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7 お弁当のお届け
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朝、カイトは私より一足早く家を出た。委員会の会議が朝あるとかなんとかボソボソと言っていた。
昨日のカイトは、不機嫌マックスだった。これ以上機嫌の悪い雰囲気はうんざりだったので、これは助かった。
元気に「いってらっしゃい!」と明るく送り出してあげた時のカイトの微妙な表情。ざまあみろだ。
私は人の機嫌に右往左往されるほどやわな人間じゃない。そういうことは、気を使ってくれる別の優しい人間の前でやればいい。
母と義父も、バタバタと私が用意したお弁当を手に取り家を出る。
「さて」
私もそろそろ行こう。
そう思って自分のお弁当を取りにキッチンに行くと、もうひとつお弁当が残されていた。カイトのだ。
「はあー……」
思わず深い溜息が出た。
あの機嫌の悪い奴にまた会わないといけないのか。
しかも学校で弁当を渡すなんて、他の女子が嫉妬ギャーな少女漫画のシチュエーションそのまんまじゃないか。
「面倒くさい……」
誰もいないキッチンに、私の本音が響き渡る。
だけど、食事を粗末にすることは私の信条に反する。米の一粒一粒にはそれぞれ七人の神様が宿っているのだ。祖母が教えてくれたその教えは、当時の私の琴線に確かに触れたから。
――神様を粗末にする訳にはいかない。
私は二人分の弁当をトートバッグに入れると、重い足取りで学校に向かった。
◇
学校に到着すると、まずは自分の鞄と弁当を自分の机の上に置いた。次いでトートバッグに入れた状態のカイトの弁当箱を持ち、隣のクラスへ向かう。
気分は戦いに赴く武士だ。
――委員会は終わったかな。
そっと教室の中を伺ったけど、ぱっと見た感じ、カイトはいなかった。長引いているのかもしれない。ここで待つか、どうしよう。
クラスの中に入って机の上に置いていくほどの度胸は、モブの私にはなかった。女子の目が怖すぎる。
どうしよう、早く戻ってこないかな。そう思ってキョロキョロとしていると、後ろから柔らかい声が降ってきた。
「あすみちゃん、どうしたの?」
「あ」
カイトの不機嫌の元凶、シンが丁度登校してきたところだった。だけど、シンは同じクラスだ。机の上に置いてくるくらいは、きっとやってくれる筈。
「あの、カイトがお弁当を家に忘れちゃって、悪いんだけど机の上に置いてもらってもいい?」
「お安い御用ですよ」
シンがふざけた様に言うと、私が持っていたトートバッグごと受け取った。
肩の荷が一気に下りた気がして、自然と小さな笑みが溢れる。
「助かる。流石に他のクラスには入れなくて」
「まあそうだよね。――これ、中身なに? 美味しそうな匂いする」
シンが弁当に鼻を近付けると、クンクンと嗅いだ。無邪気な仕草に、今度は普通の大きさの笑顔が出る。
「今日は普通。昨日揚げた唐揚げの残りに、オクラのおかか醤油でしょ、鯖をソースカツ煮にしたのと卵焼きと」
「鯖のソースカツ煮ってすごい美味しそうだね」
今日もキラキラはにこにこしている。朝からこれだけ輝ける人生とは、何と恵まれていることだろう。
まあ、私は目立つのは嫌いだから、今の自分でいいけど。
「俺も食べたいなあ」
シンが物欲しそうに弁当を見た。だけど、カイトの食欲は凄いものがある。もし間違ってシンが食べてしまったら、恐らく戦争が勃発するだろう。それは是非とも避けていただきたい案件だった。
「これはカイトのだから、ちゃんと渡してくれる?」
「はーい、分かりました」
「じゃあお願いね」
「うん」
シンがひらひらと手を振った。その目線が、何故か私の後ろにある。ん? おかしい。
疑問に感じながら後ろを振り向くと、仏頂面のカイトが立っていた。まだ機嫌が悪いらしい。怖い。
まあここは用事を済ませて無難に立ち去ろう。私はそう思うと、事務的に要件を伝えることにした。
「あ、委員会終わった? お弁当、家に忘れていったから今シンくんに預け……」
ぎろ、と無言で睨まれてしまい、黙り込む。カイトはシンが持っていたトートバッグを無言で奪うと、教室に消えていった。残された私とシンの目が合う。
