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冬磨編

28 ヒデが責任を感じるな

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「冬磨、なんかよくない空気だよ」

 木曜日。バーに行くと、ヒデが寄ってきて耳打ちしてきた。
 
「よくないって?」
「冬磨の特別って誰だよって。ざわざわしだした」
「……そっか」

 特別発言から一週間。やっぱ広まるよな。

「みんな連絡取り合って、最近誰も誘われてないってのもバレたよ」
「……わかった。ヒデ、さんきゅ」
「あれ、思ったより冷静だな?」
「……まぁ。実は今日ここで整理しようと思ってた」
 
 天音を好きだと自覚してから、どんどん膨れ上がる自分の気持ち。
 セフレをそのままにしておくのはもう嫌だった。たとえもう会わないとしても。

「やっと自覚した?」
「……したよ。はっきりと」
「やっとかよ、おっせーな。もしかして初恋か?」 
「んなわけねぇだろ。俺をいくつだと思ってんだ」
「そこまで本気になったのはどうせ初めてなんだろ?」

 図星すぎて言葉に詰まった。
 親が生きてた頃から本当に適当だった。ゲイだと公言していても寄ってくるのは女ばかりで、ろくな恋愛ができなかったのもある。
 こんなに毎日想い続けるほど人を好きになるのはマジで初めてだ。
 マスターがクロスでグラスを磨きながら、しみじみと口にした。

「冬磨の本気は普通の本気とはわけが違うからな。まぁ時間がかかったのは仕方ねぇわな」
「どういう意味?」

 ヒデが聞き返す。

「まぁ色々あってな。冬磨の本気は、すごい覚悟の本気ってこと。すげぇ重たい本気なんだよ」
「重たいって……全然いい意味に聞こえねぇし」

 俺が文句を言うと「どこか間違ってるか?」なんて言うから何も言えなかった。
 重たい……たしかに重たいな。
 できることなら四六時中見張って守っていたい。天音に危険が及ばないように。
 彼氏でもないのにウザすぎるな。いや、彼氏でもウザいか。

「ビビビは幸せだな? 俺も重たいくらい愛されてみたいわ」
「文哉も相当だろ?」
「……好きになった男にって意味だよ」
「文哉はダメか?」
「んー。そういう感情になんねぇんだよな。冬磨ならわかるだろ?」

 わかりすぎる。俺も天音に出会うまではそうだったから。

「セフレ切るの、頑張って。そこはさすがに手伝えねぇし」
「そこまで当てにしてねぇよ。さんきゅ」
「ま、自然消滅省けばそんなにいないだろ?」
「……そうなのか? 俺何人いるか把握してねぇんだよ」
 
 ヒデが呆れた顔でため息をついてから、注意すべき子の名前を俺に教えた。

「え、まことが?」
「うん。ちょっと取り乱してたって耳に入ってきた」

 今までそんな感じじゃなかったけどな、と思いつつ、一応心に留めておいた。

「マスター。あのさ……」

 セフレを整理しようと覚悟してから、悩んで出した答えをマスターに伝えるのが苦しい。
 でも、天音を危険にさらすわけにはいかないんだ。

「セフレの整理が終わったらさ……」
「うん?」

 俺も天音も、もうここには来ない。
 その言葉が口から出ない。
 週末からずっと考えてた。自分で連絡ができるセフレがたとえ穏便に終わったとしても、危険は無くならないだろうという考えに至った。
 俺が誰も相手にしないと知れ渡っていても、未だに誘われ続けている。
 その誰かが天音に絡むかもしれない。攻撃するかもしれない。実際に一度、天音に絡んできた奴がいた。だからどうしても心配だった。
 親の事故のあと、一番世話になったのがマスターだと言い切れる。酔いつぶれて泣いて暴れて手が付けられない俺を世話してくれたこともあった。何日も店に泊めてくれたこともあった。そんなマスターに、どう伝えればいいのかどれだけ悩んでも答えが出なかった。
 もう直球で言うしかない。でも、ここには来られなくなっても付き合いだけは続けたいな……。

「整理が……終わったらさ……」

 なかなか次の言葉が出ない俺に、マスターが先に言葉にしてくれた。

「また日曜に二人で飲もう」
「…………え?」
「もう来ない方がいいと俺も思うよ。事件になったら店も困るしな?」
「マスター……」

 バーが休みの日曜日に、ここで二人でたまに飲むことがある。マスターもたまにはダラダラと飲みたいから付き合えと言って。
 これからも、そうやって付き合っていけるんだと安堵して、そして喜びが込み上げた。

「天音によろしくな?」
「あ……いや、明日は顔出そうと思ってたんだけどさ……」
「お、ならよかった」

 お別れくらい言いたいしな、とマスターが笑う。
 セフレの整理も本当は思い立ったらすぐに行動したかったが、天音を最後にマスターに会わせてやりたくて今日まで引き伸ばした。せめて明日まではここで待ち合わせができるように。

「天音、マスターのこと好きだしさ」
「俺じゃなくて店がだろ?」
「いや、絶対マスターが好きだよ。見てたらわかる」
「マジ? やっぱり俺もワンチャン……」

 俺が睨むとマスターはおかしそうに笑った。
 
 マスターとヒデが見守る中、俺はセフレ全員に電話をした。今までずっとやり取りはメッセージだったから、電話で伝えることで俺の本気が伝わってほしかった。
 あっさりと承諾してくれたのは一人だけ。片想いだと伝えると豪快に笑われた。あとは動揺したり、怒ったり、泣き出す子もいた。みんな俺には本気じゃないはずなのに、それでもこういう反応になるのか……と正直驚いた。
 とりあえず一通り電話をかけたが、どうも全員穏便にとはいかない感じだった。

「承諾はしてくれたけど……って感じかな」
「ま、冬磨だしね。そうだろうと思った」

 一番肝心の真は、電話には出なかった。

「たぶん察して出なかったんだと思うな」
「……まぁ、出るまでかけ続けるよ」
「なんとかわかってくれるといいけどな……。真も、みんなもさ」

 ヒデの目線はずっと俺のスマホ。その表情は俺を心配しているというよりも、セフレのみんなを心配しているように見えた。

「俺がセフレ増やしたのはさ。ヒデに言われたからってだけじゃねぇからな?」
「……え?」

 唐突な俺の言葉に、ヒデが戸惑いの表情を見せる。

「条件に合う子ならいいかって俺も適当に増やしたし、ヒデに言われたからってだけじゃねぇよ。だからヒデが責任を感じるな」
「……いや……でも、数人いればいいって言うお前に、もっとって言ったのは俺だしさ」
「あの頃はな。でも、そのあとは違うんだ。ほんと俺は適当だったんだよ。セフレが楽でさ。断るのも面倒だったりな? そんなんで増えちゃったんだよ。ヒデに言われたからってだけじゃねぇから。マジで」

 そう言ってもやっぱり責任を感じてるヒデの顔。
 ヒデは何も関係ないのにヒデまで胸を痛めるなよ。
 何を言ってもヒデには響かない。責任感が強すぎる。
 ほんと、ヒデはいい兄ちゃんなんだよな。
 
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