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冬磨編
1 罰してくれ
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「俺が殺したんだよっ!! 俺がっ!! なんで誰も責めないんだよっ!! 責めろよっ!! 責めろっ!! 責めろぉぉっっ!!」
父さん母さんに、俺が贈った函館旅行。
帰りの山道でトラックと衝突した。
俺が旅行に行けなんて言わなければ、こんなことにはならなかった。
ばあちゃんもじいちゃんも親戚の大人たちも、泣きわめく俺をただ抱きしめるだけだった。
つらかった。
誰か罰してくれ。
罰してくれよ、俺を。
仏壇を見るのが嫌だった。
父さんも母さんも、絶対に俺を責めてない。
それがわかるから、嫌だった。
俺は和室を閉め切った。
それでもつらくて、そのうち家に帰らなくなった。
ダチの家を転々として、そのうちゲイバーも利用するようになった。
適当に夜を過ごす毎日。
一人じゃなければそれでいい。
あの日を境に、俺の世界から色が消え去った――――
◇
「おいお前! よくも俺を騙したなっ!」
「……は?」
同じ学部の、ちょっと話したことがある、それくらいの男が俺を突然攻撃してきた。
「お前ゲイだって言ったじゃねーかっ!」
なにを怒っているのかさっぱりわからない。
「俺はゲイだけど?」
「ふざけんなっ!! 女寝取っておいて何言ってんだよっ!!」
「……はぁ?」
一番ありえないことを言われて目が点になる。
どこの誰だそんな嘘ついてる奴は。
俺はどうやら見た目が人より恵まれていて、昔から女子が群がってくる。でも、ただただ迷惑なだけだった。
だから、俺は早くからゲイだとカムアウトしている。恋愛対象にはならないから群がるな、とアピールしているが、ただの女避けだと誤解されることも多々あった。
「俺は女とはやらない」
「絵里はっ?! お前絵里寝取っただろっ!!」
「絵里?」
家で寝るのが嫌で転々としてる俺は、女の家にもよく泊まる。
もちろんそういうのは無しでだ。ゲイだと理解して、友達として泊めてくれる奴の家には遠慮なく泊まる。面倒には巻き込まれたくないから、彼氏の有無だけ確認して。
最近泊めてくれた子が、確か絵里って言ってたな。
「俺は彼氏がいない子の家にしか泊まらないし、女とはやらない。だから、寝取ってない」
「はぁっ?! ふざけんなよっ!! 嘘ばっか言いやがってっ!!」
殴りかかろうとする男の腕を取ってひねる上げる。
ほんと、面倒臭い。こういうのが嫌なんだ。
ここは学食。それなりに人がいて注目を集めてる。丁度いい。俺はみんなに聞こえるように声を張った。
「悪いんだけど、これ広めてくれる? 俺はゲイだから、男しか好きにならない。女は対象外。絶対に無理。俺と寝たって言ってる奴がもしいたら、そいつは嘘つきだから」
離せ離せとうるさい男の腕を離す。
「わかった? どう頑張っても、俺は女は抱けねぇの。それから、この間家に泊めてくれた絵里ちゃんなら、彼氏なんかいないから泊まっても大丈夫って言ってたぞ?」
まるで沸騰したような真っ赤な顔で、男は学食を出て行った。
こういった面倒事が、たびたびあるから嫌になる。
泊まり歩くのをやめればいい。わかってる。
それでも俺は、家に帰りたくない。
仏壇を見たくない。
一人で眠りたくない。
ゲイバーを利用して人肌に癒されても、知らない奴とは一緒には眠れないから相手は帰らせる。そうなると寝るときは一人だ。
ダチの家に泊まり歩いて睡眠を取るか、人肌に癒されて一人で眠るか……。
もう、すべてに疲れた。
本当は、もう毎日がどうでもいい。
なんで俺……生きてんだろ……。
親が生きてる間はそこそこ真面目にやっていたから、すでに内定済みで就活は終わってた。
抜け殻みたいな生活でもなんとか卒業して社会人になれた。
仕事に没頭するようになって、泊まり歩くのはやめた。
和室を閉め切った家でなら、なんとか過ごせるようにもなった。
でも、ときどき掃除で和室を開け、そのたびに仏壇が目に入る。
父さん母さんが消えたあの日が鮮明によみがえり、俺は罪悪感に苛まれる。
