【完結】本気だと相手にされないのでビッチを演じることにした

たっこ

文字の大きさ
上 下
111 / 154
冬磨編

39 ヒデの気持ち

しおりを挟む
「あいつ、なんかすげぇ怒ってたな?」
 
 袋に入ったプリンを眺めて動けないでいると、ヒデがすぐ横にある花壇の縁に腰掛けていた。
 
「ヒデ……」
「何叫んでんのかまでは聞こえなかったけどさ。ちゃんと嫌われるってのは成功したんじゃね?」
 
 あれは成功したのか……?
 成功……なのかな。
 あんなに怒る天音は初めてだ。たしかに成功したのかもしれない。
 
「ごめんな、ヒデ。憎まれ役なんて頼んじまって……」
「別に? ビビビはバー出禁だろ? 会うこともねぇし。どうでもいいよ。てか俺いらなかったんじゃね?」
「……いや、いてくれてよかったよ。ほんと、助かった」
「そ? お役に立てたならよかったけどさ」

 もしヒデがいなければ、今日の約束をドタキャンする演出は難しいし、関係を終わらせるのだって言葉だけでは俺には無理だったと思う。
 ヒデがいてくれて本当によかった。

「冬磨。ビビビと終わったんならさ。また俺とセフレに戻る?」
「……いや。俺、もうそういうのはいいわ」
「ビビビが好きだから?」
「うん。好きだから。そんな簡単に気持ち切り替えらんねぇよ」

 天音と終わっても、俺はずっと天音が好きだ。
 天音のそばにいられなくなったら、またモノクロの世界に戻るだろうとずっと思ってた。
 でも、俺の世界はまだ明るかった。天音の幸せを願うだけで、天音の笑顔を守れたと思うだけで、切ないけど幸せなんだ。
 ただ、最後に泣かせたことだけが気がかりだった……。

「冬磨。ちょっとこっち見て」
「……なんだよ」
「いいから」

 言われた通りに顔を上げると、ヒデがじっと俺を見据えてくる。

「俺の目、どう見える?」
「どう……って?」
「お前が好きって、言ってる?」

 ヒデの言葉が衝撃的で一瞬思考が止まった。

「…………え?」

 今なんて言った?
 好きって言ったか?

「お前さ。そういうの、敏感なんだろ?」
「……嘘だろ?」

 ヒデからはそんな気持ちを感じ取ったことはない。
 今だって何も感じない。
 自分はそういうのには敏感だとずっと思ってた。
 嘘だろ……?
 すると、ヒデが真剣な表情をふと和らげて、ははっと笑った。

「実はさ。俺もわかんねぇの」
「え」
「ずっと弟みたいに思ってたよ、お前のこと」

 それは知ってる。俺が一番よく分かってる。
 ヒデはずっといい兄ちゃんで、俺を好きにはならない安心感がすごく居心地がよかったんだ。

「まぁ、好きになってもどうにもならないって分かってるから、対象外にしたってのもあるけどさ」
「……マジ……でか」

 最初から対象外だと思ってた。ヒデからはそういう空気を感じてたのに、それは俺の思い込みだったのか……。

「ビビビが現れた時も、本気でよかったじゃんって思ったんだよ。でも、お前のデレデレした顔みたとき、ちょっとだけ嫉妬した。自分でもなんでかよくわかんねぇけどさ」
「……よくわかんない、って……」
「そう。よくわかんねぇの。嫉妬って好きだからするんだと思ってたしさ。じゃあ俺、お前が好きなのかなーって。わかんねぇから、お前に目ぇ見てもらった」

 ヒデの目が、また俺を射抜くように見つめてきた。

「俺の目、お前が好きって言ってる?」
「……ごめん、わかんねぇ。よく見せられるギラギラした目じゃないことだけはわかるけど……」

 好意を向けてくる熱っぽい目。ギラギラした目。俺が嫌いなそういう目では絶対にない。

「でも俺、もしお前が恋人になろうって言ってきたらOKするよ?」

 ハッとした。文哉にはOKしないのに俺にはするのか……。

「そういうことだよ、冬磨」
「……そういうこと?」
「だから、そういうこと。ちょっとだけの好意は、お前は分かんねぇってこと」

 ヒデが立ち上がって歩き出す。
 ちょっとだけの好意……。
 俺はなんでも分かった気になってた。熱っぽい目じゃなければ、俺に気がないと安心してた。
 ヒデが、俺にちょっとは気があったって……そういうことか?

「じゃあな」
「ヒデ……ごめん」

 なんでも分かってる気になって、俺はヒデを傷つけていたのかもしれない。

「別に、謝ってほしいわけじゃねぇって。そうじゃなくてさ。まだ気づかない?」
「……え?」
「ちょっと気があるくらいなら、ビビビもありえるってことだよ」

 思いもよらないことを言われて、俺は言葉に詰まった。
 あんな興味もないって目で俺を見る天音が……いや、ないだろう。

「じゃなきゃ、あんな怒んないんじゃね?」
「……いや、もしそうだとしても……どうにもならねぇよ」

 ちょっと気があるくらいじゃ、あの男には太刀打ちできない。できるわけがない。
 ヒデが「ふぅん。そっか」と、ため息まじりにつぶやいた。

「じゃあ俺、文哉が待ってるから帰るわ」

 と、ヒデが手を振って帰りかけ、「忘れてた」と鍵を俺に向かって投げて寄こした。
 
「ヒデ、ありがとな」
「おー」
「文哉にも謝っといて」
「残業っつってあるから。本当のこと話したらあいつきっとうるさいし」
「うるさい?」
「嫉妬して、うるさい」

 そう言ってヒデは顔をしかめた。
 でも、さっき俺に見せた目よりも、よっぽど文哉が気になってるように俺には見えて、少しだけホッとした。
 なんだかんだ、あの二人上手くいくんじゃねぇかな。そうなればいいな。
 
 
しおりを挟む
◆よろしければ読んでみてください◆

マスターの日常 短編集
冬磨×天音のおまけ♡LINE風会話
感想 171

あなたにおすすめの小説

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「本当に可愛い。」 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

処理中です...