シンの目は、実に楽しそうに笑っていた。
昨日のカイトは、不機嫌マックスだった。これ以上機嫌の悪い雰囲気はうんざりだったので、これは助かった。
元気に「いってらっしゃい!」と明るく送り出してあげた時のカイトの微妙な表情。ざまあみろだ。
私は人の機嫌に右往左往されるほどやわな人間じゃない。そういうことは、気を使ってくれる別の優しい人間の前でやればいい。
母と義父も、バタバタと私が用意したお弁当を手に取り家を出る。
「さて」
私もそろそろ行こう。
そう思って自分のお弁当を取りにキッチンに行くと、もうひとつお弁当が残されていた。カイトのだ。
「はあー……」
思わず深い溜息が出た。
あの機嫌の悪い奴にまた会わないといけないのか。
しかも学校で弁当を渡すなんて、他の女子が嫉妬ギャーな少女漫画のシチュエーションそのまんまじゃないか。
「面倒くさい……」
誰もいないキッチンに、私の本音が響き渡る。
だけど、食事を粗末にすることは私の信条に反する。米の一粒一粒にはそれぞれ七人の神様が宿っているのだ。祖母が教えてくれたその教えは、当時の私の琴線に確かに触れたから。
――神様を粗末にする訳にはいかない。
私は二人分の弁当をトートバッグに入れると、重い足取りで学校に向かった。
◇
学校に到着すると、まずは自分の鞄と弁当を自分の机の上に置いた。次いでトートバッグに入れた状態のカイトの弁当箱を持ち、隣のクラスへ向かう。
気分は戦いに赴く武士だ。
――委員会は終わったかな。
そっと教室の中を伺ったけど、ぱっと見た感じ、カイトはいなかった。長引いているのかもしれない。ここで待つか、どうしよう。
クラスの中に入って机の上に置いていくほどの度胸は、モブの私にはなかった。女子の目が怖すぎる。
どうしよう、早く戻ってこないかな。そう思ってキョロキョロとしていると、後ろから柔らかい声が降ってきた。
「あすみちゃん、どうしたの?」
「あ」
カイトの不機嫌の元凶、シンが丁度登校してきたところだった。だけど、シンは同じクラスだ。机の上に置いてくるくらいは、きっとやってくれる筈。
「あの、カイトがお弁当を家に忘れちゃって、悪いんだけど机の上に置いてもらってもいい?」
「お安い御用ですよ」
シンがふざけた様に言うと、私が持っていたトートバッグごと受け取った。
肩の荷が一気に下りた気がして、自然と小さな笑みが溢れる。
「助かる。流石に他のクラスには入れなくて」
「まあそうだよね。――これ、中身なに? 美味しそうな匂いする」
シンが弁当に鼻を近付けると、クンクンと嗅いだ。無邪気な仕草に、今度は普通の大きさの笑顔が出る。
「今日は普通。昨日揚げた唐揚げの残りに、オクラのおかか醤油でしょ、鯖をソースカツ煮にしたのと卵焼きと」
「鯖のソースカツ煮ってすごい美味しそうだね」
今日もキラキラはにこにこしている。朝からこれだけ輝ける人生とは、何と恵まれていることだろう。
まあ、私は目立つのは嫌いだから、今の自分でいいけど。
「俺も食べたいなあ」
シンが物欲しそうに弁当を見た。だけど、カイトの食欲は凄いものがある。もし間違ってシンが食べてしまったら、恐らく戦争が勃発するだろう。それは是非とも避けていただきたい案件だった。
「これはカイトのだから、ちゃんと渡してくれる?」
「はーい、分かりました」
「じゃあお願いね」
「うん」
シンがひらひらと手を振った。その目線が、何故か私の後ろにある。ん? おかしい。
疑問に感じながら後ろを振り向くと、仏頂面のカイトが立っていた。まだ機嫌が悪いらしい。怖い。
まあここは用事を済ませて無難に立ち去ろう。私はそう思うと、事務的に要件を伝えることにした。
「あ、委員会終わった? お弁当、家に忘れていったから今シンくんに預け……」
ぎろ、と無言で睨まれてしまい、黙り込む。カイトはシンが持っていたトートバッグを無言で奪うと、教室に消えていった。残された私とシンの目が合う。
シンの目は、実に楽しそうに笑っていた。
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