上 下
139 / 149
番外編

あの男は誰だ✦side冬磨✦ 終

しおりを挟む
 怖い。少しでも天音の気持ちが俺から離れていくのが怖い。

「天音……ごめ――――」

 ごめんと言いかけた言葉を、最後まで言うことができなかった。
 靴を脱ぎ終わった天音が、ぎゅっと俺に抱きついてきたから。

「あ、天音?」
「……俺、嘘ついてないよ? 本当に、みんなで食べに行ったよ?」

 さらに力強く抱きしめられる。もう嫌われただろうと覚悟までしていたから、一気に涙腺がゆるんで視界がぼやけた。

「うん……ごめん。疑って……本当にごめん」
「……信じて……くれた?」
「うん。もう疑ってない。お前のこと……すぐに信じてやれなくて……ほんとにごめん……」

 天音の髪に顔をうずめるように、そして天音に負けないくらいに力いっぱい抱きしめる。

「冬磨……ごめんなさい」
「なんでお前が謝るんだよ。謝るのは俺だろ?」
「……違う」
 
 俺の胸にぐりぐりと顔を押し付けるように、天音が首を横に振る。

「俺……今日一日仕事にならなくて……」
「……そっか。ごめんな、ほんと……」
「違くて。すごい……すごい嬉しくて浮かれてて……」
「……ん? 嬉しい?」

 もう嫌われたと覚悟までしたのに……嬉しいってなんだ?
 おかしいだろ、ここは怒るところだろ。

「だって……だって冬磨が嫉妬してくれたんだもん。俺ばっかり嫉妬してると思ってたからすごい嬉しくて。敦司に嫉妬するって冬磨よく言うけど全然実感わかないし……だからすごいすごい嬉しくて」
「天音……」
「……でも、冬磨がずっと元気がなかった理由がそれなんだって、俺のせいだったって分かったのに……俺一人で喜んじゃって……冬磨はつらかったのに……喜んで浮かれちゃってごめんなさい……」
「は、いや……何いってんの。俺はお前を疑って隠れて敦司に確認までしたんだぞ? 怒るところだろ」

 すると、天音がパッと顔を上げた。頬が赤く染まり、瞳いっぱいに大好きと伝えながら俺を見つめてきょとんとする。

「なんで? そんなの怒らないよ。だって、もし逆だったら俺だって疑っちゃうもん。十二時ちょうどに二人で出てきてお店入って、そのあとずっと見てても誰も来なかったら二人だと思うよ。それなのにみんなで行ったなんて言われたら疑っちゃう。俺だったらきっと、嘘つき! って泣いて怒ってるよ……」
「……マジで言ってる?」
「うん」
「……じゃあ、なんで敬語のメッセージだったんだ? なんで連絡しないで一人で帰ってきた?」
「えっ……と」
「なんで?」
「……俺浮かれすぎてて、だから必死で冷静になろうとして、そしたらなんか……なんて送ったらいいのかわかんなくなっちゃって……」
 
 ふと天音の家に挨拶に行ったときのことを思い出した。照れて緊張して自分の親の前でカチコチになってた天音。あれか……あんな状態か?
 
「一人で帰ってきたのは……外で冬磨に会ったら抱きつきたくなっちゃうから……」
 
 天音はそう言って、また俺の胸に顔をうずめた。
 ……本当に俺、幸せすぎる。
 俺が天音を守ってやりたいのに、守られてるのはいつも俺のほうだ。
 いつでも天音が優しく俺を包み込んで癒やしてくれる。

