記憶喪失から始まる、勘違いLove story

たっこ

文字の大きさ
上 下
38 / 42

38 怒れよ

しおりを挟む
「あの……違うんです……」
「何がだよ」
 
 苛立ちを隠せず声を荒らげ、また強気の俺が顔を出す。
 終わりにしようと思った矢先にこれだ。それも、そう振る舞うだけじゃなく、本気で苛立つのは久しぶりだった。
 月森が両手で顔を覆い、深く息をついた。
 
「俺いま……自己嫌悪でいっぱいで……」
「自己嫌悪?」
「ほんと……自分が嫌で……。こんなの……先輩に知られたくない……」
「は?」
 
 やっと話す気になったのかと思えば、知られたくないとか抜かしやがる。
 俺の言葉が全然伝わってねぇんだな。

「俺は重いっつっただろっ?」

 つい声が大きくなった。

「……っ、せ、先輩ここ会社……っ」
 
 慌てて顔を上げ、廊下を振り返ろうとする月森のネクタイをつかんで引き寄せる。
 
「せ、せんぱ……っ」 

 さらに慌てる月森の耳元に、はっきりと伝える。

「俺はお前に捨てられてもしつこく追いかけるくらい重いんだよ。なに聞かされたって、ただ好きがあふれるだけだ」
「……っ」

 月森の顔がみるまに赤くなり、血色がよくなった。

「お前より俺のが絶対重くてうぜぇんだ。わかったか?」

 よれたネクタイを直しながら言うと、月森はコクコクと可愛く頷く。

「ああでも、一つだけ例外がある」
「れ、例外?」

 これだけは百年の恋も一瞬で冷める自信がある。

「犯罪だけは無理」

 さすがにそこまで盲目にはなれない。

「な……ないですないです! 絶対ないですよ!」
「ま、だろうな。月森だもんな」

 犯罪から一番遠いところにいる男だよな。
 傍から見れば、俺のほうが犯罪臭が漂っているだろう。

「で? 俺に知られたくないほどの何があったんだよ」
「……っ」

 また顔をゆがめてうつむこうとする月森を、俺は下から覗き込んだ。

「さっきのでわかっただろ? いいから安心して話せって」

 これだけ言ってもまだ月森は迷う。
 大丈夫だって言ってんのに。
 月森の唇が言いづらそうにぎゅっと結ばれているのを見て、無性にキスがしたくなった。
 ……くそ。会社でもどこでも唇うばってやるぞ、このやろう。

「あの……」

 しばらく待って、やっと月森が口を開いた。

「うん」
「話す前に……謝ってもいいですか……?」
「なんだよ、俺に謝るようなことなのか?」
「そ……ですね」
「ふん。会社だししゃーねーな。じゃ、カウント一回な」
「カウント……」

 どうしてカウントをとるのかと不思議そうに俺を見るから、意地悪な笑みを返した。

「家に帰ったらしてもらうからな。『ごめん』の代わり」
「……ぇっ」

 また頬に紅がさし血色がよくなる月森に吹き出しそうになった。
 ごめんの代わりがなくても絶対キスするだろ。今朝もしつこいくらいした男とは到底思えない。
「ごめん」が本当は心臓に悪くないなんて、今はまだ教えてやらない。
 俺は月森と四六時中キスしていたい。
 何年も自分を押さえ込んでいた反動なのか、俺は今、とにかく恋に溺れて完全に浮かれている。そんな自分が好きだと思える。
 こんな気持ちになれるなんて、本当に記憶喪失に感謝だ。

「で? 何があった?」
「……ごめんなさい、先輩」
「うん。で?」

 先をうながすと、月森は深いため息とともに消え入りそうな声を出した。

「……俺限定じゃ……なかったんだなって……思っちゃったんです……」
「……あ?」
 
 俺限定?
 なんのことだ?
 
