クリスマスイブは勿論バイトですが文句ないよねだってこれはあんたのせいだ(改)

ミドリ

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9 イブ当日

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 カイトは「すぐ行く」の言葉通り、あっという間に来た。息を切らせ、額に汗を浮かばせて。

 マスターの微妙な生ぬるい顔。このおじさんもちょいちょいむかつくが、まあ悪い人じゃない。兄妹だと分かっていてこの表情だ、何か勝手に脳内で想像しているんだろう。

「帰るぞ」

 上がった息を抑えつつ、カイトが言った。

「マスター、じゃあまた明日」
「うん、あすみちゃんお休みー」

 マスターに見送られて、カイトと共に店の外に出る。外の空気は、肌が切れそうなほど冷たかった。

 カイトが、横目で私を見る。涼しげな目元だから、こんな日は若干寒そうだ。

「明日は何時までだ?」
「今日と同じ。九時まで」
「分かった、必ず迎えに行くから絶対先に帰るなよ。謝礼もその時渡すから」

 謝礼。いい響きだ。

 そしてその為ならば、私は言いつけは守る。

 さっきまでは迎えに来てもらうのを断ろうと思っていたけど、あんなに怒るくらいなら好意に甘えた方がまだマシだった。

「了解です!」

 ふざけながら笑って返事をした。その後に、寒さにぶるっと震えると、「ふえっくしゅっ」とクシャミが出た。気温差だ。

 カイトは無言で自分の首に巻いていた白いマフラーを外すと、急に立ち止まり私の首に巻き始める。わ、わわ。

 マフラーは、カイトの体温を吸収してホカホカだった。

「カイトが風邪引くよ」

 汗をかいた後に急に冷やすと、風邪を引くんじゃないか。私がそう言うと、カイトは笑みのひとつも浮かべずに言った。

「帰ったらあれ作ってくれよ。ジンジャーレモン。前に作ってくれたやつ」

 ホットレモンに生姜と蜂蜜を足したやつだ。前に寒い夜に作って飲んでいたら、カイトも興味を示してひと口飲んだ後気に入ったので、作ってあげたことがあった。

「分かった」
「だからそれは巻いとけ」
「……うん」

 小さく返事をすると、前を行くカイトの背中を見つめた。

 カイトはあまり笑わない。いつも怒った様な仏頂面をしている。

 だけど、それでも優しさは伝わってくるものだ。

 不器用なんだよね。そう思いつき、私はカイトのマフラーの中に埋もれる口を小さく笑わせた。

 マフラーの中は、カイトの匂いがした。





 クリスマスイブ当日。

 街は浮き足立ち、学校もまた浮き足立っている。

 だけど、私の頭の中は今日任された作業手順の再確認で一杯だった。

 学校終了後、ある程度今朝の段階で仕込みの終わっている食材をどの順番でどう調理し並べ、バイトが始まる時間までにいかに手早く終わらせられるか。

 出勤が少し遅れるかもしれないとマスターには予め伝えてはあるけど、雇われる側としてはなるべく時間はきっちりと守りたい。

 指を折りつつ考えながらトイレからの帰り道である廊下を歩いていると、壁にキラキラが寄りかかっていた。

「あすみちゃん」

 にこにこにこにこ。今日もシンの愛想は底抜けにいい。

「あ、どうも」

 私は軽く会釈をした。どうも私がこいつと絡むとカイトの機嫌が悪くなるのが分かってきたので、なるべく関わり合いになりたくない。

 そんな私の気持ちを知ってから知らずか、シンは私の傍に遠慮なく寄ってきた。

「今日お邪魔するから宜しくね。あまり騒がない様にはするから」

 シンは首を傾げて微笑んだ。

「うん、最後に片付けをしてくれれば大丈夫だよ」

 帰ってから手荒れがする皿洗いもするとなると、さすがにそれは勘弁してほしい。多分その辺りは、カイトがやるとは思うけど。

 今回頼まれた私の任務は、料理だけだ。

「うん、ちゃんとするから」
「じゃあ宜しくね」

 周りの視線が痛かったので、私は早々に会話を切り上げて教室へと戻っていった。

 背中にシンの視線を感じる。

 教室に戻ると、由美が興味深々で尋ねてきた。

「あすみ、いつの間にたむしんと仲良くなったのよ」

 周りも聞き耳を立てているのが分かった。ここは事実を述べて、これ以上の面倒は避けるべきだろう。

「カイトたちのグループが今日うちでクリスマスパーティーするから、私は調理担当。報酬あり。調理終わったら私はバイト。だからあまり家を汚すなって言っておいただけ」

 由美は、それで大体私の置かれている状況を把握したらしい。私の肩をポンと叩くと、同情的な笑みを浮かべた。

「……家政婦、お疲れ」
「謝礼に釣られた」
「あすみらしいや」

 ふふ、と由美が笑った。こいつはミーハーだけど、気のいい奴だ。それに頭の回転もいい。私の貴重な、大切な友人だった。

「そう、だから学校が終わり次第、急いで帰らないと」
「あんまり無理せずにね」
「ん、分かったありがと」

 チャイムが鳴り始めた。

 私は急いで席に着くと、即座に立てる様、持ち物を整理し始めた。



 チキン、オッケー。マリネ、オッケー。

 ベイクドポテトは本当は焼きたてが美味しいけど、こればかりは仕方ないので温め直せる様にだけしておき、横にバターと細かく刻んだ玉子サラダをセットしておいた。

 時間は五時半。バイトは六時から。もうそろそろ出ないと拙い。

 エプロンをくるくる畳むと、お皿とコップを並べているカイトに声をかけた。

「じゃあいってくるから、冷めちゃったら少しずつ温め直して」
「分かった。ありがとう」

 珍しく素直に礼を言われたことに対し驚いた顔をすると、カイトがむっとした表情になった。

「何だよその顔は」
「いや、別に。ただ珍しく素直だなと」
「お前俺のことどう思ってんだよ」

 ぶちぶちと言い始めたので、私は急いで支度を済ませることにした。

 そして、ひとつ伝え忘れたことに気付く。

「カイト、あんたへのクリスマスプレゼントが冷蔵庫に入ってるから食べていいよ」
「冷蔵庫?」

 カイトが不思議そうな顔で冷蔵庫を覗いた。まあ、クリスマスプレゼントが冷蔵庫にあるなんて普通は思わないだろう。

「あ、これ?」

 一応きちんとラッピングまでした、ナッツ入りブラウニーだ。何もないのもなと思って、調理の合間に作っておいた。

「そ。温めても美味しいから、お好みでどうぞ。じゃあ片付けはちゃんとやっておいてね」

 それだけ言うと、バタバタと玄関へ向かう。

「あすみ!」

 カイトが顔を覗かせた。

「ありがとう!」
「んー」

 私は軽く手を上げて応える。

 カイトの声が心なしか高揚している様に聞こえたのは、私の気の所為に違いなかった。
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