、無香料、且つ保湿性が高く、あかぎれにも染みないという代物。すぐに荒れてしまう私の手にも合いそうだと思っていたけど、如何せん小さい癖に高いので、次の給料で買おうかと狙っていたものだった。
シンが、ホッとした様な笑みを浮かべる。
「本当? よかった。手、痛そうだったから。そういうのよく分からなかったから、お店の人に色々聞いて教えてもらっちゃった」
鯖カツの為に、そんなことまで。私は素直に感謝した。
「これは嬉しい! ありがとうシンくん」
鯖カツよりも格段に高くつく物品だ。若干申し訳ない気もしたけど、これは純粋に欲しかった。
シンが、前屈みになって顔を近付ける。
「それでさ、あすみちゃん。連絡先交換してくれないかな」
キラキラがぐいぐい来た。でもまあこんないいモノを気前よくくれる人だ。きっと悪い人ではないだろう。それにそもそもカイトの親友だし。
私は頷いた。制服のポケットからスマホを取り出し、アプリを立ち上げる。QRコードを読み込み、登録完了。
ピロン、とメッセージが届く音がした。目の前にいるシンからだ。
『これからよろしく』
私はシンを見る。鯖カツのことだろう。ならばと、私は魚の絵を選んで送った。
ピロン、とシンのスマホが鳴り、次いでくすりと笑う。こういう笑い方もするらしい。
「ねえあすみちゃん。明日は……」
シンが話しかけてきたその時、カランカラン、と入り口のドアが鳴った。お客さんだ。
「いらっしゃいませ!」
私はシンに向かって軽く手を振る。
「戻らないとカイトが怒るよ」
「そうだね。戻るよ」
シンは小さく頷くと、小さく手を上げた。私がお客さんをテーブルに誘導し水を用意していると、カランカラン、とシンが出ていく音がする。
まさか本当に、これを渡す為だけに抜け出してきたのか。鯖カツの為に。
やるな鯖カツ。私はそう心の中で思うと、笑顔を作って注文を取りに向かった。
「あすみちゃん、カフェモカ入れようかー」
気弱マスターが、あまりにも暇なのだろう、私に声をかけてきた。だけど、なかなかいい提案ではある。
「いいんですか? じゃあお願いします」
「へへ、じゃあクリスマス仕様にしちゃおう」
マスターはいそいそと作り始めた。
窓の外を、ぼんやりと眺める。商店街のけばけばしいクリスマスの飾り付けは、イルミネーションと呼ぶにはおこがましい。
この辺りには綺麗なイルミネーションが見られる場所もないので、今年はイルミネーションも見ないで終わりそうだった。
昨年までは母と表参道ヒルズのイルミネーションを見に行ったりしていたけど、その母もようやく再婚。今頃海風に晒されて凍えている筈だ。
カランカラン、と入り口のドアが音を立てて開いた。入り口を振り返ると、見覚えのある人が入ってくる。
「いらっしゃいま……あれ?」
「こんばんは」
ハアハアと息を切らして立っていたのは、シンだった。ふうー、と息を吐きながら、膝に手を当てて息を整える。アイドルのPVのワンシーンみたいな立ち振舞いだ。
「……水、いる?」
逆さに重ねておいたグラスを表に返し水を注ぐと、まだハアハア言っているシンの元へ持っていく。
「あ、ありがと……」
シンは笑顔でグラスを受け取ると、くいっと一気に飲み干した。ごく、ごく、と喉仏が動く姿を、ただ眺める。
一体どうしたんだろう。何でシンがここにいるのか分からなくて、さすがに戸惑いを隠せなかった。
「あー美味しい。ありがとうあすみちゃん」
「どういたしまして」
シンから空のグラスを受け取ると、マスターに渡す。マスターの目が、ニヤニヤしている。
マスターを軽く睨み付けると、マスターは即座に視線を逸らした。こうなることは分かっているだろうに、この人も懲りない大人だ。
「で、どうしたの? クリスマスパーティーやってるんじゃなかったの?」
「うん、だから家に行ったらあすみちゃんいなくてびっくりしちゃった」
そう、確かにシンには伝えていなかった。まあ家にいたところで、私は参加などしないで部屋に引きこもっていただろうけど。
