100 / 149
冬磨編
28 ヒデが責任を感じるな
しおりを挟む
「冬磨、なんかよくない空気だよ」
木曜日。バーに行くと、ヒデが寄ってきて耳打ちしてきた。
「よくないって?」
「冬磨の特別って誰だよって。ざわざわしだした」
「……そっか」
特別発言から一週間。やっぱ広まるよな。
「みんな連絡取り合って、最近誰も誘われてないってのもバレたよ」
「……わかった。ヒデ、さんきゅ」
「あれ、思ったより冷静だな?」
「……まぁ。実は今日ここで整理しようと思ってた」
天音を好きだと自覚してから、どんどん膨れ上がる自分の気持ち。
セフレをそのままにしておくのはもう嫌だった。たとえもう会わないとしても。
「やっと自覚した?」
「……したよ。はっきりと」
「やっとかよ、おっせーな。もしかして初恋か?」
「んなわけねぇだろ。俺をいくつだと思ってんだ」
「そこまで本気になったのはどうせ初めてなんだろ?」
図星すぎて言葉に詰まった。
親が生きてた頃から本当に適当だった。ゲイだと公言していても寄ってくるのは女ばかりで、ろくな恋愛ができなかったのもある。
こんなに毎日想い続けるほど人を好きになるのはマジで初めてだ。
マスターがクロスでグラスを磨きながら、しみじみと口にした。
「冬磨の本気は普通の本気とはわけが違うからな。まぁ時間がかかったのは仕方ねぇわな」
「どういう意味?」
ヒデが聞き返す。
「まぁ色々あってな。冬磨の本気は、すごい覚悟の本気ってこと。すげぇ重たい本気なんだよ」
「重たいって……全然いい意味に聞こえねぇし」
俺が文句を言うと「どこか間違ってるか?」なんて言うから何も言えなかった。
重たい……たしかに重たいな。
できることなら四六時中見張って守っていたい。天音に危険が及ばないように。
彼氏でもないのにウザすぎるな。いや、彼氏でもウザいか。
「ビビビは幸せだな? 俺も重たいくらい愛されてみたいわ」
「文哉も相当だろ?」
「……好きになった男にって意味だよ」
「文哉はダメか?」
「んー。そういう感情になんねぇんだよな。冬磨ならわかるだろ?」
わかりすぎる。俺も天音に出会うまではそうだったから。
「セフレ切るの、頑張って。そこはさすがに手伝えねぇし」
「そこまで当てにしてねぇよ。さんきゅ」
「ま、自然消滅省けばそんなにいないだろ?」
「……そうなのか? 俺何人いるか把握してねぇんだよ」
ヒデが呆れた顔でため息をついてから、注意すべき子の名前を俺に教えた。
「え、真が?」
「うん。ちょっと取り乱してたって耳に入ってきた」
今までそんな感じじゃなかったけどな、と思いつつ、一応心に留めておいた。
「マスター。あのさ……」
セフレを整理しようと覚悟してから、悩んで出した答えをマスターに伝えるのが苦しい。
でも、天音を危険にさらすわけにはいかないんだ。
「セフレの整理が終わったらさ……」
「うん?」
俺も天音も、もうここには来ない。
その言葉が口から出ない。
週末からずっと考えてた。自分で連絡ができるセフレがたとえ穏便に終わったとしても、危険は無くならないだろうという考えに至った。
俺が誰も相手にしないと知れ渡っていても、未だに誘われ続けている。
その誰かが天音に絡むかもしれない。攻撃するかもしれない。実際に一度、天音に絡んできた奴がいた。だからどうしても心配だった。
親の事故のあと、一番世話になったのがマスターだと言い切れる。酔いつぶれて泣いて暴れて手が付けられない俺を世話してくれたこともあった。何日も店に泊めてくれたこともあった。そんなマスターに、どう伝えればいいのかどれだけ悩んでも答えが出なかった。
もう直球で言うしかない。でも、ここには来られなくなっても付き合いだけは続けたいな……。
「整理が……終わったらさ……」
なかなか次の言葉が出ない俺に、マスターが先に言葉にしてくれた。
「また日曜に二人で飲もう」
「…………え?」
「もう来ない方がいいと俺も思うよ。事件になったら店も困るしな?」
「マスター……」
バーが休みの日曜日に、ここで二人でたまに飲むことがある。マスターもたまにはダラダラと飲みたいから付き合えと言って。
これからも、そうやって付き合っていけるんだと安堵して、そして喜びが込み上げた。
「天音によろしくな?」
「あ……いや、明日は顔出そうと思ってたんだけどさ……」
「お、ならよかった」
お別れくらい言いたいしな、とマスターが笑う。
セフレの整理も本当は思い立ったらすぐに行動したかったが、天音を最後にマスターに会わせてやりたくて今日まで引き伸ばした。せめて明日まではここで待ち合わせができるように。
「天音、マスターのこと好きだしさ」
「俺じゃなくて店がだろ?」
「いや、絶対マスターが好きだよ。見てたらわかる」
「マジ? やっぱり俺もワンチャン……」
俺が睨むとマスターはおかしそうに笑った。
マスターとヒデが見守る中、俺はセフレ全員に電話をした。今までずっとやり取りはメッセージだったから、電話で伝えることで俺の本気が伝わってほしかった。
あっさりと承諾してくれたのは一人だけ。片想いだと伝えると豪快に笑われた。あとは動揺したり、怒ったり、泣き出す子もいた。みんな俺には本気じゃないはずなのに、それでもこういう反応になるのか……と正直驚いた。