親を殺した俺が、なんで普通に生きてんだろ……。
誰か……俺を殺してくれ……。
そう思うともうだめだった。一人でいるのは危険。
掃除を終わらせ、アキラに連絡をしようとスマホを手に取ってから思い出す。そうだ、アキラは切ったんだった……。
俺は急いで家を出てバーに向かった。
一人でいたくない。
人肌が恋しい……。
誰か見つかるかな……。
「冬磨、お前アキラのこと切ったんだって?」
バーに行くとマスターが開口一番にその話を振ってきた。
「……ああ、うん。勝手にキスしてきたからさ。なんで知ってんの?」
「この間、カウンターでずっと愚痴ってたよ」
「……愚痴るくらいならキスなんてしなきゃいいのに」
「自慢したかったんだろ」
好きでもない奴とキスとかマジで勘弁。絶対無理。
椅子に腰かけようとして、震える手に気づいてハッとした。
まずい。マスターに気づかれたら心配かける……。
また死にたいと思ってるなんて……マスターには知られたくない。
もうマスターに迷惑をかけるのは充分だ……。
「冬磨、いま他に誰かいるのか?」
「……いや、いない」
アキラはやっと見つけた面倒にならないセフレだった。
早くほかを見つけなきゃな……。
「お前、条件厳しいんだって」
「そうかな……普通だと思うけど」
俺に本気じゃない、媚びない、干渉しない、キス、フェラ無し、絶対ゴムありで。好きになったら終わり。
ゲイバーで見つける相手なんてこれくらいが普通じゃね?
「まだ発作起きるのか?」
ギクリとした。
それでもなんとか気づかれないよう平静を装う。
「発作って。言い方……」
「死にたくなるなんて立派な発作だろ。……事故からどれくらい経ったっけ?」
「……来月で、もう二年」
「そっか、十一月だったな。まだ二年か……。お前さ、いい加減ちゃんと相手見つけたら? 毎日誰かに癒してもらったほうがいいって」
「面倒臭い。それにたぶん俺、もう誰も好きになれないと思うわ……」
「冬磨……」
大事な人を作りたくない。たぶん脳が無意識にそう拒否してる気がする。
父さん母さんがいなくなった日を思い出しては心臓が凍る。
あんな思いはこれ以上したくない。
俺はもうずっと一人でいい。
死にたくなったときに癒してくれる人肌があればそれでいい。
「ここ、いいかな?」
声をかけられたと思ったら、俺の返事も聞かず隣の椅子に腰をかける男。
「まだいいって言ってねぇけど」
「はは。怖。ねぇ、誰も好きになれないって、なんで?」
「は?」
初対面でズカズカとプライベートに踏み込んでくる奴は嫌いだ。
「俺でよければ、毎日癒してあげるよ?」
それでも、毎日癒してあげる、その言葉は魅力的だった。
俺に本気か媚びてくる奴ばかりで、相手がなかなか見つからない。妥協すると面倒になることもあった。
こいつは大丈夫。そう思っても、頻繁に会えばそのうち目が訴えてくる。好きだと。
俺のなにを見て好きになるんだ。どうせ外見だけだろ。俺のことなんてなにも知らないくせに……。
男の目をじっと見る。なにも動揺せず、ただ見返してきた。
俺を好きじゃない目に出会うと、本当にホッとする。
中性的でサバサバとした雰囲気もよかった。
「毎日は必要ねぇんだけど」
「いいよ。死にたくなったとき呼んでくれれば癒してあげる」
そこも聞かれてたか……とうなだれた。
できれば誰にも知られたくなかった。
「それ、もう二度と口にすんな。頼むから」
「ん、わかった」
「俺は冬磨。あんたは?」
「俺はヒデ。冬磨のことは知ってるよ、有名だしね」
「条件がある。マウストゥマウスのキスとフェラは無し、それから――――」
「それも知ってる。あとは絶対ゴムだろ。それに安心して。俺は絶対にあんたを好きにならないから」
理想的な相手が現れた、と思った。
「……あと、もう一つ条件」
「なに、まだあんの?」
「俺は一人には絞りたくないんだ。何人セフレを作っても文句は言わないでくれるか?」
俺が自分で危険だと思ったとき誰か一人でも連絡がつくように、できれば他にもセフレがほしい。
「いいよ。ってか俺、他にもセフレいるし」
「……いいね、ヒデ。気が合いそうだ」
「お、サンキュー」
手の震えがおさまらない。もう限界だった。