「元々参加予定はなかったし」
シンが、珍しく顔を顰めた。
「だって料理するって聞いたらいるもんだと思うでしょ? 普通。なのに料理だけ作ってバイトに行ったってカイトが言うもんだから、忘れ物したって言って出てきちゃった」
「はあ」
少し汗が滲んだ顔をにこにこさせて、シンがコートのポケットをがさごそと探り始める。すると取り出したのは、小さなクリスマス仕様の紙袋。それを私に「はい」と差し出してきた。
「メリークリスマス。これ、クリスマスプレゼント」
「え? 私に? 何で?」
まだ会話をする様になってたかが数日の相手にクリスマスプレゼントを用意するなんて、なんて気前のいい男なんだろう。
「何でって、そんなの下心があるからに決まってるでしょ」
にこにこにこにこしながら、シンがとんでもないことを言い放つ。思わず焦って、どもった。
「しっ下心っっ」
「うん、あすみちゃんのお弁当食べたいなって」
ああ、そっちか。勘違いした。
シンはにこやかに話し続ける。
「鯖カツすごく美味しそうだったけど、カイトの奴分けてくれなくてさ」
「あはは、今日鯖カツも作っておけばよかったかな」
カイトが人に食べ物を与えるなんてあり得ないので、笑うしかない。そんなに鯖カツって人気あるのかな、と思っていると。
シンが、真顔になった。
「今度、俺にだけ作ってよ」
「え? いや、あはは」
いやちょっと待とうか。さすが上位カースト、遠慮というものが微塵も感じられない。私は話を逸らすことにした。
「……あの、これ、開けてもいい?」
私は貰える物は有り難く頂戴する主義だ。
幸いシンは鯖カツについてはそれ以上食い下がらず、笑顔に戻って頷いた。よかったよかった。
「うん。合うといいんだけど」
「合う?」
袋を開けて見ると、中には小さなハンドクリーム。これは。
「これ、欲しかったやつだ!」
低刺激、パラベンフリー、無香料、且つ保湿性が高く、あかぎれにも染みないという代物。すぐに荒れてしまう私の手にも合いそうだと思っていたけど、如何せん小さい癖に高いので、次の給料で買おうかと狙っていたものだった。
シンが、ホッとした様な笑みを浮かべる。
「本当? よかった。手、痛そうだったから。そういうのよく分からなかったから、お店の人に色々聞いて教えてもらっちゃった」
鯖カツの為に、そんなことまで。私は素直に感謝した。
「これは嬉しい! ありがとうシンくん」
鯖カツよりも格段に高くつく物品だ。若干申し訳ない気もしたけど、これは純粋に欲しかった。
シンが、前屈みになって顔を近付ける。
「それでさ、あすみちゃん。連絡先交換してくれないかな」
キラキラがぐいぐい来た。でもまあこんないいモノを気前よくくれる人だ。きっと悪い人ではないだろう。それにそもそもカイトの親友だし。
私は頷いた。制服のポケットからスマホを取り出し、アプリを立ち上げる。QRコードを読み込み、登録完了。
ピロン、とメッセージが届く音がした。目の前にいるシンからだ。
『これからよろしく』
私はシンを見る。鯖カツのことだろう。ならばと、私は魚の絵を選んで送った。
ピロン、とシンのスマホが鳴り、次いでくすりと笑う。こういう笑い方もするらしい。
「ねえあすみちゃん。明日は……」
シンが話しかけてきたその時、カランカラン、と入り口のドアが鳴った。お客さんだ。
「いらっしゃいませ!」
私はシンに向かって軽く手を振る。
「戻らないとカイトが怒るよ」
「そうだね。戻るよ」
シンは小さく頷くと、小さく手を上げた。私がお客さんをテーブルに誘導し水を用意していると、カランカラン、とシンが出ていく音がする。
まさか本当に、これを渡す為だけに抜け出してきたのか。鯖カツの為に。
やるな鯖カツ。私はそう心の中で思うと、笑顔を作って注文を取りに向かった。
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