とりあえず一通り電話をかけたが、どうも全員穏便にとはいかない感じだった。
「承諾はしてくれたけど……って感じかな」
「ま、冬磨だしね。そうだろうと思った」
一番肝心の真は、電話には出なかった。
「たぶん察して出なかったんだと思うな」
「……まぁ、出るまでかけ続けるよ」
「なんとかわかってくれるといいけどな……。真も、みんなもさ」
ヒデの目線はずっと俺のスマホ。その表情は俺を心配しているというよりも、セフレのみんなを心配しているように見えた。
「俺がセフレ増やしたのはさ。ヒデに言われたからってだけじゃねぇからな?」
「……え?」
唐突な俺の言葉に、ヒデが戸惑いの表情を見せる。
「条件に合う子ならいいかって俺も適当に増やしたし、ヒデに言われたからってだけじゃねぇよ。だからヒデが責任を感じるな」
「……いや……でも、数人いればいいって言うお前に、もっとって言ったのは俺だしさ」
「あの頃はな。でも、そのあとは違うんだ。ほんと俺は適当だったんだよ。セフレが楽でさ。断るのも面倒だったりな? そんなんで増えちゃったんだよ。ヒデに言われたからってだけじゃねぇから。マジで」
そう言ってもやっぱり責任を感じてるヒデの顔。
ヒデは何も関係ないのにヒデまで胸を痛めるなよ。
何を言ってもヒデには響かない。責任感が強すぎる。
ほんと、ヒデはいい兄ちゃんなんだよな。
木曜日。バーに行くと、ヒデが寄ってきて耳打ちしてきた。
「よくないって?」
「冬磨の特別って誰だよって。ざわざわしだした」
「……そっか」
特別発言から一週間。やっぱ広まるよな。
「みんな連絡取り合って、最近誰も誘われてないってのもバレたよ」
「……わかった。ヒデ、さんきゅ」
「あれ、思ったより冷静だな?」
「……まぁ。実は今日ここで整理しようと思ってた」
天音を好きだと自覚してから、どんどん膨れ上がる自分の気持ち。
セフレをそのままにしておくのはもう嫌だった。たとえもう会わないとしても。
「やっと自覚した?」
「……したよ。はっきりと」
「やっとかよ、おっせーな。もしかして初恋か?」
「んなわけねぇだろ。俺をいくつだと思ってんだ」
「そこまで本気になったのはどうせ初めてなんだろ?」
図星すぎて言葉に詰まった。
親が生きてた頃から本当に適当だった。ゲイだと公言していても寄ってくるのは女ばかりで、ろくな恋愛ができなかったのもある。
こんなに毎日想い続けるほど人を好きになるのはマジで初めてだ。
マスターがクロスでグラスを磨きながら、しみじみと口にした。
「冬磨の本気は普通の本気とはわけが違うからな。まぁ時間がかかったのは仕方ねぇわな」
「どういう意味?」
ヒデが聞き返す。
「まぁ色々あってな。冬磨の本気は、すごい覚悟の本気ってこと。すげぇ重たい本気なんだよ」
「重たいって……全然いい意味に聞こえねぇし」
俺が文句を言うと「どこか間違ってるか?」なんて言うから何も言えなかった。
重たい……たしかに重たいな。
できることなら四六時中見張って守っていたい。天音に危険が及ばないように。
彼氏でもないのにウザすぎるな。いや、彼氏でもウザいか。
「ビビビは幸せだな? 俺も重たいくらい愛されてみたいわ」
「文哉も相当だろ?」
「……好きになった男にって意味だよ」
「文哉はダメか?」
「んー。そういう感情になんねぇんだよな。冬磨ならわかるだろ?」
わかりすぎる。俺も天音に出会うまではそうだったから。
「セフレ切るの、頑張って。そこはさすがに手伝えねぇし」
「そこまで当てにしてねぇよ。さんきゅ」
「ま、自然消滅省けばそんなにいないだろ?」
「……そうなのか? 俺何人いるか把握してねぇんだよ」
ヒデが呆れた顔でため息をついてから、注意すべき子の名前を俺に教えた。
「え、真が?」
「うん。ちょっと取り乱してたって耳に入ってきた」
今までそんな感じじゃなかったけどな、と思いつつ、一応心に留めておいた。
「マスター。あのさ……」
セフレを整理しようと覚悟してから、悩んで出した答えをマスターに伝えるのが苦しい。
でも、天音を危険にさらすわけにはいかないんだ。
「セフレの整理が終わったらさ……」
「うん?」
俺も天音も、もうここには来ない。
その言葉が口から出ない。
週末からずっと考えてた。自分で連絡ができるセフレがたとえ穏便に終わったとしても、危険は無くならないだろうという考えに至った。
俺が誰も相手にしないと知れ渡っていても、未だに誘われ続けている。
その誰かが天音に絡むかもしれない。攻撃するかもしれない。実際に一度、天音に絡んできた奴がいた。だからどうしても心配だった。
親の事故のあと、一番世話になったのがマスターだと言い切れる。酔いつぶれて泣いて暴れて手が付けられない俺を世話してくれたこともあった。何日も店に泊めてくれたこともあった。そんなマスターに、どう伝えればいいのかどれだけ悩んでも答えが出なかった。
もう直球で言うしかない。でも、ここには来られなくなっても付き合いだけは続けたいな……。
「整理が……終わったらさ……」
なかなか次の言葉が出ない俺に、マスターが先に言葉にしてくれた。
