【完結】本気だと相手にされないのでビッチを演じることにした

たっこ

文字の大きさ
上 下
63 / 154

63 冬磨と敦司と美香ちゃんと 後編

しおりを挟む
 誰かを殺したいほど憎む時がある。
 例えば恋敵を。例えば商売上のライバルを。あるいは自分に恥をかかせた者を。あるいは何となく気に食わない者を。時には友人でも。時には親兄弟でも。
 そんな気持ちが腹の中に積もり積もると、ドス黒いモノがドロドロと渦を巻く。渦を巻くと人々は、ある場所に集まってくる。
 ぶっ殺してやる、奪ってやる、壊してやる、潰してやる、火ィつけてやる、などなど。
「あそこへ行くぞ、俺は」
「あそこへ行けば、あたしは……」
 みんな集まる。ドス黒いのが集まってくる。
 悪しき思いの集う場所。
 黒い思いが溢れる時間。
 その名は、ジャゴック。
 
「う~っ……な、何なんだ……?」
 朝。いつもより少し早く、タヌキ柄パジャマのア―サ―は目を開けた。
 窓から差し込む朝陽が眩しい。今日もお日様はぽかぽか燦々、いい天気のようだ。
 が、そんな天気とは裏腹に何やら不吉な夢を見てしまった。不吉というか暗いというか不気味というか。
 ベッドの上で体を起こし、頭を振ってみる。目は醒めてきたが、どうも気が重い。
「おはよう、ア―サ―君」
 頭に、にょこ、と女神様がお生えになられた。もわもわ髪(寝ぐせ)なア―サ―と違い、こちらはキラキラサラサラ、いつもながらの見事な黄金の髪。白い戦装束ともども朝陽を浴びて、目映く輝いている。
 さすがは教科書に出てる白の女神、エミアロ―ネである。
「あ、おはようございます。あの……」
「ん?」
「なんだか、凄い夢を見たんです」
 エミアロ―ネの「にょこ」にはもう慣れたので、ア―サ―は動じない。律儀に挨拶を返してから、ひどく夢見が悪かったことを語った。自分が参加していたタイプではない、神の視点での夢だったのだが、その内容が尋常ではなかった。
「誰かを傷つけたいとか殺したいとか、そういうことを考えている人たちが集まって」
「物騒な話ね」
「三十人ほどいたかな。全員黒いロ―ブをすっぽりと被って、顔を隠してるんです」
「怪し過ぎるわね」
「暗い地下室で、いかにも邪神って感じの像を崇めてて。像の前には、これまたいかにも大神官って感じの人がいて。やっぱり顔は隠してるんですけど」
「どこまでいくの、その怪しげ話は」
「いえ、これだけです。大神官の人のセリフとか、みんなが祈りの後何をしたかとか、そういうのは覚えてなくて」
 一つ、はっきりと覚えているのは、そこが【ジャゴック】であること。殺すだの壊すだのと喚く人々の集まる場所、あるいは儀式、もしくはその教団(?)の名。それがジャゴック。
 邪神像に、そして大神官に、人々のドス黒い想念が濁流のように流れ込み集中していた。正しくあれこそ【悪しき思い】の聖地。そんな夢だった。
「妙に鮮明で、生々しい夢でした。僕の場合時期が時期ですし、予知夢か何かだったりしないかって不安なんですけど」
「なるほど。確かにその可能性はあるわね」
 エミアロ―ネは考える。
 一昨日の夜、エミアロ―ネは初めてア―サ―と会話をした。
 そして昨日、初めてア―サ―は前世の力、白の女神エミアロ―ネの力を引き出して戦った。
 それらを経ての今朝だ。一日二日で大幅に転生前の能力を覚醒させたア―サ―のこと、一時的に何か不思議な力を発揮してもおかしくない。その場合は、エミアロ―ネにない能力が発現することもあり得る。例えば予知夢とか。
 だが、だとしても【ジャゴック】とは?
「う~ん。全然、聞いたこともないわね」
「黒の覇王と関係は?」
「あったら思い出すわよ」
 それもそうだ。前大戦当時、おそらく世界中の誰よりも【黒の覇王】とその配下について詳しかったのは、最前線で最深部で戦い抜いた、白の女神エミアロ―ネに違いない。そのエミアロ―ネの記憶にないということは、やはり黒の覇王とは無関係なのだろう。
 ア―サ―は結論づけて笑顔になる。
「じゃ、ただの悪夢ですね。ふ~良かった」
「……」
「黒の覇王とは無関係の、新たな敵組織が出現、なんてことはないですよね。たった一回戦っただけで、そんなムチャクチャな。いくらなんでも。あはははは」
「……」
「……、じゃなくてぇえぇえ」
 ア―サ―のムリヤリな笑顔が壊れた。
「エミアロ~ネさんっ、お願いですから否定してくださいよおぉぉ」
 ア―サ―は、ほろほろと泣いた。
 だがエミアロ―ネは真剣な顔で言う。
「貴方がただの夢だと思えなかったのなら、多分その通りよ。貴方自身が言った通り、時期が時期だもの」
「ぅぐおおぉっ」
「でもねア―サ―君、考えてみて」
 トドメを刺されて泣き苦しむア―サ―を勇気づけるべく、エミアロ―ネは説明した。
「例えばその夢には続きがあるとか。地下室に誰かが乗り込んできて、そこの連中をやっつけちゃう、と。たまたま貴方が途中で目覚めちゃっただけで」
「は、はあ」
「本当は味方の存在を知るための夢だったのが、目覚めのタイミングのせいで敵だけ見たところで目を覚ましてしまったのよ」
 だとしたら、かなり役に立たない予知夢だ。
『けど、それぐらいが僕には分相応かな。役に立つ予知夢なんて、高望みか。ふっ』
 ア―サ―、いじいじ。
「あ。ア―サ―君今、イジけてるでしょ」
「イジけてませんよっ」
「嘘。イジけた顔してるわよ」
「イジけてませんてばっっ」
 胎児の時から見られているエミアロ―ネ相手にゴマかしても無駄なのだが、それでもア―サ―はゴマかした。
 男の子としての意地というやつである。