「今日このあと、いい?」
「いいよ。すぐ行く?」
「……頼む」
すぐに相手が見つかってよかった、と俺は安堵した。
今度は少しでも長く続くようにしよう……。
父さん母さんに、俺が贈った函館旅行。
帰りの山道でトラックと衝突した。
俺が旅行に行けなんて言わなければ、こんなことにはならなかった。
ばあちゃんもじいちゃんも親戚の大人たちも、泣きわめく俺をただ抱きしめるだけだった。
つらかった。
誰か罰してくれ。
罰してくれよ、俺を。
仏壇を見るのが嫌だった。
父さんも母さんも、絶対に俺を責めてない。
それがわかるから、嫌だった。
俺は和室を閉め切った。
それでもつらくて、そのうち家に帰らなくなった。
ダチの家を転々として、そのうちゲイバーも利用するようになった。
適当に夜を過ごす毎日。
一人じゃなければそれでいい。
あの日を境に、俺の世界から色が消え去った――――
◇
「おいお前! よくも俺を騙したなっ!」
「……は?」
同じ学部の、ちょっと話したことがある、それくらいの男が俺を突然攻撃してきた。
「お前ゲイだって言ったじゃねーかっ!」
なにを怒っているのかさっぱりわからない。
「俺はゲイだけど?」
「ふざけんなっ!! 女寝取っておいて何言ってんだよっ!!」
「……はぁ?」
一番ありえないことを言われて目が点になる。
どこの誰だそんな嘘ついてる奴は。
俺はどうやら見た目が人より恵まれていて、昔から女子が群がってくる。でも、ただただ迷惑なだけだった。
だから、俺は早くからゲイだとカムアウトしている。恋愛対象にはならないから群がるな、とアピールしているが、ただの女避けだと誤解されることも多々あった。
「俺は女とはやらない」
「絵里はっ?! お前絵里寝取っただろっ!!」
「絵里?」
家で寝るのが嫌で転々としてる俺は、女の家にもよく泊まる。
もちろんそういうのは無しでだ。ゲイだと理解して、友達として泊めてくれる奴の家には遠慮なく泊まる。面倒には巻き込まれたくないから、彼氏の有無だけ確認して。
最近泊めてくれた子が、確か絵里って言ってたな。
「俺は彼氏がいない子の家にしか泊まらないし、女とはやらない。だから、寝取ってない」
「はぁっ?! ふざけんなよっ!! 嘘ばっか言いやがってっ!!」
殴りかかろうとする男の腕を取ってひねる上げる。
ほんと、面倒臭い。こういうのが嫌なんだ。
ここは学食。それなりに人がいて注目を集めてる。丁度いい。俺はみんなに聞こえるように声を張った。
「悪いんだけど、これ広めてくれる? 俺はゲイだから、男しか好きにならない。女は対象外。絶対に無理。俺と寝たって言ってる奴がもしいたら、そいつは嘘つきだから」
離せ離せとうるさい男の腕を離す。
「わかった? どう頑張っても、俺は女は抱けねぇの。それから、この間家に泊めてくれた絵里ちゃんなら、彼氏なんかいないから泊まっても大丈夫って言ってたぞ?」
まるで沸騰したような真っ赤な顔で、男は学食を出て行った。
こういった面倒事が、たびたびあるから嫌になる。
泊まり歩くのをやめればいい。わかってる。
それでも俺は、家に帰りたくない。
仏壇を見たくない。
一人で眠りたくない。
ゲイバーを利用して人肌に癒されても、知らない奴とは一緒には眠れないから相手は帰らせる。そうなると寝るときは一人だ。
ダチの家に泊まり歩いて睡眠を取るか、人肌に癒されて一人で眠るか……。
もう、すべてに疲れた。
本当は、もう毎日がどうでもいい。
なんで俺……生きてんだろ……。
親が生きてる間はそこそこ真面目にやっていたから、すでに内定済みで就活は終わってた。
抜け殻みたいな生活でもなんとか卒業して社会人になれた。
仕事に没頭するようになって、泊まり歩くのはやめた。
和室を閉め切った家でなら、なんとか過ごせるようにもなった。
でも、ときどき掃除で和室を開け、そのたびに仏壇が目に入る。
父さん母さんが消えたあの日が鮮明によみがえり、俺は罪悪感に苛まれる。
親を殺した俺が、なんで普通に生きてんだろ……。
誰か……俺を殺してくれ……。
そう思うともうだめだった。一人でいるのは危険。
掃除を終わらせ、アキラに連絡をしようとスマホを手に取ってから思い出す。そうだ、アキラは切ったんだった……。
