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33 先輩は百人力▶月森side
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「おはようございます」
週明けに、先輩がプロジェクトに戻った。
声のトーンが少し低く笑顔が消えた先輩を見て、皆が一斉に笑顔になる。
「中村?!」
「中村さん?!」
「もしかして?!」
歩き方から動作まで、先週までとはどこか違う懐かしい先輩を皆が期待の目で見つめた。
「あー……その、中村、戻りました。迷惑かけてすみません」
先輩が頭を下げた。ペコっと。ちょっとだけ。
それでも皆にはきっと伝わった。先輩の最大級の謝罪だと。
「記憶戻ったんで、今日から死ぬ気でやります」
先輩の言葉に皆が口々に歓声を上げ、勢いよく立ち上がる後輩もいた。
先輩はいつもの口癖『言い訳よりも手を動かせ』を実践するかのように、すぐにPCを立ち上げ進捗を確認する。
「……マジか」
そして案の定、眉を寄せた。
俺も、皆も、先輩の次の言葉に緊張が走る。
先輩が抜けただけで、申し訳ないほど進捗状況が悪い。毎日遅くまで残業すれば納期には間に合うだろうけれど、先輩が抜けるまでは驚くほど順調だっただけに、先輩に知られるのが怖いレベルだった。
どんな厳しい言葉を向けられるかと緊張しながら、皆で息を詰めてその瞬間を待つ。
すると、先輩がスッと立ち上がって深々と頭を下げた。
「俺のせいで本当にすみません。マジで死ぬ気で頑張ります」
その瞬間、皆が静まり返った。先輩が頭を下げるなんて、誰も見たことがなかったからだ。
そもそも先輩はミスなんてしないし、謝るようなことがなかった。
「中村が……」
驚きが皆の顔に広がり、息を呑む音が聞こえる。
あまりの意外さに、皆が目を見開いて先輩を見つめていた。
記憶が戻った先輩は、気を張りつめた感じが取れて少し穏やかになった。時々素直になれず照れ隠しにぶっきらぼうな物言いになったりもして、この週末は先輩のギャップに俺は始終やられた。
職場でも肩の力を抜けるようになったんだ。
先輩の変化に嬉しさが込み上げた。
「俺も死ぬ気で頑張ります」
俺がそう宣言をして椅子に座ると、皆がハッとしたように動き出す。
「よし、頑張るかっ」
「中村が戻ってきたら百人力だな」
皆の言葉に、いつも大人しい後輩が声を上げた。
「すごいやる気出ました!」
鼻息まで荒い後輩に「やる気は常に出せよ」と先輩が睨み、「やっぱり中村だ」と皆が笑った。
「月森」
「はい」
「お前、これで金曜定時に上がったのか」
「え……っ、と」
ギクリとして手が止まる。
金曜日に終わらせたい部分までは終わらせたけれど、それは進捗が悪い中での話であって、余裕があるならもっと進めるべきなのは明らかだ。
「ご……ごめんなさ――――」
「それは禁止だっつったろ」
え、今のごめんなさいも禁止?
「お前、この状況で俺を優先するのはねぇだろ」
「……はい」
言葉は厳しいけれど、先輩の声にはわずかに喜びがにじんでいて、口元が緩みそうになった。
「おい、なに笑ってんだ。怒ってんだぞ?」
「でも、あのままだと俺、仕事にならなかったんです」
「……そ、それでも、だな」
「あの日、先輩に会いに行ったから今があるんですよ? 今日からは増し増しで頑張れます」
「…………あっそ」
ふいっと視線を逸らしてモニターを見る先輩の耳が赤い。頬もちょっと赤い。
……やばい。これじゃ嘘つきになりそうだ。先輩から目が離せない。仕事にならない。先輩が可愛い。やばい。
「おい」
「……はい」
「手」
「……手?」
「早く動かせ」
「あ、はい」
なんとかモニターに視線を戻してキーボードを打ち込み始めたけれど、気になってまた先輩を見る。
あの唇が、俺を愛してると言ったんだ。
金曜の夜、記憶のない先輩はとにかく可愛くてたまらなかった。そして、記憶の戻った先輩は、素直になりきれない感じがやっぱり可愛かった。
もう何もかも終わったと絶望していた俺の元に、記憶が戻った先輩が帰ってきてくれて、「愛してる」と言ってキスをされた。
……本当に言った? 夢じゃない?
