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冬磨編

23 天音とデートは難しい

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「小田切主任、まずは食事に誘いましょうっ。一番誘いやすいしOKもらいやすいですよっ」
「……デートにならねぇんだよそれじゃ」

 たとえ食事だけのつもりで誘っても、食べ終わったらホテルに行くんだろ、って思われるだけだ。
 食べたあとに帰ろうって言ったら……絶対『はぁ?』って言うだろうな。言うに決まってる。
 普通のデートができると思えない。天音とデート……難しすぎるな。

「主任っ。食事も立派なデートっすよっ」
「……あー……いや……」
 
 まさかセフレとホテルに行く前に食事するだけになっちゃうんだよ、なんて言えねぇな。

「……ありがとな、佐竹。なんか、考えてみるわ」

 三本目のタバコが吸い終わっても、天音からの返事はなかった。
 先週断られたばっかなのにしつこかったか……。

「……そんな顔の主任、初めて見ました。最近本当に変わりましたよね」
「ん? 俺変わったか?」
「変わりましたよ。なんかすごく表情が豊かになったっす。今までよりもすごく雰囲気が穏やかだし。ときどきふっと優しく微笑んでたりして」
「は……いや、それはねぇだろ……」

 なんだよ、ふっと優しく微笑むって。俺が仕事中に? まさかだろ。
 俺の否定を無視して佐竹は続けた。

「なにより笑顔が全然違いますっ。今までもめっちゃ素敵な笑顔でしたけど、今は百倍くらい素敵ですっ」

 またふんすっと鼻を鳴らしながら佐竹が力説した。

「……マジか……」
「マジですよっ。ほんと全然違いますっ。だからみんな、絶対恋人できたんだーって大騒ぎなんすよ」
「……ああ、そういうことか」

 素敵って表現はどうかと思うが、全然違うのは自分でも自覚があった。朝起きて鏡を見た瞬間にわかる。今までにない穏やかな顔の自分。モノクロの世界で生きてきた俺とは別人の顔。
 今ではもう笑顔を無理やり貼り付けなくても自然と笑えるようにまでなった。世界も色付いて明るくなった。天音がそばにいなくても、ただ想っているだけで。
 でも、仕事中にふっと微笑むってなんだよ。キモ……。
 しかし疑問は解けた。だから恋人ができたと誤解されたのか。なるほどな。

「佐竹。俺が片想いってことは内緒な? みんなには恋人ができたって思わせといて」

 そう頼むと、佐竹が満面の笑みで答えた。
 
「もちろんっすよ! 俺だけが知った小田切主任の秘密は絶対話しませんって!」
「いや、秘密ってほどでもないんだけどな?」
「すごい秘密ですよ! だって小田切主任が片想いって!」

 佐竹がまた、ふんすっふんすっと鼻を鳴らす。

「あ、でも、もし話したとしてもたぶん誰も信じないと思いますけどね」

 スン、と真顔になってそんなことを言うから思わず笑った。

「佐竹、ちょっとコーヒー運ぶの手伝ってくれるか?」

 佐竹が「え、コーヒーですか? 運ぶって?」と不思議そうな顔で俺に付いて喫煙所を出た。


 一日中、天音の返信を待ちながらそわそわして仕事をした。
 天音だって仕事中だ。だから返信できないんだろう。そう思うように努力しながら仕事をこなした。
 天音に出会ってから、なぜか仕事がはかどることが多く、今日みたいな日は初めてだった。
 返事が来ない、それだけでダメージを受けてる自分が本当に情けない。
 仕事が終わったら今度こそ返事がくるかも。そう思って落ち着かない気持ちで、俺はバーには行かずにまっすぐ帰宅した。
 もしバーに行ったあとに天音に断られたら、酔いつぶれる自信があった。そうすれば何を口走るかわからない。天音の耳に入れたくないことまでペラペラしゃべって広まったら困る。そんな心配までして帰宅した。
 いつもならすぐにシャワーを浴びるのに、とにかく返事が気になって動けない。
 ソファに座ってスマホをいじりながら、ひたすら返事を待った。
 やべぇな俺。ほんと必死すぎる……。とため息をついたとき、スマホが震えて天音からのメッセージ通知が目に飛び込んできた。
 期待と不安で激しく心臓が鼓動し始める。
 俺マジでチキンだな……。
 自分にあきれつつ通知をタップした。

『強制とか意味わかんねぇ』

 読んだ瞬間、天音だ、と思って口元がゆるんだ。
 こういう反応が返ってくるって、本当に天音しかいないから新鮮だ。どう見ても可愛げがないこの返事に、可愛いと思ってしまう自分に苦笑する。
 でも、これはきっと拒絶じゃない。天音が本気で拒絶したら、こうは返ってこない。最初からはっきり断ってくるはずだ。
 そう思ったら、つい調子に乗った。

『強制だからな』

 勢いで打って送信する。
 なんて返事が返って来るだろう。天音の反応にドキドキしながらもワクワクした。

『終わったらすぐ寝るからな』

 届いた天音の返事が嬉しすぎて思わず笑った。
『勘弁しろよ、恋人じゃねぇんだからさ』
 前回はそう言って断った天音が泊まりを許した。
 少しづつでも俺に気を許してくれてると思っていいだろうか。

『朝まで寝かせないけどな』

 寝かせるのももったいないくらい、一晩中抱いていたい。
 天音のあの可愛い声をずっと聞いていたい。
 ほんと、金曜日にワープしねぇかな……。


 
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