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冬磨編

3 日だまりの笑顔

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 椅子に腰をかけながら「誰かと待ち合わせ?」と問いかけると「噂の美形を見に来た」と言う。
 なるほど。それでさっきの「大袈裟ってわけでもない」の発言か。
 俺を見に来た言われると、またか……といつもならうんざりするところだ。でも、見たあとの反応がほかと全く違うからか、少しも嫌悪感がない。そんな自分に少し驚いた。

「うーわ。いま自分で美形って認めたな?」

 天音の言葉に、ああ確かにそうだな、と気がつく。
 当たり前に自分のことだと思ってしまった。
 そんな指摘すら初めてで、天音の何もかもが新鮮だった。

「そこはさぁ。普通『いや俺、全然美形じゃないし』とか謙遜しねぇ?」

 と嫌味を言い放つ天音に、俺は楽しくなってわざとオウム返しをしてみる。

「いや俺、全然美形じゃないしー」

 すると、天音が驚いた顔で「ぷはっ」と吹き出した。
 さっきまでの無表情が嘘のようなその笑顔に、俺の胸がふわっとあたたかくなって、驚いて一瞬固まった。
 天音の笑顔はまるで日だまりのようで、俺のモノクロの世界に色を加えた。その日だまりの笑顔だけが鮮やかに浮かび上がった。

 こんなことは、あの吹雪の日に出会ったあの子以来だ。
 天音の笑顔で思い出し、懐かしくなる。
 あの日、俺は文哉と飲んでいた。隣の席で派手にお酒をこぼした彼の濡れた足を、俺がタオルで拭いてあげた。

『あ、あのっ、すみませんっ、ごめんなさいっ、すみませんっ』

 何度も謝罪を繰り返す彼はとにかく一生懸命で、綺麗で真っ白な子だな、と思った。
 そう、なんだかすごく綺麗で真っ白で……俺なんかがふれちゃいけない雰囲気の子だった。

『あなたは濡れてませんかっ?!』
『ほ、本当にっ? 良かった!』

 あのときの彼の笑顔も、日だまりみたいだった。
 パッと彼だけが鮮やかに色づいて、思わず釘付けになった。時が止まったように感じた。
 純新無垢で、まるで天使みたいな子……。
 彼の目から好意を感じ取った瞬間、俺は身構えた。彼には落胆したくない。なぜかそう思った。
 でも、俺の胸の中はずっとあたたかくて、彼の好意を心地いいと感じていた。そんなところも本当に天使みたいだと思った。
 もっとこの子のことを知りたい。そう思ったけれど、いや、だめだろ……俺みたいなゲスが穢しちゃだめな子だとすぐに思い直した。
 そのあと忘れ物のマフラーを走って届け、俺が忘れかけていたあたたかい気持ちを思い出させてくれてありがとう、そんな思いを込めて彼の首にマフラーを巻いた。
 あの時、自然に笑っている自分に気づいてハッとした。
 作って貼り付けた笑顔じゃなく、あの子には自然に笑ってた。一生懸命な彼に自然と笑顔がこぼれた。
 世界が色付くのも、胸があたたかくなるのも、自然と笑うのも、事故のあと初めてのことだった。

 もう顔もよく覚えていないが、あの吹雪の子と天音はどこか雰囲気が似ている気がする。なにより笑顔が似ている。
 タイプは全然違うのに、天音の笑顔を見るとあの子を思い出す。
 俺の世界を色付けた、天音と吹雪の子……。

 天音の笑顔は一瞬だった。スッと無表情に戻って、俺の世界もまたモノクロに戻る。 
 もう一度……笑ってくんねぇかな……。

 天音は俺の噂を聞いて、気になりすぎて見に来たという。
 噂は大袈裟ではなかったと言いながらも「神レベルはねぇな」と鼻で笑った。
 これは本気で嬉しかった。わかってるじゃん、天音。俺に対するみんなの評価は高すぎる。神レベルってまじで意味がわからない。
 天音とは仲良くなれそうだ、そう思ったのもつかの間、「満足したから帰る」と言い出した。