「いつも……社食で誰と食ってんの?」
「敦司と」
「二人?」
「うん」

 よかった。それならいい。
 いや、それはそれで嫉妬するが、敦司ならいい。
 
「冬磨、ありがと」
 
 天音が胸に優しく頬をすり寄せた。
 
「嫉妬してくれて、ありがと。毎日愛してるって言ってくれて、それだけでも幸せなのに、今日のでもっと幸せになった」
「……天音」
 
 怒らせたと、嫌われたと覚悟したのに、もっと幸せになったと言う天音にたまらなく愛しさがあふれ、思わず力強く抱きしめた。

「ん、冬磨」

 幸せなのは俺のほうだ。
 いつでも全身で俺を大好きだと伝えてくれる天音に、俺は毎日幸福感に包まれる。
 大好きだよ天音。本当に心から愛してる。

「冬磨……」

 天音が顔を上げて俺を見つめ、背伸びをしてキスをする。
 ……可愛すぎ。

「冬磨……仕事が大変で疲れてるわけじゃなかったんだよね……?」
「うん、疲れてないよ。ほんと……心配かけてごめんな」

 毎日俺を気づかってくれていた天音に心から謝る。天音の勘違いを正しもせず疲れてる振りをして、本当にごめん。
 ふるふると首を振り、熱のこもった瞳を向ける天音にドキッとした。

「……じゃあ、さ……」

 と口ごもり、恥ずかしそうに視線をそらしてから、もう一度可愛く俺を見つめてゆっくりと口にする。

「……しよ?」

 予想はついていたのに、天音の可愛さに完全にやられた。

「ね……今すぐ……抱いて……?」

 いつも自分からは誘わない天音が誘ってくる。本当に天音は俺の心臓を簡単に撃ち抜く。
 酒が入るといつも可愛く甘えてくるが、それでも誘ってくることはない。天音はいつも受け身だ。
 俺の嫉妬が始まった火曜日、本当ならば二日ぶりに天音を抱くつもりだった。それがもう今日は金曜日。正直俺も我慢の限界。

「俺も、もう無理。限界……」
「冬磨……」
「天音……」

 見つめ合い唇を合わせた。

「……ん、……ンっ……」
 
 舌を絡ませて本気のキスになる。
 もっと、もっと深く。久しぶりの激しいキスに胸が熱くなる。
 ところが、天音が俺の胸をトンとたたき、ぷはっと唇を離した。
 
「……天音?」
「あの、……えっと、……た、ただいまだけ伝えてくるね……っ」
 
 抱きしめていた俺の腕をそっと外し「待ってて……っ」と早足でかけていく。途中で洗面所も立ち寄って。
 
「やっぱりか…………ふはっ」
 
 相変わらずムードぶち壊しだなと俺は笑った。
 でも、それがたまらなく可愛くて愛おしいから参る。
 天音と暮らすようになって、朝と就寝前に必ず線香を上げるようになった。だから、本当なら今仏壇に挨拶をする必要はない。
 でも天音は、帰宅後に必ず仏壇に「ただいま」を伝える。生きていれば必ずするだろう帰宅の挨拶。それをしないのは落ち着かないと言う。
 それも天音らしくて可愛い。
 
 仏壇に挨拶を済ませ、はにかみ笑顔で戻ってきた天音を抱き上げた。
 
「……てかさ。敦司はお前が浮かれてるの知ってた?」
「え? うん、知ってたよ? すごい呆れられた。仕事は進まないし顔は熱いし、みんなに熱があるって誤解されてるの見て、すごいでっかいため息つかれた」
「いつから知ってた?」
「いつ……最初からだよ?」

 してやられた。
 あいつ、わざと深刻そうなメッセージ送ったな。
 ほくそ笑む敦司の顔が想像できた。
 くそ……覚えてろよ敦司の野郎。もう酒なんか貢いでやんねぇからな。

「冬磨? 敦司がどうかした?」
「いや。ほんといい奴だなって思ってさ」
「え……なんか言い方がトゲトゲしいよ……?」
「そうか? 気のせいだろ」

 ……いや。敦司の言うことまでも疑って迷惑かけたのは俺だ。
 まだ貢ぎ足りないくらいだな。

「ごめん天音。今日は抱き潰しちゃうかも」
「……うん。いいよ」
 
 天音は真っ赤な顔を隠すようにぎゅっと抱きついた。
 せっかく作ったグラタンは食べられるように頑張ろう。
 大好きなグラタンを嬉しそうに頬張る天使な天音を想像して、俺は寝室への扉を開けた。
 



 
 終
 
 
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 
『嫉妬する』の冬磨バージョン、リクエストありがとうございましたꕤ*.゜
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

ひとりぼっちの180日

あこ
BL
付き合いだしたのは高校の時。 何かと不便な場所にあった、全寮制男子高校時代だ。 篠原茜は、その学園の想像を遥かに超えた風習に驚いたものの、順調な滑り出しで学園生活を始めた。 二年目からは学園生活を楽しみ始め、その矢先、田村ツトムから猛アピールを受け始める。 いつの間にか絆されて、二年次夏休みを前に二人は付き合い始めた。 ▷ よくある?王道全寮制男子校を卒業したキャラクターばっかり。 ▷ 綺麗系な受けは学園時代保健室の天使なんて言われてた。 ▷ 攻めはスポーツマン。 ▶︎ タグがネタバレ状態かもしれません。 ▶︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

森光くんのおっぱい

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
「下手な女子より大きくない?」 そう囁かれていたのは、柔道部・森光の胸だった。 僕はそれが気になりながらも、一度も同じクラスになることなく中学校を卒業し、高校も違う学校に進学。結局、義務教育では彼の胸を手に入れることはできなかった。 しかし大学生になってから彼と意外な接点ができ、意欲が再燃。攻略を神に誓う。

Tally marks

あこ
BL
五回目の浮気を目撃したら別れる。 カイトが巽に宣言をしたその五回目が、とうとうやってきた。 「関心が無くなりました。別れます。さよなら」 ✔︎ 攻めは体格良くて男前(コワモテ気味)の自己中浮気野郎。 ✔︎ 受けはのんびりした話し方の美人も裸足で逃げる(かもしれない)長身美人。 ✔︎ 本編中は『大学生×高校生』です。 ✔︎ 受けのお姉ちゃんは超イケメンで強い(物理)、そして姉と婚約している彼氏は爽やか好青年。 ✔︎ 『彼者誰時に溺れる』とリンクしています(あちらを読んでいなくても全く問題はありません) 🔺ATTENTION🔺 このお話は『浮気野郎を後悔させまくってボコボコにする予定』で書き始めたにも関わらず『どうしてか元サヤ』になってしまった連載です。 そして浮気野郎は元サヤ後、受け溺愛ヘタレ野郎に進化します。 そこだけ本当、ご留意ください。 また、タグにはない設定もあります。ごめんなさい。(10個しかタグが作れない…せめてあと2個作らせて欲しい) ➡︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。 ➡︎ 『番外編:本編完結後』に区分されている小説については、完結後設定の番外編が小説の『更新順』に入っています。『時系列順』になっていません。 ➡︎ ただし、『番外編:本編完結後』の中に入っている作品のうち、『カイトが巽に「愛してる」と言えるようになったころ』の作品に関してはタイトルの頭に『𝟞』がついています。 個人サイトでの連載開始は2016年7月です。 これを加筆修正しながら更新していきます。 ですので、作中に古いものが登場する事が多々あります。

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

君がいないと

夏目流羽
BL
【BL】年下イケメン×年上美人 大学生『三上蓮』は同棲中の恋人『瀬野晶』がいても女の子との浮気を繰り返していた。 浮気を黙認する晶にいつしか隠す気もなくなり、その日も晶の目の前でセフレとホテルへ…… それでも笑顔でおかえりと迎える晶に謝ることもなく眠った蓮 翌朝彼のもとに残っていたのは、一通の手紙とーーー * * * * * こちらは【恋をしたから終わりにしよう】の姉妹作です。 似通ったキャラ設定で2つの話を思い付いたので……笑 なんとなく(?)似てるけど別のお話として読んで頂ければと思います^ ^ 2020.05.29 完結しました! 読んでくださった皆さま、反応くださった皆さま 本当にありがとうございます^ ^ 2020.06.27 『SS・ふたりの世界』追加 Twitter↓ @rurunovel

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

処理中です...