其の匂い、芳しく【完結】

ミドリ

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13 ずっと隣に

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 連日の着付けの特訓のお陰で大分スムーズに浴衣を着ることが出来た私は、ただ一つに結んだ髪はどうなのかと悩んだ末、山口さんに女はうなじだと言って渡されたシャラリと金色の飾りが揺れる簪を、思い切ってつけてみることにした。

 化粧ポーチに入れてきた櫛を使ってまとめ上げ、簪を髪に巻き込みながら捻って刺す。手鏡で確認しながらほつれ毛を出すと、和風な私が出来上がった。

 寅之助は、この姿を見たら褒めてくれるのだろうか。先程みたいに、綺麗だと言ってくれるだろうか。

 好いた男に褒められたいという感情など、そういえばもう何年も忘れていたことに気付く。

 私はあの男達のことは本心から好きだったのだろうか、と今更ながらに疑問が湧き起こった。こんなに毎日ドキドキしただろうか。抱き締められて、あんなにも心から安心しただろうか。

 そのどれもがなかった気がした。

 もしかしたら、それを感じ取っていたからこそ、男達は私の上に立とうと必死になったのかもしれない。自分をちゃんと見てくれと。ここにいるのだと。

「寅之助さん、終わりました」

 着ていた洋服を紙袋にまとめて手に持ち戻ると、立ったままの寅之助が振り返った。私を見て金眼を見開き、固まる。

「さ、咲さん……!」
「へ、変ですか?」
「いえ!」

 寅之助が慌てた風に駆け寄って来た。

「想像以上に綺麗で、言葉を失ってました……!」
「ふふ、ありがとうございます」

 その言い方には一切お世辞は含まれていない様に聞こえ、私は素直にありがとうを口にした。心が込められた言葉は、ちゃんと相手に伝わるのだな。そう思った。

 荷物を置き、改めて寅之助を見上げる。寅之助は相変わらず私をじっと、慈しむ様な目付きで見つめ続けていた。

「そういえば寅之助さん、今日は眼鏡はなしで行かれるんですか?」

 寅之助は、私の前でしか見せない裸眼のままだ。色々言われるのが嫌だと隠していたから、外に出る時は眼鏡を掛けると思っていたのだが。

 すると、寅之助が照れ臭そうに笑った。

「だって、咲さんの綺麗な姿を眼鏡越しでしか見ないなんて勿体ないじゃないですか」

 寅之助は、歯の浮く様な台詞を真正面から私に向かって言った。先程からかなり早い心拍数だった私の心臓が、更にスピードを上げる。そろそろ危険な状態に入る気がした。口から心臓が今にも勢いよく飛び出しそうである。

「――それに、咲さんが僕の目をいつも褒めてくれたから、自信が付いたんです。だから、もう隠さなくても大丈夫です」
「寅之助さん……」

 私の言葉が、虎之助の中の何かを動かしたのか。こんなちっぽけで卑怯な自分が、この人のことを。

「心のこもった言葉ってちゃんと伝わるんだと、貴女に教えてもらいました」

 私が先程寅之助に思ったのと同じことを言葉にして、寅之助が私の手を握る。

「だから、僕も咲さんに言い続けます。信じてもらえるまで、ずっと」
「寅……」
「僕は僕のまま、ずっと貴女の隣にいます」
「え」

 寅之助の顔が近付いてきたかと思うと、私のおでこに柔らかい物が触れた。それと同時に、甘くて私の理性を全て奪い去ってしまいそうな香りが鼻腔をくすぐる。

「さ、いきましょうか」
「は、はい……」

 身体中が心臓になった様な激しい脈動に、ただそれしか返すことが出来なかった。
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