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冬磨編

11 俺は本気じゃない

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 天音と会ったあとは今までにないほど心が穏やかで、毎日が少しづつ楽しくなっていった。
 金曜日も天音に会いたいな……なんて考えてる自分に苦笑する。セフレで週二はないだろ。ほんと俺どうした。天音がお気に入りすぎて笑えてくる。
 本当に天音は俺にとって特別な存在だった。
 平日に天音で癒されてる俺は、他のセフレと金曜日に会う必要性を感じなかった。だから誘わないでいると不思議と向こうから誘いが入るが、どこか気が進まない。だから断り続けていた。
 でも、毎週断る理由でもないよな……と、久しぶりに他のセフレに会った。天音と出会ってから、他のセフレと会うのは初めてだった。この間会ったヒデとはやらなかったからカウントは無しで。


「……すまん、ほんとごめん」
「いいよ、そんな日もあるよね」

 気にしないで、と先に着替えを済ませホテルを出ていくセフレを見送った。
 ホテルまで来てシャワーにも入ったのに、どうしてもできそうになかった。
 頭の中は天音のことばかりで、今から他のセフレとするのかと思うとスっと気持ちが冷めていった。

「マジか……」

 天音の存在が俺の中でこんなに大きくなっていたなんて……。
 俺はソファに座って天井を仰いだ。


 ホテルを出てもまだ帰るには時間が早い。
 俺はふたたびバーに戻った。
 
「おや。お早いお戻りで」

 たいして驚きもせずマスターが茶化す。
 すぐにいつもの酒を俺に用意しながら言った。

「もしかして、できなかった?」
「……え」

 まだ何も言ってないのに言い当てられた驚きに目を見張る。

「やっぱりな」
「なんで……」
「わかるさ。表情が違いすぎる」

 表情が違う?
 なんのことだ?
 わけがわからなくて眉が寄る。

「待ち合わせて出ていくときのお前の顔だよ。天音とほかの奴と、雲泥の差。お前が天音を誘ったときからわかってた」

 思いもよらないことを言われて、思わず「嘘だろ」と言葉がこぼれた。

「自覚なかった?」
「……ない。……いや、確かに天音はお気に入りだけど」
「おやおやまあまあ。気づけてよかったな?」

 ……よかった? 何が?

「なんもよくねぇよ」
「なんでだよ。やっと本気になれる奴ができたじゃん」
「……そんなんじゃねぇよ」
「素直じゃねぇな」
「俺はもう大切な存在は作りたくない」

 あんなつらい思いは二度と味わいたくない。

「それに天音だぞ? マスターから見てどう? 俺脈あると思う?」

 そう問いかけると、マスターは瞬きをしながら考え込んで同情の目を俺にむけた。

「だろ?」
「お前……なんでそんな攻略の難しいところに行くかねぇ。ほかの子なら一発OKだろうに」 
「だから……別に本気なわけじゃねぇって」
「どう見ても本気だろ。お前が一人の子と頻繁に会うなんてさ」
「……だから、本気じゃない」
「はー。ほんと素直じゃねぇな」
「俺はもう大切な存在は作らない。だから本気にはならない。それに、本気になったら切られるだろ。天音だぞ?」
「本気になったら切られるって思ってる時点で本気だろって」
「しつこい。違うって」

 あきれ顔のマスターの大きなため息が聞こえる。
 もし天音が俺を好きになってくれたら、それはきっと、すごく嬉しい。でも、もう大切な存在はいらない。作りたくない。
 だから俺は、天音には本気にならない。
 本気にはならないけど、もう天音だけいればいい。天音だけを抱いていたいと思う。

「お前、今後どうするんだ? 天音以外整理すんの?」
「……しなきゃな」
「おお、やっとか。なんか感慨深いなぁ」
「でも、天音の耳には入れたくない……」
「切られそうで怖い?」
「……怖いよ」

 カウンターに肘を乗せ、手の甲に額を預ける。
 俺が天音だけに絞ったなんて知られたら絶対切られるだろ。『お前面倒くせぇ』という天音の声が聞こえてくる気がした。

「天音に切られるのも怖いけど、整理すると天音に絡む奴がでてくるかもしれねぇし……」
「ああ、確かにそうだな……」

 俺に本気じゃない、媚ない、干渉しないをクリアしてるから大丈夫だとは思うけど、一方的に切ったときにどう出るか予想できない。

「しばらく放置でいいんじゃねぇの?」

 そのとき突然ヒデの声が聞こえてきて、振り返ろうと思ったときにはもう隣に座ってた。

「ヒデ、なに、聞こえた?」

 俺もマスターも、周りに聞こえないよう小声で話してたつもりだった。

「天音以外整理するって聞こえた気がして、耳ダンボにして聞いてた。大丈夫、聞こえたのなんて俺だけだよ」

 ヒデの言う通り、周りの様子をみても大丈夫そうだ。

「おや、めずらしい」

 俺がセフレと待ち合わせ以外で会話をしないと知っているマスターが驚く顔を見せた。

「俺らもうセフレ解消してんの。俺が切った」
「え、ヒデが切ったの? マジでか」
「うん。お前もういいわって切られた」

 俺が苦笑すると、ヒデが頼んだ酒を準備しながらマスターが目を丸くする。

「だからこれからは俺ら飲み友だから」

 と笑顔でマスターから酒を受け取ったヒデが、「乾杯」と俺のグラスに自分のグラスをカチンと合わせた。

「お、それいいな。ほかのセフレもそうなればいいな?」

 というマスターの言葉に「それは無理じゃねぇかな」と言ってビデが気の毒そうな顔を俺に向ける。

「冬磨が心配する通りのことが起こると思うな」
「……天音が絡まれる?」
「可能性はあると思う。だから、みんながなんか変だって気づくまで放置しなよ。そのほうがみんなもゆっくり覚悟できるしさ」

 ゆっくり覚悟……。覚悟が必要なことなのか。

「これはヒデの言う通りにしたほうがよさそうだな」

 マスターの言葉に俺もうなずいた。
 
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