「本当にごめんなさい……先輩……。俺ごときが生意気に……」
 
 そう言って、また両手で顔を覆う。
 俺ごときってなんだよ。
 月森は、ここが職場だということを気にしながら、声を落として先を続けた。

「先輩が……職場でも穏やかでいられるようになったんだなって……今朝は嬉しかったんです。本当に……嬉しかったのに……」
 
 そこまで聞いてピンと来た。
 俺限定って、もしかしてさっきチームリーダーが言ったあれか?
 そうか。月森が「俺限定……」とつぶやいて喜んでいたあれだ。
 
「でも……笑顔だけは……俺限定なのかなって……すごい勘違いを……」

 手で顔を覆っているのにまだ隠そうとするかのように、月森がぐっと顔をうつむける。

「……林さんに……笑いかけてる先輩を見て……勝手に落ち込んじゃったんです……ごめんなさい」
 
 最後のほうは声がしりすぼみで、月森の言葉は小さく消えていった。
 本当にこいつは俺をわかってねぇな。
 俺に知られたくないだの、ごめんなさいだの、俺ごときだの、ほんと何もわかってねぇ。

「月森」
「……は、い」
「顔上げろ」
「……っ」

 月森がそろそろと手を下ろし、ゆっくりと顔を上げて俺を見た。
 その目をじっと見つめ返すと、月森は目を瞬いてポカンとする。
 それはそうだろう。俺の顔は今、緩みっぱなしで締まりがない。あんな可愛い話を聞かされたら仕方ないだろ?
 月森が謝る意味が全くわからない。

「ちょっと来い」
「え……ど、どこに……」

 俺は月森に背を向けて歩きながら右手を軽く持ち上げ、指先だけを動かして、ちょいっと手招きをした。
 昼休憩はあと五分。
 俺は使われる予定のない会議室に月森を引っ張り込んだ。
 
「んで? ほんとのこと言ってみろ月森」

 会議室の隅の壁に月森を押し付け、最大限に顔を近づける。
 たじたじになる月森を見て、俺は楽しんだ。

「え……っと、ほんとのこと……って?」
「さっき、落ち込んだっつただろ?」
「はい……」
「ほんとに落ち込んだだけか?」
「え……?」
「ほんとは『なんで俺限定じゃねぇんだよ、クソが』って思ったろ?」
「えっ、お、思ってませんっ、そんな事っ」
「嘘だな。思ったろ。ちょっとはイラッとしたろ? 怒ったろ?」
「ほ、ほんとに思ってませんっ。怒ってませんっ。俺ごときがそんな……っ」

 ほんとわかってねぇ。

「怒れよ」
「え……?」
「それ嫉妬だろ? 嫉妬ってそんな静かなもんじゃねぇだろ。もっとここんとこ、ぐちゃぐちゃじゃねぇ?」

 と、月森の胸を叩くと、月森が顔をゆがめて目を伏せた。

「……ぐちゃぐちゃ……ですよ」
「怒ってるだろ?」
「……落ち込んでます」
「だから、そんな優しいのはいらねぇから怒れよ。俺はもうお前のものなんだからさ。俺以外に笑顔見せんな! くらい言えって」

 俺よりも重いお前を見せてくれ。

「もし……俺が怒ったら……?」
「そんなの、最高じゃん」
「……最高?」
「最高だ」

 俺はお前に束縛されたいんだ。
 月森が、ホッとしたように表情を緩め、俺の頬に触れた。

「……先輩」
「うん」
「……俺以外の人に……あんまり笑わないでください……。先輩の笑顔は、俺のご褒美なんです……」

 なんだよ、怒れっつったのに。……っとに優しいな。
 でもそれが月森らしくて、また顔が緩む。ご褒美ってなんだよ。そんなご褒美、いくらでもくれてやる。
 月森は本当に俺よりも重いかもしれない。そう感じるたびに幸福感で満たされ、愛おしさが倍増する。
 俺は月森に、完全に溺れてる。

「もう、お前以外には笑わねぇ」
「あの……でも、ほどほどでいいので……」
「なんでだよ。お前限定にしてやるっつってんだ。喜べよ」
「それは……もちろん、嬉しいです」
「だろ?」
「……はい」

 また血色のよくなった月森に、俺は自然と微笑んだ。

「あ……もうすぐ時間ですね」

 そう言って会議室を出ようとする月森を再び壁に拘束し、ネクタイを引っ張り唇を奪ってやった。
 一瞬固まった月森も、すぐに目尻を下げて舌を絡めてくる。
 午後の始業の鐘が鳴るまで、俺たちは笑いながらキスをし続けた。
 
 
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

処理中です...