【完結】本気だと相手にされないのでビッチを演じることにした

たっこ

文字の大きさ
上 下
100 / 154
冬磨編

28 ヒデが責任を感じるな

しおりを挟む
「冬磨、なんかよくない空気だよ」

 木曜日。バーに行くと、ヒデが寄ってきて耳打ちしてきた。
 
「よくないって?」
「冬磨の特別って誰だよって。ざわざわしだした」
「……そっか」

 特別発言から一週間。やっぱ広まるよな。

「みんな連絡取り合って、最近誰も誘われてないってのもバレたよ」
「……わかった。ヒデ、さんきゅ」
「あれ、思ったより冷静だな?」
「……まぁ。実は今日ここで整理しようと思ってた」
 
 天音を好きだと自覚してから、どんどん膨れ上がる自分の気持ち。
 セフレをそのままにしておくのはもう嫌だった。たとえもう会わないとしても。

「やっと自覚した?」
「……したよ。はっきりと」
「やっとかよ、おっせーな。もしかして初恋か?」 
「んなわけねぇだろ。俺をいくつだと思ってんだ」
「そこまで本気になったのはどうせ初めてなんだろ?」

 図星すぎて言葉に詰まった。
 親が生きてた頃から本当に適当だった。ゲイだと公言していても寄ってくるのは女ばかりで、ろくな恋愛ができなかったのもある。
 こんなに毎日想い続けるほど人を好きになるのはマジで初めてだ。
 マスターがクロスでグラスを磨きながら、しみじみと口にした。

「冬磨の本気は普通の本気とはわけが違うからな。まぁ時間がかかったのは仕方ねぇわな」
「どういう意味?」

 ヒデが聞き返す。

「まぁ色々あってな。冬磨の本気は、すごい覚悟の本気ってこと。すげぇ重たい本気なんだよ」
「重たいって……全然いい意味に聞こえねぇし」

 俺が文句を言うと「どこか間違ってるか?」なんて言うから何も言えなかった。
 重たい……たしかに重たいな。
 できることなら四六時中見張って守っていたい。天音に危険が及ばないように。
 彼氏でもないのにウザすぎるな。いや、彼氏でもウザいか。

「ビビビは幸せだな? 俺も重たいくらい愛されてみたいわ」
「文哉も相当だろ?」
「……好きになった男にって意味だよ」
「文哉はダメか?」
「んー。そういう感情になんねぇんだよな。冬磨ならわかるだろ?」

 わかりすぎる。俺も天音に出会うまではそうだったから。

「セフレ切るの、頑張って。そこはさすがに手伝えねぇし」
「そこまで当てにしてねぇよ。さんきゅ」
「ま、自然消滅省けばそんなにいないだろ?」
「……そうなのか? 俺何人いるか把握してねぇんだよ」
 
 ヒデが呆れた顔でため息をついてから、注意すべき子の名前を俺に教えた。

「え、まことが?」
「うん。ちょっと取り乱してたって耳に入ってきた」

 今までそんな感じじゃなかったけどな、と思いつつ、一応心に留めておいた。

「マスター。あのさ……」

 セフレを整理しようと覚悟してから、悩んで出した答えをマスターに伝えるのが苦しい。
 でも、天音を危険にさらすわけにはいかないんだ。

「セフレの整理が終わったらさ……」
「うん?」

 俺も天音も、もうここには来ない。
 その言葉が口から出ない。
 週末からずっと考えてた。自分で連絡ができるセフレがたとえ穏便に終わったとしても、危険は無くならないだろうという考えに至った。
 俺が誰も相手にしないと知れ渡っていても、未だに誘われ続けている。
 その誰かが天音に絡むかもしれない。攻撃するかもしれない。実際に一度、天音に絡んできた奴がいた。だからどうしても心配だった。
 親の事故のあと、一番世話になったのがマスターだと言い切れる。酔いつぶれて泣いて暴れて手が付けられない俺を世話してくれたこともあった。何日も店に泊めてくれたこともあった。そんなマスターに、どう伝えればいいのかどれだけ悩んでも答えが出なかった。
 もう直球で言うしかない。でも、ここには来られなくなっても付き合いだけは続けたいな……。

「整理が……終わったらさ……」

 なかなか次の言葉が出ない俺に、マスターが先に言葉にしてくれた。

「また日曜に二人で飲もう」
「…………え?」
「もう来ない方がいいと俺も思うよ。事件になったら店も困るしな?」
「マスター……」

 バーが休みの日曜日に、ここで二人でたまに飲むことがある。マスターもたまにはダラダラと飲みたいから付き合えと言って。
 これからも、そうやって付き合っていけるんだと安堵して、そして喜びが込み上げた。

「天音によろしくな?」
「あ……いや、明日は顔出そうと思ってたんだけどさ……」
「お、ならよかった」

 お別れくらい言いたいしな、とマスターが笑う。
 セフレの整理も本当は思い立ったらすぐに行動したかったが、天音を最後にマスターに会わせてやりたくて今日まで引き伸ばした。せめて明日まではここで待ち合わせができるように。

「天音、マスターのこと好きだしさ」
「俺じゃなくて店がだろ?」
「いや、絶対マスターが好きだよ。見てたらわかる」
「マジ? やっぱり俺もワンチャン……」

 俺が睨むとマスターはおかしそうに笑った。
 
 マスターとヒデが見守る中、俺はセフレ全員に電話をした。今までずっとやり取りはメッセージだったから、電話で伝えることで俺の本気が伝わってほしかった。
 あっさりと承諾してくれたのは一人だけ。片想いだと伝えると豪快に笑われた。あとは動揺したり、怒ったり、泣き出す子もいた。みんな俺には本気じゃないはずなのに、それでもこういう反応になるのか……と正直驚いた。
 とりあえず一通り電話をかけたが、どうも全員穏便にとはいかない感じだった。

「承諾はしてくれたけど……って感じかな」
「ま、冬磨だしね。そうだろうと思った」

 一番肝心の真は、電話には出なかった。

「たぶん察して出なかったんだと思うな」
「……まぁ、出るまでかけ続けるよ」
「なんとかわかってくれるといいけどな……。真も、みんなもさ」

 ヒデの目線はずっと俺のスマホ。その表情は俺を心配しているというよりも、セフレのみんなを心配しているように見えた。

「俺がセフレ増やしたのはさ。ヒデに言われたからってだけじゃねぇからな?」
「……え?」

 唐突な俺の言葉に、ヒデが戸惑いの表情を見せる。

「条件に合う子ならいいかって俺も適当に増やしたし、ヒデに言われたからってだけじゃねぇよ。だからヒデが責任を感じるな」
「……いや……でも、数人いればいいって言うお前に、もっとって言ったのは俺だしさ」
「あの頃はな。でも、そのあとは違うんだ。ほんと俺は適当だったんだよ。セフレが楽でさ。断るのも面倒だったりな? そんなんで増えちゃったんだよ。ヒデに言われたからってだけじゃねぇから。マジで」

 そう言ってもやっぱり責任を感じてるヒデの顔。
 ヒデは何も関係ないのにヒデまで胸を痛めるなよ。
 何を言ってもヒデには響かない。責任感が強すぎる。
 ほんと、ヒデはいい兄ちゃんなんだよな。
 
しおりを挟む
感想 171

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

諦めようとした話。

みつば
BL
もう限界だった。僕がどうしても君に与えられない幸せに目を背けているのは。 どうか幸せになって 溺愛攻め(微執着)×ネガティブ受け(めんどくさい)

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

処理中です...