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4 週末の過ごし方
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初出勤からずっと、俺は定時で帰宅する毎日を過ごしていた。
しかし、月森は毎日残業だ。帰宅すらできずに泊まり込んだ日もあった。
徹夜開けなのに、翌日もそのまま仕事をする皆を心配する俺に『こんなことは滅多にないから大丈夫ですよ』と月森は言った。その言い方から、徹夜が初めてではないとわかる。
ずいぶんブラックな会社だな。でも、俺もこれと同じ仕事をしてたんだよな……。
月森のPCモニターを見てもちんぷんかんぷんで、自分があれを設計できるとはとても思えない。
このままだと、俺は新卒者と一緒に新人研修に参加することになるだろう。
鼻にかけるほどバリバリ仕事をこなしていたらしい自分の実績が、今では逆に恐ろしい。覚えが悪かったらどうしようか。
昼休みになると、俺の同期だという人達が日替わりで顔を見せに来た。
もちろん思い出せる顔はない。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。相手のほうも今の俺には気安く話しかけられないようで、気まずそうに「じゃあな」と去っていく。
ただ、一人だけ様子が違った。やはり同期だという女性が「ちょっと来て」と俺を廊下へ連れ出した。
「私のこと、覚えてる?」
「えっと……ごめん」
「……そう。覚えてないのね」
「あの……本当にごめん……」
忘れられたショックを隠すことなく表情に表す女性に、誠心誠意頭を下げる。ほかの人とは全然違う反応だ。よっほど親しい間柄だったんだろうか。
「……事故だもの。仕方ないわ。……でも」
どこかためらうように視線を泳がしてから、言いづらそうに言葉をこぼす。
「大事な返事をまだもらってないのよ……」
「大事な返事……」
「なんて言っても記憶が無いなら無理よね。ごめん」
とりあえず忘れて、ごめんね、と女性は名乗りもせずにエレベーターへと消えた。
とりあえずというのは記憶がない間は、という意味か。
大事な返事とはいったいなんだろう。
ちょっと気の強そうな女性だったが、少し頬を染めてもじもじとしている感じが可愛かった。これはやっぱり、好きとかそういった類の話だろうか。
考えてもわからないし思い出せない。
とりあえず忘れてと言われたんだから、忘れようか。うん、そうしよう。
俺は面倒事を頭のすみに追いやった。
◇
月森は毎日ヘトヘトだろうに、週末になると俺を色々な場所へと連れ出した。「少しは休まないとダメだって」と言っても「身体を動かすのが一番リフレッシュになるんで」と笑顔で俺を家から引っ張り出す。
まず連れて行かれたのは体育館。ジャージ姿でボールとバッシュを持って。
中学から大学までバスケをしていたというだけあって、すぐに身体がバスケの動きを思い出した。記憶よりも身体が反応する。身体が覚えている。それはすごく不思議な感じだった。
感覚を取り戻した俺は、シュートも気持ちよく入るし、ボロ負けではあったが月森と1on1を楽しむことができた。
その流れでバスケ関連の記憶だけでも戻ればよかったが、そう簡単ではないらしい……。
「俺たちって、今でもどっかチームに入ってやってるの?」
タオルで汗を拭きながら、ペットボトルのスポーツドリンクを喉に流し込む。
「いえ、チームには入ってないです。たまにこうして二人で汗を流すくらいで」
「そっか。それってどれくらいの頻度?」
「うーん、忙しいときは月二かな? 仕事が落ち着いてれば毎週でも来ますよ」
聞いた瞬間、嬉しくなった。
「それ結構な頻度だね。俺たち本当に仲良しなんだな」
「はい、仲良しですよ」
月森が笑った。
「来週はボルダリングに行きましょう」
「え、ボルダリングもやってたの?」
「遊び程度ですよ。先輩が突然やりたいって言い出して」
「なに、言い出しっぺ俺?」
「はい、先輩です」
定時上がりの今ならまだしも、月森と同じ激務でバスケ以外にボルダリングって……元気だな、俺。
そんなわけで次の週末はボルダリングに行った。
その他にも、俺がお気に入りだという近所のコーヒーショップ、よく行くショッピングセンター、ラーメン屋、回転寿し、色々行ったけれどまだまだ行き足りないようだ。
月森が色々頑張ってくれているのに、記憶は全く戻る気配がない。
さすがに落ち込む俺に、月森が聞いた。
「先輩、毎週出歩くの疲れますか? 記憶のためもありますけど、これがいつも通りの俺たちなんです」
「え、これがいつも通り? こんな毎週毎週?」
「はい。俺たちインドア向いてないんで……すみません。来週は家でゆっくりします?」
「あ、いや、全然疲れてはないよ? 月森の身体が心配だっただけで」
定時上がりの俺よりも月森を休ませてやりたかった。でも、まさかのこれが通常運転なのか。
「俺はこれがストレス発散なんで、先輩が大丈夫ならこれからも続けたいです」
「俺も楽しいから、もちろんいいよ。てか、俺も続けたい」
「よかった」
嬉しそうに破顔する月森に、心臓がトクンと鳴った。
……いや。いやいやいや。気のせいだ。気のせい。気のせいだろ。
「もし……このまま記憶が戻らなくても、こうやってずっと楽しく過ごせればいいですよね」
「……うん、そうだよね」
「そうですよ」
記憶喪失でも不安にかられず元気に過ごせるのは、月森がいてくれるからだ。
友達っていいもんだな、と胸があたたかくなった。
