上 下
15 / 42

15 どんな形でもそばにいたかった…… ▶月森side

しおりを挟む
 先輩が出ていった。
 同居を始めた時と同じスーツケースを手に、いつもの笑顔で「じゃあね」とドアの向こうに消えてしまった。
 絶望で立っていることもできず、壁に寄りかかりズルズルと床に座り込む。
 ちゃんとできているつもりだった。今度こそ間違えないように、いい後輩を演じているつもりだった。
 林さんと食事に行く先輩を引き止めたかったけれど必死でこらえ、女の子を紹介されるとわかってる飲み会にも、興味もないのに参加した。
 全部、全部無駄だった。わかってた。先輩の記憶が戻ればこうなることはわかってたのに……。
 もう少し、もうちょっとだけ、このまま一緒にいられるような気がしてたんだ……。
 
 

『俺が好きなのは先輩ですっ』
『先輩って誰だよ』
『中村先輩ですよっ!』
『…………は?』 
『俺……先輩が好きです。好きなんです』
『な……んだよ急に。俺だって最高のダチだと思ってるよ。でも俺が言ってんのはそういうことじゃねぇだろ?』
『違います。俺は先輩と恋人になりたいっ。抱きしめて、キスして、その先も……っ。俺は先輩が好きなんですっ』

 先輩の顔が一瞬で強ばり、目を見開いた。

『……なに、お前…………ゲイ、だったのか?』
『わ……わかりません。たぶん先輩が初恋なので……』

 目の前で先輩が難しい顔で黙り込むのを見て、とんでもないことを言ってしまったと血の気が引いた。

『あ、の……先輩』

 嘘です、冗談です、そんな言葉はもう遅すぎた。

『……悪いけど、お前はただの後輩だ』
『……せ、せんぱ……』
『俺、ここ出てくわ』
『……っ、い、嫌ですっ。ダメですっ。もう、もう困らせないのでっ! 先輩のそばにいさせてくださいっ!』
『無理だ』
『先輩っ』
『悪いな、月森。お前の気持ちに応えらんねぇのに、いままで通りは無理だ』
『……っゔ……っごめんなさい……っごめ……。好きなってごめんなさい……っ』
『月森。俺は、後輩として、ダチとしてってので悪いけど、それでも俺は、お前が好きだよ』
『先輩……っ』
『俺はお前が、ずっと好きだよ』

 先輩が俺の頭をくしゃくしゃにしながら、困った顔で笑った。

『ごめんなさい……っ、先輩……っ、ごめんなさい……っ』

 

 やっぱりだめだった。もし思い出さないでいてくれれば、このままずっと一緒にいられたのに……。
 やっぱりだめだった。

 ごめんなさい、先輩。
 俺は、先輩が記憶喪失になったと知ったとき、心配で青くなりながらも内心どこかでホッとしてた。
 もし記憶が戻らなければ、またずっと先輩のそばにいられるんじゃないかって。友達として、後輩としてでも、また毎日先輩と一緒に過ごせるんじゃないかって。
 今度は間違わないように、一からやり直そうって……そんなことを考えてしまった。
 俺は最低だ……。
 本当に最低だ……。
 先輩……ごめんなさい……。
 
 事故に遭って記憶をなくした先輩は、先輩だけど先輩じゃない、そんな不思議な感じだった。
 でもそれも最初だけで、根は何も変わってない、いつもの先輩だとすぐにわかって嬉しくなった。
 ぶっきらぼうな物言いが、素直でまっすぐな口調に変わり、不器用な優しさが、心に響く優しさに変わった。
 眉を寄せた厳しそうな表情が優しい笑顔に変わり、社内の女性が先輩に見惚れて目を輝かせた。
 毎日会社に行くたびに、いつか先輩を奪われそうでずっと怖かった。
 先輩は出会ってからずっと、第二印象が悪すぎて人気が続かない人だったから、こんなにハラハラするのは初めてのことだった。