俺は急いで家を出てバーに向かった。
一人でいたくない。
人肌が恋しい……。
誰か見つかるかな……。
「冬磨、お前アキラのこと切ったんだって?」
バーに行くとマスターが開口一番にその話を振ってきた。
「……ああ、うん。勝手にキスしてきたからさ。なんで知ってんの?」
「この間、カウンターでずっと愚痴ってたよ」
「……愚痴るくらいならキスなんてしなきゃいいのに」
「自慢したかったんだろ」
好きでもない奴とキスとかマジで勘弁。絶対無理。
椅子に腰かけようとして、震える手に気づいてハッとした。
まずい。マスターに気づかれたら心配かける……。
また死にたいと思ってるなんて……マスターには知られたくない。
もうマスターに迷惑をかけるのは充分だ……。
「冬磨、いま他に誰かいるのか?」
「……いや、いない」
アキラはやっと見つけた面倒にならないセフレだった。
早くほかを見つけなきゃな……。
「お前、条件厳しいんだって」
「そうかな……普通だと思うけど」
俺に本気じゃない、媚びない、干渉しない、キス、フェラ無し、絶対ゴムありで。好きになったら終わり。
ゲイバーで見つける相手なんてこれくらいが普通じゃね?
「まだ発作起きるのか?」
ギクリとした。
それでもなんとか気づかれないよう平静を装う。
「発作って。言い方……」
「死にたくなるなんて立派な発作だろ。……事故からどれくらい経ったっけ?」
「……来月で、もう二年」
「そっか、十一月だったな。まだ二年か……。お前さ、いい加減ちゃんと相手見つけたら? 毎日誰かに癒してもらったほうがいいって」
「面倒臭い。それにたぶん俺、もう誰も好きになれないと思うわ……」
「冬磨……」
大事な人を作りたくない。たぶん脳が無意識にそう拒否してる気がする。
父さん母さんがいなくなった日を思い出しては心臓が凍る。
あんな思いはこれ以上したくない。
俺はもうずっと一人でいい。
死にたくなったときに癒してくれる人肌があればそれでいい。
「ここ、いいかな?」
声をかけられたと思ったら、俺の返事も聞かず隣の椅子に腰をかける男。
「まだいいって言ってねぇけど」
「はは。怖。ねぇ、誰も好きになれないって、なんで?」
「は?」
初対面でズカズカとプライベートに踏み込んでくる奴は嫌いだ。
「俺でよければ、毎日癒してあげるよ?」
それでも、毎日癒してあげる、その言葉は魅力的だった。
俺に本気か媚びてくる奴ばかりで、相手がなかなか見つからない。妥協すると面倒になることもあった。
こいつは大丈夫。そう思っても、頻繁に会えばそのうち目が訴えてくる。好きだと。
俺のなにを見て好きになるんだ。どうせ外見だけだろ。俺のことなんてなにも知らないくせに……。
男の目をじっと見る。なにも動揺せず、ただ見返してきた。
俺を好きじゃない目に出会うと、本当にホッとする。
中性的でサバサバとした雰囲気もよかった。
「毎日は必要ねぇんだけど」
「いいよ。死にたくなったとき呼んでくれれば癒してあげる」
そこも聞かれてたか……とうなだれた。
できれば誰にも知られたくなかった。
「それ、もう二度と口にすんな。頼むから」
「ん、わかった」
「俺は冬磨。あんたは?」
「俺はヒデ。冬磨のことは知ってるよ、有名だしね」
「条件がある。マウストゥマウスのキスとフェラは無し、それから――――」
「それも知ってる。あとは絶対ゴムだろ。それに安心して。俺は絶対にあんたを好きにならないから」
理想的な相手が現れた、と思った。
「……あと、もう一つ条件」
「なに、まだあんの?」
「俺は一人には絞りたくないんだ。何人セフレを作っても文句は言わないでくれるか?」
俺が自分で危険だと思ったとき誰か一人でも連絡がつくように、できれば他にもセフレがほしい。
「いいよ。ってか俺、他にもセフレいるし」
「……いいね、ヒデ。気が合いそうだ」
「お、サンキュー」
手の震えがおさまらない。もう限界だった。
「今日このあと、いい?」
「いいよ。すぐ行く?」
「……頼む」
すぐに相手が見つかってよかった、と俺は安堵した。
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