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冬磨編

40 俺に何の用だよ

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 どうにも落ち着かない週末を過ごした。
 天音が買ってきてくれたプリンを食べながら、やっぱり一緒に食べたかったな……としんみりしていると、また泣き顔の天音を思い出す。もう何度も思い出しては胸が痛い。
 天音の叫びと涙が頭から離れない。俺は何か間違っていたんじゃないかと後悔が押し寄せた。
 でもそのたびに、頬を染めてあの男を見つめる天音を思い出し、そうだ、これで合ってるんだと息をつく。その繰り返し。

 週明け仕事をしていても天音の泣き顔が浮かんで、胸が締め付けられた。天音と終わったことよりも、天音の泣き顔を思い出してつらい。
 天音……元気になったかな。
 元気がないよりも、怒り心頭で機嫌が悪い、のほうかな。
 でも、たぶん大丈夫だろう。週末はおそらくまたあの男と会って、笑顔の天音に戻っているはずだ。
 そう想像したら少し気分が落ち着いた。

 気分転換に企業回りをしたところ、なぜか今日はやたらとお菓子やサービス券などを手に握らされて戸惑った。
 今日の俺はあきらかに作り笑いではあったが、天音に出会う前と変わらないはずなのに、どうやら同情されたらしい。
 帰社して、もらったお菓子を同僚に譲り、そこでも同情の視線を浴びながら退勤した。
 どうやら外回りをしてる間に、俺が破局したという噂が広まったらしい。
 破局って……まだ始まってもいなかったけどな。
 まぁ心情的には合ってるな……。

 地下鉄を降りてマンションに向かう。
 今日も天音はあの男の家に行くんだろうか。
 このまま帰れば、俺はまた窓からアパートを眺めてしまいそうだ。
 週末もついつい見てしまった。一日中ではないから天音の姿は確認できなかったが、平日はやばい。きっと出入りする天音を見てしまう。
 ふと、バーに行こうか……と足を止めた。
 天音を守りたくて行かない選択をしたが、終わってしまえば行っていいんじゃないか。天音はもう関係ないと言えば、あっという間に広まるだろう。そうすれば、もうきっと騒動は起きない。
 そこまで考えて、グッと拳を握った。
 天音はもう関係ない、その言葉を口にするのも嫌だな……。
 ため息をついて、俺はまた歩きだした。
 最後の曲がり角を曲がると、俺のマンションの前にあの男が立っているのが見えて思わず立ち止まった。
 男のアパートの前じゃない。俺のマンションの前に立っている。
 向こうも俺に気づいたようで、こちらを向いた。
 どういうことだ? まさか俺を待ってる? あの男がどうして俺を?
 立ち止まってても仕方がない。俺はまた歩きだした。
 そもそもなぜあの男が俺の住んでいる場所を知っている?
 俺はあの男のアパートを知っているが、あの男は俺の家を知らないはずだ。
 ……天音が教えた?
 どんな理由で?
 ああ、そうか。本屋の前で目が合ったあと、あれは誰だという話になったのかもな。向かいのマンションに住んでるセフレだという会話でもしたんだろう。「それがどうした?」と言ってる天音が見えてくるようだ。
 でも、あの男が俺を待ち伏せする理由がわからない。だんだん近づいていく男の顔は、俺を敵視するような表情ではなかった。
 なんだよ、なんの用だよ……。
 気づかない振りをして通り過ぎようかとも思ったが、どうしても天音が気になった。あの叫びと涙が頭から離れず、今でも泣いているような気がして落ち着かないんだ。
 俺は男の目の前で立ち止まった。
 一言、この男から『元気だ』と聞けば安心できる。

「……天音、元気?」

 お互い天音のセフレというだけの関係。そんな相手にこの質問はキモいか、と口にしてから気がついた。
 
「気になる?」

 意味深に聞き返されて失敗したと顔をしかめる。
 元気かどうか答えるだけでいいのにこの返答。
 ……まぁたしかにな。ただのセフレ同士、仲良しこよしで会話するのもおかしいよな。

「……なんか用?」

 なんの用があるのかさっぱり分からない。
 どうでもいいから天音が元気かどうかだけ教えろよ……。
 
「敦司っ。外で待っててくれたの?」
「美香」

 後ろから聞こえてきた女の声に、男が反応して笑顔で手を振った。
 美香と呼ばれた子は、俺を見て「どうも」と会釈した。

「知り合い?」
「うん、まあね」

 あきらかに彼女感を漂わせるその子に眉が寄った。
 どういうことだよ。この男は天音を好きなんじゃないのか?
 いや、まだ分からないよな。友人かもしれないし、兄妹ってこともありえる。

「あ、この子、俺の彼女」
「……は?」

 聞いた瞬間に激しい怒りが湧き上がる。
 毎日のように天音を抱いておいて彼女持ちだと?
 
「あ、えっと、はじめまして」
 
 純粋そうな彼女の笑顔に、さらに男への怒りが倍増した。
 俺だってセフレが何人もいた。それでも本気の子を相手にはしなかったし、本命がいながらセフレもなんてありえない。
 俺は間違ってた。天音は素直になりたくてもなれないんだ。遊ばれてると分かってて、それでもこの男が好きなんだ。
 ふざけるな。天音の気持ちを踏みにじるなっ。

「お前、どういうつもりで天音を――――」
「あっ、待って、ストップ! 美香は天音のこと何も知らないから、ストップ」

 男の胸ぐらを掴みあげようと近づくと男にさえぎられた。
 無視するつもりが、あとに続いた言葉は聞き流せず俺は口をつぐむ。
 男の言う『何も知らない』が、天音の存在のことでも、セフレのことでもなく、ゲイのことだと分かったから。
 
「え? 私、天音くんは知ってるよ?」
「ああうん、そうだったよな? 美香、先に家行って待っててくれるか?」
「……うん、わかった」

 彼女は男から鍵を受け取って、もう一度俺に小さく頭を下げてからアパートへと入って行く。
 すぐにでも殴ってやりたかったが、男が彼女の耳に届かないよう部屋に入るのを待っているのが分かり、彼女を傷つけるのは違うとグッと我慢した。

「あのさ」

 男が口を開いて、もう我慢の必要はないと怒りをぶつけようとしたが、男が次に発した言葉にそんな気持ちも消え失せた。

「天音が自暴自棄になってんだわ。あんた止めてやってくんねぇか」
「……なに……自暴自棄?」

 天音が自暴自棄ってなんだよ。
 天音に何があったんだよ。
 胸がざわついて仕方ない。天音が心配で、一気に胸が苦しくなった。
 
 


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