 高校に入学してすぐ、新入生オリエンテーションの部活紹介で初めて先輩を見た。
 バスケ部の発表で次々とシュートを決める部員の中で、エースである中村先輩は一際輝いていた。
 俺は先輩のシュート姿に一瞬で惚れて、その瞬間に、中学から続けていた野球部を蹴ってバスケ部に入部すると決めた。
 周りの生徒が中村先輩を見て「秋人に似てる!」と騒ぎ出し、俺は「秋人」という芸能人をその時初めて知った。
 ストレートで栗色のサラサラの髪、圧倒するほど美形なその姿で「っるっせぇ! 俺は秋人じゃねぇ! 俺は俺だ、クソが!!」と騒ぐ新入生に言い放ち、体育館が静まり返る。
 先輩は驚くほど口が悪かった。
 似てるのは見た目だけだったとガッカリする女子が多発したが、俺はますます先輩から目が離せなくなった。
 
 新入部員は経験組と未経験組に別れての練習だった。
 毎日まいにち基礎練ばかりをやらされ、だんだん不満が募っていく。
 基礎練の日々は野球部でも経験済みだったけれど、早く中村先輩に近づきたくて焦っていた。
 ある日その不満が爆発して、早朝の体育館に向かった俺は、そこで黙々とシュート練をしている先輩を見つけた。
 同じ部活に入っても、挨拶以外に言葉を交わしたことは一度もない。
 目の前に憧れの先輩がいる。まるで夢みたいな光景に、俺は体育館の入口でぼうっと呆けて立ち尽くした。
 先輩は天才型だなんて言われているけど、本当はこんなに努力をしていたんだ。

 パスッとシュートが決まる音が響き、ダムダムとボールが跳ねながら転がっていく。先輩はそれを追いかけることなく、こちらに振り向いた。
 
「おい、なに勝手に見てんだお前」
 
 思わず後ろを振り返るも、俺以外には誰もいない。
 
「誰だっけお前。……あぁ、月森だっけか?」
「え……っ、あっ、は、はいっ! つ、つつつ月森ですっ!」

 う、嘘! 名前覚えてもらえてた! 信じられないっ!

「つつつ月森。ふん。変な名前」
「は、いえっ、た、ただの月森でありますっ!」

 やばいっ。テンパった! これじゃ時代劇じゃんっ!

「……おい、時代錯誤。お前ディフェンスできる?」

 ツッコまれたけど真顔だ。うう……恥ずかしい。せめて笑ってほしかった……っ。

「……あの……俺、未経験組で……」
「見よう見まねでいい。ちょっと来い。やってみろ」
「は、ぇ……っ」
「早く」
「ふぇいっ!」
 
 ぎゃー! 変な返事しちゃったー!
 全身に変な汗が吹き出てくる。
 慌てて駆け寄ろうとしたけれど、緊張で身体が思うように前に出ない。

「おい。手足が同時に出てんぞ」
「そ、そんなこと、ない、でございますっ」
「……なにお前。面白すぎんだけど。……ふ」

 わ、笑った! 笑わないことで有名な中村先輩が笑った!
 俺もう死んでもいい!
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

僕の宿命の人は黒耳のもふもふ尻尾の狛犬でした!【完結】

華周夏
BL
かつての恋を彼は忘れている。運命は、あるのか。繋がった赤い糸。ほどけてしまった赤い糸。繋ぎ直した赤い糸。切れてしまった赤い糸──。その先は?糸ごと君を抱きしめればいい。宿命に翻弄される神の子と、眷属の恋物語【*マークはちょっとHです】

【クズ攻寡黙受】なにひとつ残らない

りつ
BL
恋人にもっとあからさまに求めてほしくて浮気を繰り返すクズ攻めと上手に想いを返せなかった受けの薄暗い小話です。「#別れ終わり最後最期バイバイさよならを使わずに別れを表現する」タグで書いたお話でした。少しだけ喘いでいるのでご注意ください。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

処理中です...