「あれ。どうしたのあ~くん? イジけた顔しちゃって」
 ずべしゃっ、と見事なまでにア―サ―はコケた。今朝はウナが朝練で早いため、イルヴィアと二人っきりの通学路。その出会い頭に言われてしまった。
 いい加減、自分が情けなくなってくる。
「べ、別に、イジけてなんか」
「そう? 何だかそんな感じなんだけど」
 赤ちゃんの時から一緒に遊んでたイルヴィア相手に以下同文。
「ウナちゃんに何か言われたとか、そういうことじゃないの?」
「違うっ。そんなことは何も、ないよっっ」
 ア―サ―は断固否定する。するとイルヴィアは、
「ねえ、あ~くん」
 たっ、とア―サ―の前に廻り込んで通せんぼした。
 そして、ア―サ―をじっと見つめる。
「昨日も言ったけど、今あ~くんが悩んでること、わたしに言えるようになったらいつでも言ってね」
「……う、うん」
 ア―サ―は曖昧に頷く。
「言いにくいことみたいだけど、わたし絶対、誰にも言わないから。もちろん、ウナちゃんにだって言わない」
「……ありがと」
 悩んでいるというか何というか。ウナに対しては怪しげな新興宗教疑惑を抱かれているだけのことで、これだけならむしろばかばかしい話だ。ウナも「おに―ちゃんは更正してくれる」という兄への信頼に基づき、一応秘密にしてくれているようだし。
 だが、「ア―サ―は前世野郎(?)だ」という噂が広まれば、どこで敵に嗅ぎつけられるかわからない。そうなればウナやイルヴィアが直接狙われる可能性がある。
 情けないんだか緊迫してるんだか、何とも複雑な状況だ。
しおりを挟む
◆よろしければ読んでみてください◆

マスターの日常 短編集
冬磨×天音のおまけ♡LINE風会話
感想 171

あなたにおすすめの小説

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

楽な片恋

藍川 東
BL
 蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。  ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。  それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……  早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。  ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。  平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。  高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。  優一朗のひとことさえなければ…………

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話

雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。  諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。  実は翔には諒平に隠している事実があり——。 諒平(20)攻め。大学生。 翔(20) 受け。大学生。 慶介(21)翔と同じサークルの友人。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

処理中です...