キスもその先も……本当に夢じゃない?
週末の先輩を思い出して、顔が火照ってきた。
「俺も、一生お前を愛してる」
信じられない言葉と一緒に、うなじを引き寄せられてキスをされた。
先輩の記憶が戻れば、また振られるだろうと思っていたから、幸せすぎて夢みたいで目眩がした。
そんな夢見心地な俺の手を引いて、先輩はベッドに向かう。
「え、あの、先輩?」
「なんだよ」
口調はぶっきらぼうなのに頬が赤い。繋いだ手が熱い。
話したいこと、聞きたいことがいっぱいあるのに、誘われれば俺の身体は期待で熱くなり胸が高鳴る。
でも、先輩の身体が心配だ。
「先輩、今日は無理しないほうが……」
「なんでだよ」
「だって……今朝は歩くのもやっとだったんじゃないですか?」
俺の言葉を聞いているのかいないのか、先輩はベッドに俺を押し倒して組み敷いた。
「心配ない。俺がお前を抱くからな」
え……今なんて……?
「え……あの……」
「お前、言ってたよな。前の俺なら『俺が抱く』って言いそうだって」
確かに言った。言ったけど……っ。
「まさか嫌とは言わねぇよな?」
「え……っ」
「俺、先輩。お前、後輩。な?」
先輩が口角を片方だけ上げて、クッと笑う。
い……言えないけど……っ!
嘘だよね……?!
「ま、待って……あの、心の準備が……っ! んぁ……っ」
先輩に耳を口に含まれ、舌で優しく舐められ、「諦めろ」とささやかれ、俺の思考はそこで停止した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
※リバではありません。
ネタバレに当たるかもしれませんが、地雷の方もいらっしゃるかもなのでお知らせしておきます。
週明けに、先輩がプロジェクトに戻った。
声のトーンが少し低く笑顔が消えた先輩を見て、皆が一斉に笑顔になる。
「中村?!」
「中村さん?!」
「もしかして?!」
歩き方から動作まで、先週までとはどこか違う懐かしい先輩を皆が期待の目で見つめた。
「あー……その、中村、戻りました。迷惑かけてすみません」
先輩が頭を下げた。ペコっと。ちょっとだけ。
それでも皆にはきっと伝わった。先輩の最大級の謝罪だと。
「記憶戻ったんで、今日から死ぬ気でやります」
先輩の言葉に皆が口々に歓声を上げ、勢いよく立ち上がる後輩もいた。
先輩はいつもの口癖『言い訳よりも手を動かせ』を実践するかのように、すぐにPCを立ち上げ進捗を確認する。
「……マジか」
そして案の定、眉を寄せた。
俺も、皆も、先輩の次の言葉に緊張が走る。
先輩が抜けただけで、申し訳ないほど進捗状況が悪い。毎日遅くまで残業すれば納期には間に合うだろうけれど、先輩が抜けるまでは驚くほど順調だっただけに、先輩に知られるのが怖いレベルだった。
どんな厳しい言葉を向けられるかと緊張しながら、皆で息を詰めてその瞬間を待つ。
すると、先輩がスッと立ち上がって深々と頭を下げた。
「俺のせいで本当にすみません。マジで死ぬ気で頑張ります」
その瞬間、皆が静まり返った。先輩が頭を下げるなんて、誰も見たことがなかったからだ。
そもそも先輩はミスなんてしないし、謝るようなことがなかった。
「中村が……」
驚きが皆の顔に広がり、息を呑む音が聞こえる。
あまりの意外さに、皆が目を見開いて先輩を見つめていた。
記憶が戻った先輩は、気を張りつめた感じが取れて少し穏やかになった。時々素直になれず照れ隠しにぶっきらぼうな物言いになったりもして、この週末は先輩のギャップに俺は始終やられた。
職場でも肩の力を抜けるようになったんだ。
先輩の変化に嬉しさが込み上げた。
「俺も死ぬ気で頑張ります」
俺がそう宣言をして椅子に座ると、皆がハッとしたように動き出す。
「よし、頑張るかっ」
「中村が戻ってきたら百人力だな」
皆の言葉に、いつも大人しい後輩が声を上げた。
「すごいやる気出ました!」
鼻息まで荒い後輩に「やる気は常に出せよ」と先輩が睨み、「やっぱり中村だ」と皆が笑った。
「月森」
「はい」
「お前、これで金曜定時に上がったのか」
「え……っ、と」
ギクリとして手が止まる。
金曜日に終わらせたい部分までは終わらせたけれど、それは進捗が悪い中での話であって、余裕があるならもっと進めるべきなのは明らかだ。
「ご……ごめんなさ――――」
「それは禁止だっつったろ」
え、今のごめんなさいも禁止?
