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2 カイト
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母と再婚した義父は、今年は結婚一年目だからという分かるような分からないような理由をつけて、ナイトクルージングなるものに行くんだそうだ。そのまま下船した港近くのホテルで一泊。何ともリッチな話だ。
私も誘われるのかなと思っていたけど、学校があるでしょ、と誘われなかった。まあ仕方ない。
だけどそうなると、必然的にカイトと二人きりとなってしまう。それは是非とも避けたい。
終始むすっとしている奴といても、気分は晴れることはない。気苦労が増えるだけだ。
私たちの家がある駅のホームに、電車が停まる。
ドアがプシュー、と音を立てて開くと、降りる前にホームから駆け込んできたおじさんにぶつかってよろけてしまった。おいおい、と心の中で舌打ちする。あ、閉まる。
私は咄嗟に足をドアに挟んだ。
「イタッ」
ぎゅううう、とドアがかなりの力で私の足を締め付けてくる。ちょっと、開いてってば。
駅のホームにいたカイトが呆れたような顔をして走ってくると、ドアに手をかけて力任せに開け始めた。
駅員も気付いたのか、ドアがプシューッと音を立てて開く。
「早くしろよ」
相変わらず愛想のあの字もない涼しげな顔をしたカイトが、私の手を掴んで引っ張った。
「うわ」
ホームに引っ張り出されてバランスを崩し、私の前に立つカイトに思い切りぶつかる。
ネイビーのダッフルコートに顔がぶつかって、擦れて痛かった。
「痛いなあ」
思わず頬を押さえる。後ろからは、電車のドアの閉まる音。相変わらず私の手首を強く掴んでいるカイトを見上げて、睨んだ。
「手、離してよ」
私を見下ろすカイトの目はスッとしたいい形をしているけど、如何せん温かみが感じられない。まあカイトもいきなりカースト中の下の隣のクラスの女が妹になってしまったので、色々と思うところはあるんだろう。
そうは思ったけど、それでもやっぱり腹は立つ。
「ちゃんと前を見てないからああなるんだ」
いちいち説教くさい。
「あれはあのおじさんが飛び込んできたからでしょ」
あれは避けられなかった。悪いのは、どう考えてもあのおじさんの方だ。
でも、カイトはぶつくさと続ける。
「お前が避ければよかったんだ」
何としてでも私を悪者にしたいらしい。本当、憎たらしい奴。
「悪かったわね、運動神経鈍くて。いいから手、離して」
イラッとした表情を作って手を引っ張る。
「……全く」
まだ文句を言い足りなさそうな顔をしていたけど、ようやく手を離した。手首が痛い。私は反対の手でさすった。なんて馬鹿力だ。
中学まではサッカーをしていたらしいけど、高校になってサッカー部に馴染めず辞めてしまったと聞いていた。
運動神経がいいので勿体ない話だけど、この無愛想さでは団体スポーツは確かに向いていないのかもしれない。そもそも偉そうだし。
カイトがホームを先に歩き出す。私は慌ててその後を追った。
「あ、今日お米買うから持って」
「お前の買い物は長いんだよ」
カイトがぶつぶつと文句を言う。本当、こいつは文句が多い。
「仕方ないでしょ、なるべく安くていい物を買うにはきちんと選ばないと」
私の言葉に、カイトは鼻で笑った。
「本当お前主婦だよな」
主婦で何が悪い。ムッとすると、反論を始める。
「お金は大事だよ。それにあんたが食べ過ぎなだけ」
「へいへい」
私たちは、エスカレーターに順に乗って降りて行った。
私の実の父親は、私がまだ一歳の時に交通事故に遭い、ある日突然亡くなった。
だから私には、父の記憶は一切残されていない。父の突然の死に、それまで育児休暇中だった母は働かざるを得なくなり、バリキャリに復活した。
職場復帰直後は、母の母である祖母が泊まり込みで面倒を見てくれていた。でもそんな祖母も、私が五歳の時に心臓発作で倒れてそのまま亡くなってしまった。
だから祖母の記憶は辛うじてあるけど、明るくて優しい人だったな、そんな印象しか残っていない。
その後、順調にキャリアを積んでいく母に金銭的な余裕が生まれ、祖母亡き後は家政婦を雇うようになった。
だけど、この家政婦というものは高い。
それまでお金で散々苦労した母は、私が小学校に上がったのをきっかけに家政婦を雇うのをやめ、代わりに私を思う存分使うことを選んだ。
つまり、私の主婦歴はこの年にしてはや十年。商店街のおじちゃんおばちゃんともすっかり仲良しになっていた。
なのに、突然の引っ越し。美味しいサービス品やおまけの一品という、主婦には非常に重要な人脈も失われてしまった。
しかも、食い扶持が急に二人も増えた。お金は義父も勿論生活費を出してくれているので問題ないのけど、とにかくこのカイトという男が食べる食べる。
高校生男子というものの恐ろしさについては噂では聞いていたけど、まさか一日に米五合を二回も炊くはめになるとは思ってもいなかった。