「えっ?」

 俺が声を上げる前にマスターに先を越された。  

「なに?」

 驚くマスターに、腰を上げかけた天音がまた座り直す。なぜか俺はホッとした。

「え? いや、てっきり冬磨にお誘いかけると思ってた」
「は? なんで?」
「大袈裟じゃなかったってことは美形だって認めたんだろ? 流れ的にそうかなって思って」
「ないね。それはない」
 
 完全否定されて、どこかガッカリしてる自分がいた。

「はは。俺、天音にとってはないんだ」
「うん、ないね。だって俺、病気うつされたくねぇし」
「は…………」

 今……なんて言った?
 病気をうつす? 俺が?
 マスターが、こらえきれないというようにぶはっと吹き出した。

「だって。絶対相手にしてもらえないって噂だけどさ。会ってみてわかったわ。あんた、セフレ多すぎて忙しいから新しい人相手にできねぇだけだろ?」

 病気うんぬんは置いといて、今の天音の言葉は図星すぎて苦笑しかでない。
 マスターが、いよいよ腹を抱えて笑いだす。
 笑いすぎだろ……。

「まぁ、正解かな」
「やっぱりね。俺そこまでの奴は無理。信用出来ねぇし」

 その言葉を聞いたとたん、無性に天音がほしくなった。
 吹雪の子と同じように、俺の世界を色付けてくれる存在。
 俺には興味もないと言わんばかりの態度。
 天音以上に理想の相手はもう現れないかもしれない。

「天音は、セフレとかいないタイプ?」
「いや? てかセフレしかいない。俺は誰も好きにならないから」

 無表情で言い放たれた『誰も好きにならない』という言葉が気になった。
 天音もなにか訳ありだろうか。
 どこか自分と似たものを感じる。

「俺を病原菌みたいに言うってことは、天音はよっぽどちゃんとしてるんだな?」
「当たり前だろ? ゴム付けない奴とはしたこともねぇよ」

 やっぱり理想的だ。絶対に天音がほしい。
 吹雪の子にはふれちゃだめだったけど、セフレのいる天音ならいいかな……。

「ふぅん。俺もそこはちゃんとしてるぞ?」
「あっそ。じゃあ病原菌扱いは訂正してやるよ」
「それはよかった」

 病原菌は訂正してもらえた。なら、いいよな?

「天音。俺をセフレの一人に追加しない?」

「…………は?」

 天音が、何言ってんだ? と言いたそうな顔で俺を見て固まった。
 嘘だろ? とでも言うように。

「ぶっはっ!」

 思わず派手に吹き出した。
 天音は本当に俺に興味がないんだな。ここまでの奴はなかなかいない。ますます天音がほしくなる。
 マスターも一緒になって笑い転げた。

「まさか冬磨の誘い受けて唖然とする奴がいるなんてな?」
「すげぇ。俺、今日日記つけっかな。誘ったら唖然とされました、マルって」

 冗談を言いながら天音を観察した。
 自分から誘うなんて、もういつぶりかも覚えてない。
 こんなに自信がないのは初めてだった。

「天音、俺を追加してくれる?」

 いつまでも唖然と固まっている天音に、もう一度たずねた。
 いいって言ってくれ、天音。

「……いい……けど……」

 複雑そうな表情で天音が答える。
 よし、言質は取った。
 天音の気が変わらないうちにさっさとホテルに行こう。

「じゃあ天音。行く?」
「行く……?」

 この流れでも、どこに行くのかと不思議そうにする天音を可愛いと思った。
 ただ、本当に無表情で感情が読めない。
 誰も好きにならないという言葉もそうだし、天音はいったい何を抱えているんだろう。
 自分とどこか似たものを感じる天音が、少し心配になった。
 
 
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