「また日曜に二人で飲もう」
「…………え?」
「もう来ない方がいいと俺も思うよ。事件になったら店も困るしな?」
「マスター……」
バーが休みの日曜日に、ここで二人でたまに飲むことがある。マスターもたまにはダラダラと飲みたいから付き合えと言って。
これからも、そうやって付き合っていけるんだと安堵して、そして喜びが込み上げた。
「天音によろしくな?」
「あ……いや、明日は顔出そうと思ってたんだけどさ……」
「お、ならよかった」
お別れくらい言いたいしな、とマスターが笑う。
セフレの整理も本当は思い立ったらすぐに行動したかったが、天音を最後にマスターに会わせてやりたくて今日まで引き伸ばした。せめて明日まではここで待ち合わせができるように。
「天音、マスターのこと好きだしさ」
「俺じゃなくて店がだろ?」
「いや、絶対マスターが好きだよ。見てたらわかる」
「マジ? やっぱり俺もワンチャン……」
俺が睨むとマスターはおかしそうに笑った。
マスターとヒデが見守る中、俺はセフレ全員に電話をした。今までずっとやり取りはメッセージだったから、電話で伝えることで俺の本気が伝わってほしかった。
あっさりと承諾してくれたのは一人だけ。片想いだと伝えると豪快に笑われた。あとは動揺したり、怒ったり、泣き出す子もいた。みんな俺には本気じゃないはずなのに、それでもこういう反応になるのか……と正直驚いた。
とりあえず一通り電話をかけたが、どうも全員穏便にとはいかない感じだった。
「承諾はしてくれたけど……って感じかな」
「ま、冬磨だしね。そうだろうと思った」
一番肝心の真は、電話には出なかった。
「たぶん察して出なかったんだと思うな」
「……まぁ、出るまでかけ続けるよ」
「なんとかわかってくれるといいけどな……。真も、みんなもさ」
ヒデの目線はずっと俺のスマホ。その表情は俺を心配しているというよりも、セフレのみんなを心配しているように見えた。
「俺がセフレ増やしたのはさ。ヒデに言われたからってだけじゃねぇからな?」
「……え?」
唐突な俺の言葉に、ヒデが戸惑いの表情を見せる。
「条件に合う子ならいいかって俺も適当に増やしたし、ヒデに言われたからってだけじゃねぇよ。だからヒデが責任を感じるな」
「……いや……でも、数人いればいいって言うお前に、もっとって言ったのは俺だしさ」
「あの頃はな。でも、そのあとは違うんだ。ほんと俺は適当だったんだよ。セフレが楽でさ。断るのも面倒だったりな? そんなんで増えちゃったんだよ。ヒデに言われたからってだけじゃねぇから。マジで」
そう言ってもやっぱり責任を感じてるヒデの顔。
ヒデは何も関係ないのにヒデまで胸を痛めるなよ。
何を言ってもヒデには響かない。責任感が強すぎる。
ほんと、ヒデはいい兄ちゃんなんだよな。
86
お気に入りに追加
2,086
あなたにおすすめの小説
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)
R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉
あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた!
弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?
その部屋に残るのは、甘い香りだけ。
ロウバイ
BL
愛を思い出した攻めと愛を諦めた受けです。
同じ大学に通う、ひょんなことから言葉を交わすようになったハジメとシュウ。
仲はどんどん深まり、シュウからの告白を皮切りに同棲するほどにまで関係は進展するが、男女の恋愛とは違い明確な「ゴール」のない二人の関係は、失速していく。
一人家で二人の関係を見つめ悩み続けるシュウとは対照的に、ハジメは毎晩夜の街に出かけ二人の関係から目を背けてしまう…。
身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!
冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。
「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」
前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて……
演技チャラ男攻め×美人人間不信受け
※最終的にはハッピーエンドです
※何かしら地雷のある方にはお勧めしません
※ムーンライトノベルズにも投稿しています
貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話
タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。
叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……?
エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる