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14 バイバイ、月森

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 翌朝、俺が弁当の準備を始めても、月森は死んだように眠っていた。
 何度かスマホの目覚ましが鳴ったけれど、止めはするが起きてはこない。
 そろそろ起こさないとな……と思った時、何度目かの目覚ましが止まり、モゾモゾと月森が起き上がる。そして、頭を押さえて顔をしかめつつ、ベッドから降りてきた。
 
「先輩……おはようございます……」

 まだしっかりとは目覚めていない顔で、弁当の中身を覗いてくる。

「……おはよ。体調は?」
「あー……最悪? ……す」
 
 まだ酔っ払ってるのかと思うような少し砕けた口調。
 出ていこうって決めてからの新しい月森の発見は……きついな。
 
「ほら、今日行ったら休みだから。シャキッとしな」
「……はぃ」

 頭痛がよほど酷いのか相変わらず頭を押さえ、足を引きずるように風呂場に歩き出す。
 しかし、途中で「あ……」と何かを思い出したように立ち止まると、今度は勢いよくこちらを振り返った。

「あのっ」
「ん?」
「林さんとは、どうでした?」

 月森こそ、どうだったんだ? と聞き返したい。
 本当は食事には行かなかったと言ってしまいたいけれど、月森への気持ちを隠すためには行った振りを続けたほうがいいだろうな……。

「うん、いい子だったよ。話も合うしね」
「そう、ですか」
「月森は? どうだった?」
「いい子、でした。可愛かったし」
「へぇ。やったじゃん」
「はい」

 付き合うの?
 その一言が出てこない。月森も何も言わないし、俺にも聞いてこない。
 そのまま会話が続かなくて、それぞれ朝の準備に流れていった。

 その日の夜、俺は帰りに大量の食材を買い込んだ。
 今日の夕飯の他に、弁当用の作り置きを仕込んでいく。月森の好きなピーマンのおかか和えは特に多めに。
 そうしているうちに月森が帰宅して、キッチンとテーブルにあふれた料理に目を丸くした。

「どうしたんですか? こんなにたくさん」
「弁当用の作り置きをな?」
「あ、冷凍ですか? そういえば前もそうして……」

 思い返すように口にしてから、ハッとしたように月森の顔に緊張が走る。
 ごめんね、月森。
 月森が一番思い出してほしくない記憶だけ戻っちゃったんだ……。
 でも、作り置きに関しては戻ってないよ。

「母さんに聞いたんだよ。冷凍の作り置きのこと」

 俺の言葉に、月森があきらかにホッと息をついた。

「……そう、なんですね」
「月森」
「はい?」
「俺、明日は忙しいから」

 週末は当たり前のように一緒に出かけているから、前もってそう伝えた。

「何か用事ですか?」
「うん。明日も料理」
「え?」
「これは弁当用で、明日は夕飯用の作り置き」
「え、でも先輩、来週から研修でしょ? 残業なんてまだまだですよね?」

 来週からも、これまで通り定時帰宅。作り置きなんて必要ないでしょ? と言いたいんだろう。
 不可解そうな顔で見つめてくる月森に「とにかく明日も料理だから」と押し切った。
 前の俺がどうだったかは知らないが、今の俺は料理も趣味になりつつある。それを知っている月森は、首をかしげながらも納得したようだった。

 翌日「他の家事は俺がやりますね」という月森に全てを任せ、俺は朝から料理に没頭した。
 弁当用、夕飯用、作り置きで冷凍庫が満タンになる。

「うわ、すご……っ」

 その冷凍庫の中を覗いて、月森が感嘆の息を漏らした。
 俺が指をさしながら「これが弁当用」「これが夕飯用」と説明すると、月森は不思議そうな顔をしながらも素直にうなずいた。

 夕飯を済ませ、月森が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、もうこれも最後だな……と感傷にふける。

「先輩、なんかドラマでも観ませんか?」

 それともアニメのほうがいいですか? とリモコンをいじる月森に「ちょっといいか?」と俺は話を切り出した。

「なん、ですか?」

 何かを感じ取ったのか、月森の表情が一瞬で強ばる。

「俺さ。ここ、出ていくな?」
「……っ」

 月森の顔がサッと青ざめ、まるで言葉を奪われたかのように凍りついた。

「作り置き、ちゃんと食べてくれよな?」

 もっと冷凍庫が大きければよかった。それなら明日もまた月森のために料理を作れたのに。
 できれば『月森』のフォルダを制覇したかった……。

「せん……ぱい……。やっぱり記憶が……?」
「……うん、一部だけ。仕事のほうはさっぱりなんだけどさ。……ごめんね、色々と迷惑かけて」
「せ……せんぱ……」
「思い出しちゃったら、もう無理でさ」

 今の俺は月森にそういう感情はない、そう振る舞いたいのに胸が張り裂けそうに苦しい。
 離れたくないよ……月森。このままずっとそばにいたい。
 いつかこの気持ちを受け入れてもらえたら……そう少しでも期待できるなら、このままでいたかった。
 でも、振られているとわかってしまったら、もう無理なんだ。
 友達のままでいてほしいという月森の気持ちは、心に深く突き刺さるほどつらいんだ。

「無理……ですか? どうしても……無理ですか……?」
「うん。無理なんだ。ごめんね」

 月森の目にみるみる涙がたまっていく。

「前の俺も、出ていこうとしてたよね。あのダンボール、そうでしょ?」
「……っ、でも……っ」
「とりあえず必要なものだけ持って実家に帰るよ。他の荷物はあとでいいかな?」
「あ、の、俺……先輩とこのまま一緒にいたいです……っ。お願いです……これからも友達として……」
「ごめん、無理だよ」
「……っ」

 ごめん。月森が望むように、友達のままでいられなくて本当にごめん。
 せっかく記憶を失ったのに、また好きになっちゃって……本当にごめん。
 自覚した途端にどんどん好きがあふれて苦しいんだ。 
 そばにいると、どうしても期待しちゃうんだよ。
 毎日一緒にいてくれる月森に、優しく包み込んでくれる月森に、どうしても甘えてみたくなっちゃうんだ。
 
 ――――ごめんなさい……っ、先輩……っ、ごめんなさい……。
 
 戻った記憶が頭の中にこびりついて離れない。
 でも……振られた記憶だけ戻るなんて、やっぱりちょっと酷いな……。
 もっと心臓に優しい記憶から少しずつ戻してほしかったよ。
 こんなの、今の俺には一番きつい記憶じゃん……。
 ほんと、誰に文句言えばいいんだろ……。
 
 ああ、もしかして前の俺の仕業なの?
 お前まで月森を好きになるなよって、前の俺が忠告してくれたの?

 ……そっか。……なら、仕方なよなぁ。
 
 
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