「お前、この状況で俺を優先するのはねぇだろ」
「……はい」
言葉は厳しいけれど、先輩の声にはわずかに喜びがにじんでいて、口元が緩みそうになった。
「おい、なに笑ってんだ。怒ってんだぞ?」
「でも、あのままだと俺、仕事にならなかったんです」
「……そ、それでも、だな」
「あの日、先輩に会いに行ったから今があるんですよ? 今日からは増し増しで頑張れます」
「…………あっそ」
ふいっと視線を逸らしてモニターを見る先輩の耳が赤い。頬もちょっと赤い。
……やばい。これじゃ嘘つきになりそうだ。先輩から目が離せない。仕事にならない。先輩が可愛い。やばい。
「おい」
「……はい」
「手」
「……手?」
「早く動かせ」
「あ、はい」
なんとかモニターに視線を戻してキーボードを打ち込み始めたけれど、気になってまた先輩を見る。
あの唇が、俺を愛してると言ったんだ。
金曜の夜、記憶のない先輩はとにかく可愛くてたまらなかった。そして、記憶の戻った先輩は、素直になりきれない感じがやっぱり可愛かった。
もう何もかも終わったと絶望していた俺の元に、記憶が戻った先輩が帰ってきてくれて、「愛してる」と言ってキスをされた。
……本当に言った? 夢じゃない?
キスもその先も……本当に夢じゃない?
週末の先輩を思い出して、顔が火照ってきた。
「俺も、一生お前を愛してる」
信じられない言葉と一緒に、うなじを引き寄せられてキスをされた。
先輩の記憶が戻れば、また振られるだろうと思っていたから、幸せすぎて夢みたいで目眩がした。
そんな夢見心地な俺の手を引いて、先輩はベッドに向かう。
「え、あの、先輩?」
「なんだよ」
口調はぶっきらぼうなのに頬が赤い。繋いだ手が熱い。
話したいこと、聞きたいことがいっぱいあるのに、誘われれば俺の身体は期待で熱くなり胸が高鳴る。
でも、先輩の身体が心配だ。
「先輩、今日は無理しないほうが……」
「なんでだよ」
「だって……今朝は歩くのもやっとだったんじゃないですか?」
俺の言葉を聞いているのかいないのか、先輩はベッドに俺を押し倒して組み敷いた。
「心配ない。俺がお前を抱くからな」
え……今なんて……?
「え……あの……」
「お前、言ってたよな。前の俺なら『俺が抱く』って言いそうだって」
確かに言った。言ったけど……っ。
「まさか嫌とは言わねぇよな?」
「え……っ」
「俺、先輩。お前、後輩。な?」
先輩が口角を片方だけ上げて、クッと笑う。
い……言えないけど……っ!
嘘だよね……?!
「ま、待って……あの、心の準備が……っ! んぁ……っ」
先輩に耳を口に含まれ、舌で優しく舐められ、「諦めろ」とささやかれ、俺の思考はそこで停止した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
※リバではありません。
ネタバレに当たるかもしれませんが、地雷の方もいらっしゃるかもなのでお知らせしておきます。
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