ただ、他の友達も思い出せない俺には月森の存在が大きすぎて、このままだとどんどん依存してしまいそうだ。
意識してセーブしないとな……。
しかし、月森は毎日残業だ。帰宅すらできずに泊まり込んだ日もあった。
徹夜開けなのに、翌日もそのまま仕事をする皆を心配する俺に『こんなことは滅多にないから大丈夫ですよ』と月森は言った。その言い方から、徹夜が初めてではないとわかる。
ずいぶんブラックな会社だな。でも、俺もこれと同じ仕事をしてたんだよな……。
月森のPCモニターを見てもちんぷんかんぷんで、自分があれを設計できるとはとても思えない。
このままだと、俺は新卒者と一緒に新人研修に参加することになるだろう。
鼻にかけるほどバリバリ仕事をこなしていたらしい自分の実績が、今では逆に恐ろしい。覚えが悪かったらどうしようか。
昼休みになると、俺の同期だという人達が日替わりで顔を見せに来た。
もちろん思い出せる顔はない。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。相手のほうも今の俺には気安く話しかけられないようで、気まずそうに「じゃあな」と去っていく。
ただ、一人だけ様子が違った。やはり同期だという女性が「ちょっと来て」と俺を廊下へ連れ出した。
「私のこと、覚えてる?」
「えっと……ごめん」
「……そう。覚えてないのね」
「あの……本当にごめん……」
忘れられたショックを隠すことなく表情に表す女性に、誠心誠意頭を下げる。ほかの人とは全然違う反応だ。よっほど親しい間柄だったんだろうか。
「……事故だもの。仕方ないわ。……でも」
どこかためらうように視線を泳がしてから、言いづらそうに言葉をこぼす。
「大事な返事をまだもらってないのよ……」
「大事な返事……」
「なんて言っても記憶が無いなら無理よね。ごめん」
とりあえず忘れて、ごめんね、と女性は名乗りもせずにエレベーターへと消えた。
とりあえずというのは記憶がない間は、という意味か。
大事な返事とはいったいなんだろう。
ちょっと気の強そうな女性だったが、少し頬を染めてもじもじとしている感じが可愛かった。これはやっぱり、好きとかそういった類の話だろうか。
考えてもわからないし思い出せない。
とりあえず忘れてと言われたんだから、忘れようか。うん、そうしよう。
俺は面倒事を頭のすみに追いやった。
◇
月森は毎日ヘトヘトだろうに、週末になると俺を色々な場所へと連れ出した。「少しは休まないとダメだって」と言っても「身体を動かすのが一番リフレッシュになるんで」と笑顔で俺を家から引っ張り出す。
まず連れて行かれたのは体育館。ジャージ姿でボールとバッシュを持って。
中学から大学までバスケをしていたというだけあって、すぐに身体がバスケの動きを思い出した。記憶よりも身体が反応する。身体が覚えている。それはすごく不思議な感じだった。
感覚を取り戻した俺は、シュートも気持ちよく入るし、ボロ負けではあったが月森と1on1を楽しむことができた。
その流れでバスケ関連の記憶だけでも戻ればよかったが、そう簡単ではないらしい……。
「俺たちって、今でもどっかチームに入ってやってるの?」
タオルで汗を拭きながら、ペットボトルのスポーツドリンクを喉に流し込む。
「いえ、チームには入ってないです。たまにこうして二人で汗を流すくらいで」
「そっか。それってどれくらいの頻度?」
「うーん、忙しいときは月二かな? 仕事が落ち着いてれば毎週でも来ますよ」
聞いた瞬間、嬉しくなった。
「それ結構な頻度だね。俺たち本当に仲良しなんだな」
「はい、仲良しですよ」
月森が笑った。
「来週はボルダリングに行きましょう」
「え、ボルダリングもやってたの?」
「遊び程度ですよ。先輩が突然やりたいって言い出して」
「なに、言い出しっぺ俺?」
「はい、先輩です」
定時上がりの今ならまだしも、月森と同じ激務でバスケ以外にボルダリングって……元気だな、俺。
そんなわけで次の週末はボルダリングに行った。
その他にも、俺がお気に入りだという近所のコーヒーショップ、よく行くショッピングセンター、ラーメン屋、回転寿し、色々行ったけれどまだまだ行き足りないようだ。
月森が色々頑張ってくれているのに、記憶は全く戻る気配がない。
さすがに落ち込む俺に、月森が聞いた。
「先輩、毎週出歩くの疲れますか? 記憶のためもありますけど、これがいつも通りの俺たちなんです」
「え、これがいつも通り? こんな毎週毎週?」
「はい。俺たちインドア向いてないんで……すみません。来週は家でゆっくりします?」
「あ、いや、全然疲れてはないよ? 月森の身体が心配だっただけで」
定時上がりの俺よりも月森を休ませてやりたかった。でも、まさかのこれが通常運転なのか。
「俺はこれがストレス発散なんで、先輩が大丈夫ならこれからも続けたいです」
「俺も楽しいから、もちろんいいよ。てか、俺も続けたい」
「よかった」
嬉しそうに破顔する月森に、心臓がトクンと鳴った。
……いや。いやいやいや。気のせいだ。気のせい。気のせいだろ。
「もし……このまま記憶が戻らなくても、こうやってずっと楽しく過ごせればいいですよね」
「……うん、そうだよね」
「そうですよ」
記憶喪失でも不安にかられず元気に過ごせるのは、月森がいてくれるからだ。
友達っていいもんだな、と胸があたたかくなった。
ただ、他の友達も思い出せない俺には月森の存在が大きすぎて、このままだとどんどん依存してしまいそうだ。
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