そして私は、米十キロを持ち歩きたくはない。
カイトも食事は食べたいんだろう。
何だかんだ文句を言いながらも、荷物持ちは毎回付き合ってくれていた。
私も誘われるのかなと思っていたけど、学校があるでしょ、と誘われなかった。まあ仕方ない。
だけどそうなると、必然的にカイトと二人きりとなってしまう。それは是非とも避けたい。
終始むすっとしている奴といても、気分は晴れることはない。気苦労が増えるだけだ。
私たちの家がある駅のホームに、電車が停まる。
ドアがプシュー、と音を立てて開くと、降りる前にホームから駆け込んできたおじさんにぶつかってよろけてしまった。おいおい、と心の中で舌打ちする。あ、閉まる。
私は咄嗟に足をドアに挟んだ。
「イタッ」
ぎゅううう、とドアがかなりの力で私の足を締め付けてくる。ちょっと、開いてってば。
駅のホームにいたカイトが呆れたような顔をして走ってくると、ドアに手をかけて力任せに開け始めた。
駅員も気付いたのか、ドアがプシューッと音を立てて開く。
「早くしろよ」
相変わらず愛想のあの字もない涼しげな顔をしたカイトが、私の手を掴んで引っ張った。
「うわ」
ホームに引っ張り出されてバランスを崩し、私の前に立つカイトに思い切りぶつかる。
ネイビーのダッフルコートに顔がぶつかって、擦れて痛かった。
「痛いなあ」
思わず頬を押さえる。後ろからは、電車のドアの閉まる音。相変わらず私の手首を強く掴んでいるカイトを見上げて、睨んだ。
「手、離してよ」
私を見下ろすカイトの目はスッとしたいい形をしているけど、如何せん温かみが感じられない。まあカイトもいきなりカースト中の下の隣のクラスの女が妹になってしまったので、色々と思うところはあるんだろう。
そうは思ったけど、それでもやっぱり腹は立つ。
「ちゃんと前を見てないからああなるんだ」
いちいち説教くさい。
「あれはあのおじさんが飛び込んできたからでしょ」
あれは避けられなかった。悪いのは、どう考えてもあのおじさんの方だ。
でも、カイトはぶつくさと続ける。
「お前が避ければよかったんだ」
何としてでも私を悪者にしたいらしい。本当、憎たらしい奴。
「悪かったわね、運動神経鈍くて。いいから手、離して」
イラッとした表情を作って手を引っ張る。
「……全く」
まだ文句を言い足りなさそうな顔をしていたけど、ようやく手を離した。手首が痛い。私は反対の手でさすった。なんて馬鹿力だ。
中学まではサッカーをしていたらしいけど、高校になってサッカー部に馴染めず辞めてしまったと聞いていた。
運動神経がいいので勿体ない話だけど、この無愛想さでは団体スポーツは確かに向いていないのかもしれない。そもそも偉そうだし。
カイトがホームを先に歩き出す。私は慌ててその後を追った。
「あ、今日お米買うから持って」
「お前の買い物は長いんだよ」
カイトがぶつぶつと文句を言う。本当、こいつは文句が多い。
「仕方ないでしょ、なるべく安くていい物を買うにはきちんと選ばないと」
私の言葉に、カイトは鼻で笑った。
「本当お前主婦だよな」
主婦で何が悪い。ムッとすると、反論を始める。
「お金は大事だよ。それにあんたが食べ過ぎなだけ」
「へいへい」
私たちは、エスカレーターに順に乗って降りて行った。
私の実の父親は、私がまだ一歳の時に交通事故に遭い、ある日突然亡くなった。
だから私には、父の記憶は一切残されていない。父の突然の死に、それまで育児休暇中だった母は働かざるを得なくなり、バリキャリに復活した。
職場復帰直後は、母の母である祖母が泊まり込みで面倒を見てくれていた。でもそんな祖母も、私が五歳の時に心臓発作で倒れてそのまま亡くなってしまった。
だから祖母の記憶は辛うじてあるけど、明るくて優しい人だったな、そんな印象しか残っていない。
その後、順調にキャリアを積んでいく母に金銭的な余裕が生まれ、祖母亡き後は家政婦を雇うようになった。
だけど、この家政婦というものは高い。
それまでお金で散々苦労した母は、私が小学校に上がったのをきっかけに家政婦を雇うのをやめ、代わりに私を思う存分使うことを選んだ。
つまり、私の主婦歴はこの年にしてはや十年。商店街のおじちゃんおばちゃんともすっかり仲良しになっていた。
なのに、突然の引っ越し。美味しいサービス品やおまけの一品という、主婦には非常に重要な人脈も失われてしまった。
しかも、食い扶持が急に二人も増えた。お金は義父も勿論生活費を出してくれているので問題ないのけど、とにかくこのカイトという男が食べる食べる。
高校生男子というものの恐ろしさについては噂では聞いていたけど、まさか一日に米五合を二回も炊くはめになるとは思ってもいなかった。
そして私は、米十キロを持ち歩きたくはない。
カイトも食事は食べたいんだろう。
何だかんだ文句を言いながらも、荷物持ちは毎回付き合ってくれていた。
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