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冬磨編

44 伝わってくれ

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「天音、好きだ」

 完全に思考が停止していそうな天音に、もう一度はっきりと伝えた。
 天音はわずかに唇を震わせて言葉をこぼす。

「な……なに……言ってんだよ……」

 本当にどうして気づかなかったんだろう。演技だと分かって観察すると、天音の必死さが伝わってくる。一生懸命に無表情を装ってるのが分かる。唇の震えを隠すようにキュッと唇を結ぶ天音に、愛おしさがあふれた。

「天音は……俺が好きか?」

 敦司から聞いてもう分かっているのに、どこか不安で緊張が走る。
 種明かしをされてもまだ自信がない。天音の口からちゃんと聞きたい。ちゃんと聞かせてほしい。

「天音……?」

 動揺を隠すようにキッと俺を強く見据えて、天音が口を開く。

「俺は誰も好きにならねぇっつってんだろ? なんだよ。好きだって言わせたかったのか? 残念だったな」

 どうしてだろう。天音は否定してるのに、俺の耳には『好きだ』と聞こえる。
 必死で気持ちを隠してるのが痛いほど伝わってくる。
 天音は必死なのに本当にごめん。俺……顔がゆるんで仕方ない。
 もう天音を見てるだけで顔がとろけそうだ。

「ほんと可愛いな、天音」
「……は?」
「そうやって、ずっとビッチの振りしてたのか……」

 ほんと……騙された、と笑いながらつぶやく。
 ビクッと顔を強ばらせる天音を安心させてやりたくて、俺は優しく微笑んで見せた。
 もう今すぐキスがしたい。いやダメだ、ちゃんと天音に好きだと言ってもらってからだ。
 あーもー……やべぇ……待ちきれねぇ……。

「さっきから何言ってんだ冬磨。振りってなんだよ。俺は正真正銘ビッチ――――」
「ビッチって何人?」

 思わず天音の言葉をさえぎった。

「え」
「ビッチって、何人とやってたらビッチだと思う?」
「な……そんなん、わかんねぇくらいだよ」

 もう、ほんと可愛い。
 世界一可愛いビッチだな、天音。

「お前の孔、綺麗すぎ。見ればわかるよ。経験浅いってわかってた」
「…………っ」

 天音の瞳がゆれた。
 わずかに少しづつ、無表情が崩れていく。

「俺は別にビッチじゃなくても、俺に本気じゃなければそれでよかったんだよ。お前、セフレしかいないって言うから、そこそこいるのかと思ったらすごい綺麗だからさ。これは一人か、いても二人か……それも経験浅いなって。でも、マジで騙された。綺麗すぎだとは思ってたけど……」

 はぁ、と深く息をつきながら天音に倒れ込み、耳に唇を寄せて優しくささやいた。

「まさか初めてだとは思わなかったよ」

 これだけ伝えれば、もう全てバレてるって気づくよな。
 もう全部分かってるから、だから天音の気持ちを早く聞かせてくれ。
 もう本当に待ちきれない。早く天音を抱きしめてキスしたい。
 すると、天音が身体を震わせて、目尻から涙が流れ落ちた。

「初めてなわけ……ねぇじゃん。他にもセフレいるっつってんだろ……」

 それでもまだ天音は演技を続け、声がかすかに震えていた。
 涙がこぼれる天音の目尻にキスをして、天音を優しく見つめた。
 瞳いっぱいに涙をためて、怯えと戸惑い、動揺、そんな感情をひた隠しにして無表情を装う天音が、とにかく可愛くて愛おしくてたまらなかった。 
 次から次へとこぼれ落ちる天音の涙を指で拭う。

「何しゃべってても可愛いんだけど……ほんと参る……」

 俺のそばにいたいと必死で演技を続ける天音に、愛おしさがどんどんふくれあがり、喜びに心が震えた。

「もう泣くな」

 こぼれ落ちる天音の涙に何度もキスをした。

「もう泣かなくていいよ、天音。ほんと、ごめんな」
「な……にが」

 もう演技も限界だろうに、声も唇も震わせながらも無表情を保とうとする。

「面倒なのが嫌でセフレばっかり作ってたのに……俺が一番面倒臭い俺になってさ」

 もういいよ、もう本当の天音に戻って大丈夫だから。
 どう伝えれば分かってもらえるだろう。

「天音の目がさ……」
「目……?」
「ベッドでは脈あんのかなって思うのに、終わるとお前、ほんと俺に興味もないって目するから……。掴んでも掴んでも離れて行きそうで。すげぇチキンでごめん。もうずっとお前だけだったのに……マジで怖くて言えなかった」

 頬を優しく指で撫でながら、天音の顔にいくつものキスをそっと落とした。
 お願いだ。俺の気持ち、伝わってくれ。

「……俺だけ……って、ただセフレを一人に絞っただけ……だろ……?」
「……だよなぁ」

 思わず、はぁ、と深いため息が出てうつむいた。

「信用してもらえねぇよな。してもらえるわけねぇもんな。自業自得だな……」

 好きだと伝えれば、本当の天音に戻ってくれると簡単に考えていた。でも、そんな簡単な話じゃなかった。
 天音は本当に俺と離れたくなくて、本気で必死で演技をしてる。
 少しも感情を漏らさないよう、バレないよう、俺に切られないよう、本当に死ぬほど必死なんだ。
 そんな天音の本気に心を打たれた。
 こんな俺なんかをなんでそこまで……。
 心が震えるほど嬉しくて幸せで、でも、俺の本気の気持ちをうまく伝えられない不甲斐なさでいっぱいだった。
 俺はふたたび顔を上げて天音を見つめた。
 どう伝えれば俺の本気が伝わる?
 告白なんてしたことないからほんとわかんねぇ……。
 とにかく俺も必死で想いを伝える。もうそれしかない。

「俺は、お前が好きだよ、天音。本当に、お前だけだ」

 俺はゆっくりと言葉にして、気持ちを天音に伝えた。

「……お気に入りの……セフレだろ?」

 伝わってくれ。

「天音を抱いてから、他のセフレなんてどうでもよくなった。一日中お前のこと考えて、どんどんお前しか見えなくなった」
「う……嘘だ。だって……俺の代わりにヒデさんを家に……」

 頼むよ、伝われ。

「ちゃんと嫌われようと思ったんだ。じゃないとお前を離してやれそうになくて。お前のこと、追いかけちゃいそうでさ……」

 天音の瞳がまたゆれた。
 そんなの嘘だ、と言いたそうな瞳。
 本当だよ天音。信じて……頼むよ。

「でも、俺チキンだから……お前に嫌われることなんて言えそうになくてさ。だからヒデに協力してもらったんだよ。ヒデは家には上げてない」
「……う、嘘」
「天音が特別って。お前の特別も俺になればいいのにって思って何度も伝えた」
「……うそ……だ」
「キスマークにはらわたが煮えくり返ったのなんて……マジで初めてだったよ」
「……うそ……」

 天音の目からどんどん涙があふれてこぼれ落ちる。
 まるで自分に言い聞かせるみたいに何度も嘘だと繰り返す天音に、もう胸が張り裂けそうだった。
 
 
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