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冬磨編

27 これからは天音のために生きる

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「天音のスーツ姿ってなんか意外。でも、ちゃんと社会人じゃん」
「なんだよ、ちゃんとって」
「天音の会社ってここだったんだな」

 俺の家から車を走らせたら数分だ。地下鉄も二駅くらいだろ。

「知ってんの……?」

 かなりの個人情報だが、天音はなにも警戒していない。そんな天音に俺は舞い上がった。
 やっぱ俺、最下位じゃねぇかも。嬉しくて口角が上がった。

「うん、俺ん家から結構近い。てか天音って本名だったんだな」
「そりゃ……そうだろ」

 無表情の中にもどこか不思議そうな顔。
 バーを利用するとき用の偽名なんて考えないタイプなんだな。

「見て悪かったよ。てか星川天音ってすげぇ綺麗じゃん。天の川と星の音か。すげぇロマンチックだな? 名付け親は?」
「……父さん。すげぇ星好きだから」
「へぇ。天音も星好き?」
「……うん、好き」

 思いがけず天音の好きなものがわかった。デートに誘えるっ!
 佐竹! あんがとっ!
 思わず佐竹の顔が浮かんで感謝を伝えた。
 でも、なんて言えばいいんだ?
 上手い誘い方なんてわかんねぇ。もう直球でいいか。

「じゃあ今度星見に行こうぜ? 俺、夜景好きだから星も好きかも」
 
 言ってしまってから、ちょっと強引すぎたか? と後悔した。
 それに、夜景うんぬんはどうでもよかったな……。
 星も好きかも……って、なんか言い方間違えたな……。
 微妙な表情をする天音に思わずひるんだ。
 やっぱセフレとデートなんて無いか? ダメか?
 でも、もう誘ってしまったんだから開き直るしかない。
 俺は名札をリュックのポケットにしまってベッドに戻り、天音の隣に横になった。肘枕で天音を見下ろしてじっと見つめる。
 いいって言ってくれ。天音とデートがしたいんだよ、頼む。ホテルでやるだけなんてもう嫌なんだ。

「……別に、行ってもいいけど」
「お? マジ? 行く?」

 天音とデート。マジか、デートだ。
 佐竹、今度ランチおごるからっ。

「でも、どうせ見に行くなら絶対天の川が見えるとこのがいいよ。この辺とは全然違うから。見れば絶対夜景より星のが好きになるよ」

 天音がめずらしく饒舌じょうぜつに天の川について語る。
 本当は俺も、天の川を見に行こうと言いたかった。でも、この辺じゃ見られないだろうと思うとさすがに無理かと諦めた。
 ちょっと待て。これってしっかりデートでいいってことか? ちょっとのデートじゃ天の川まで無理だよな?
 天音、マジ?

「……つっても遠すぎるから、俺とは無理でもいつか絶対見てみろよ。天の川」

 …………だよな。
 俺は、目と口は笑ったままガックリとした。
 だから勘違いしちゃうだろっつーの……。
 いや、勘違いにしねぇよ。こんなの押し通すに決まってるだろ。

「なんで? せっかくじゃん。見に行こうぜ? 天音の天の川」

 天音がちょっとのデートにしようとしてても知らんぷりだ。
 しっかりデートにしてやる。
 そう思って天音の頭をクシャッと撫でた。

「なんだよ、天音の天の川って。くさ……」
「いいだろ? 天音の天の川。すげぇ綺麗」

 天音はそのまま何も言わなくなった。これはOKってことでいいのか? いいんだな?
 しっかりデートにするからな。

「天音」
「……なに」
「俺、小田切冬磨」
「…………え?」
「俺の名前。小田切冬磨。お前の見ちゃったから。これでおあいこな?」

 見てなくても教えたけど。
 あれがもし名札じゃなくても教えたけどな。
 頭を撫でると、天音が静かに口を開いた。

「……ほかに……知ってる人、は?」
「ん? ほか?」
「ほかの……セフレ……」

 そろそろ分かれよ、天音だけが特別だって。
 だからお前の特別も俺になれ。

「は? そんなの教えるわけねぇじゃん。天音だけだよ」

 そう答えた瞬間、天音が俺の胸に顔をうずめて抱きついてきた。
 なんだなんだ、なんだよっ。だから勘違いしちゃうだろって……っ。
 なんで俺、抱きしめられてんの? セフレを抱きしめるって……もうこれ俺が好きなんじゃねぇの? 違うのかっ?
 心臓の動悸が天音にバレそうでハラハラした。

「あ、天音? おい……?」
「…………眠い。もう寝る」
「あ、ああ……眠いのか。うん、おやすみ」
 
 なん……だよ、眠いだけかよ。
 ほんと……ちょいちょい俺の心臓止めにくるな……。
 お前は寝るとき抱き枕が必要な奴なのか……。
 絶対俺以外のセフレと泊まるなよ。こんなの俺だけにしろよ。じゃなきゃほんとみんな勘違いしちゃうって……。
 天音の頭を優しく撫でながら、胸が張り裂けそうになって苦笑した。
 抱くよりもドキドキするってなんなんだ。中坊かよ俺は。
 でも、この張り裂けそうな胸の痛みが、震えるほど嬉しい。
 俺いま、本当にちゃんと生きてるんだな……。
 これからはもう天音のために生きよう。天音を守るために、天音の笑顔を取り戻すために、それだけのために生きてもいいと思える。 
 本当に愛おしい。大好きだよ……天音。
 どうしたら俺は、お前に好きになってもらえる……?
 
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