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冬磨編

45 幸せなキス

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「ほんと、ごめんな、天音」

 指で涙を拭いながらまぶたにキスをして、何度も「ごめん」と伝えた。
 どれだけ謝っても足りない。
 俺が天音に気持ちを言えずにつらかった期間なんて可愛いもんだ。天音がいつから俺を好きだったのかは分からないが、ずっとこんなに苦しませていたのかと思うと胸が痛くて泣きたくなる。
 本当にごめんな、気づいてやれなくて……。

「本気の奴は相手にしないって……自分がずっと言い続けてきたからさ。誰も好きにならないって言う天音も俺と同じかなって。好きだって伝えたら、もう二度と会ってくんねぇかもって……。もう俺は天音だけだって伝えたら『お前面倒くせぇ』って言われそうでさ……。だから、ずっと他のセフレとも続いてる振りしてた。マジで、チキンでごめん」

 俺が素直に全て打ち明けていたら……。
 俺が逃げてばかりいたせいで、天音をたくさん傷つけた。
 ごめんな、天音。本当にごめん。
 俺の気持ち、ちゃんと伝わったか?
 正直に全部伝えたつもりだけれど、天音に伝わったか自信がない。
 頼む……伝わってくれ……。
 本当の天音に戻ってくれ……。

 そう念じながら天音の顔を伺っていると、俺の視線をさえぎるように腕で顔を隠した。
 
「天音? どうした?」
「……なんでもねぇ」

 震えた涙声で天音が言った。
 抱かれてるときの柔らかい口調とは違う、震えていても強気な口調。まだ天音は演技してる。
 どうすれば本当の天音に戻ってくれるんだろうか。

「その口調、まだ続けんの?」
「……っえ……」

 まだ俺の気持ちがちゃんと伝わってないんだ。
 本当に不甲斐なくて涙が出そうだ。

「もう演技はいいよ。俺は本当のお前が好きだよ、天音」
「……なん……だよ、本当の俺って……」
「俺が好きってバレないように必死でビッチの振りする天音。俺のそばに戻るために本当のビッチになろうとする危なっかしい天音」
「なっ……んで……っ」

 本当は、敦司から聞いた情報は伝えないつもりだった。
 敦司から聞いたと言えば簡単だったが、そうじゃなく俺の言葉で、俺の気持ちをちゃんと伝えることで本当の天音を取り戻したかった。
 情けないな。結局敦司の力を借りることになった。

「それから、ビッチの振りしてんのに、抱かれると素が出る天音。俺は、抱いてるときの可愛い天音に落ちたんだ」

 顔を隠す天音の腕をそっと外すと、涙でくしゃくしゃの顔で俺を見て、それでも必死に演技を続けようとする。
 天音の俺への気持ちが痛いほど伝わってきて、心臓がぎゅっと苦しくなった。

「この涙は、トラウマの涙じゃないんだよな? 本当はトラウマなんてないんだろ?」

 本当に俺が初めてだったなら、トラウマだってないはずだ。
 天音が泣くたびにトラウマで苦しんでると思ってたが、そうじゃなかった。
 今までの涙の理由はあとで聞くとして、今はトラウマじゃなかったことに安堵して、俺は天音に微笑んだ。

「マジでよかった。天音がトラウマ持ちじゃなくて」

 取り繕おうとしていた天音の顔が、俺の顔を見て一瞬ゆるむ。
 
「……ぅっ、と……ま……っ」
「ほんと可愛い、天音。もっと素のお前見せろよ。……いや、俺そんなん見せられたら心臓止まるかな」

 俺が笑ったその瞬間、なんとかこらえていた天音の無表情が完全に消えた。

「とぉ……ま……っ……」

 気をゆるめた柔らかい表情でボロボロと泣き出す。
 やっと……やっと気持ちが伝わった。

「俺、ほんとお前のそれ、すげぇ好き。もっと呼んで、俺の名前」
「とぉ……ま……っ、と……ま……」
「あー……ほんと可愛い。ずっと聞いてたい」

 今まで抱いてるときにしか見られなかった可愛い天音。いや、本当の天音はそれ以上に可愛い。
 愛おしさであふれ、激しく高ぶる感情で俺の胸は締め付けられた。
 わざと音を立てながらまぶたや頬にキスをして、優しく天音に懇願した。

「なぁ、好きって言って」

 今なら、俺が付き合おうと言えばきっとうなずいてくれる。
 でもそうじゃなく、ちゃんと天音の気持ちを聞きたい。ずっと隠し通してきた天音の本気の気持ちを、天音の口からちゃんと聞きたい。

「ずっとお前にキスしたくて死にそうだったんだ。もう限界」

 天音の唇を親指で優しく撫でる。

「勝手にキスしたら切るって、自分で言っておいて自分でやっちゃいそうでさ。もうずっと必死で我慢してたよ」
 
 信じられないと言いたげな天音に、俺は優しく問いかけた。
 
「天音。俺のこと、好き?」
 
 天音の瞳が、まるで子犬がすがってくるような可愛い瞳に変わる。
 涙でうるうるさせて俺を見つめてきた。
 本当に可愛すぎて、マジで心臓が止まりそうだ。
 
「お……終わら……ない……?」
「ん? なに?」
「言っても……終わらない……?」

 なんだその可愛い質問……っ。
 もはや子犬なのか子猫なのか天使なのか分からない。
 可愛すぎてダメージを喰らうレベルだ。
 もう聞く前にキスしてしまいそうになってグッとこらえた。

「うん、終わらない。てか、始まるんだよ」

 まだ怖がっている天音に、俺は優しく語りかける。

「セフレをやめて、恋人になるんだよ」
「こ……こい……びと……っ」

 驚いた顔で目を見開く天音が、本当に可愛くて愛おしい。

「そ。恋人。だから、好きって言って?」

 早く天音にキスがしたいんだ。
 
「と……ま……」
「うん」
「と……ま……っ、……き……」
「……あー、残念。聞こえない。天音、もう一回」

「……す……好き…………とぉ……っん……」

 好き、と聞こえた瞬間に、もうこらえきれなくて唇をふさいだ。
 俺はずっとキスは苦手だった。セフレとはありえないと思っていたし、昔の恋人とも、ただ唇を合わせる行為、それくらいに思ってた。
 でも、天音とのキスは何もかもが今までとは違った。
 天音と唇を重ねるたびに、全身が熱く燃えて心臓が高鳴った。天音の柔らかい唇が愛おしくてたまらない。唇を合わせているだけで幸福感でいっぱいで、心までもが癒されていく。いつまでもこうしていたいと思った。
 ゆっくりと舌を入れるとビクビクと震えて、俺のスーツにぎゅっとしがみついてくる。そんな天音の可愛い仕草に心臓が爆発しそうになった。
 もしかして、キスも初めてか……?
 この震え具合が、初めて抱いた時の天音を彷彿とさせる。
 もしかして、天音の初めては何もかも俺?
 天音の瞳を覗くと、今まで感じたこともないほど熱い視線で俺を見つめていた。
 俺を好きだと痛いほど伝わってくる天音の瞳。

「ふ……っぁ、……と……ま……」

 俺は夢中で天音にキスをした。
 天音の目尻から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちる。

「天音……」

 幸せいっぱいの天音の瞳に、俺は喜びで身体が震え涙がにじんだ。

 これほど幸せなキスは初めてだった――――――。


 
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