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50 一生言わずに終わるはずだったのにっ!

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「あー……やっとできたよ……腕枕」

 終わったあと、冬磨は俺を腕枕で抱きしめて余韻にひたった。
 ずっとこうしたかったと、俺の頭に何度もキスを落とす。
 ずっとこうしてほしかったのは俺のほう。
 今日このホテルに来てから夢のようなことばかりで、とても現実だと思えない……。
 だから俺は何度も、これは現実……これは現実……と自分に言い聞かせた。

「天音」
「……なに?」
「顔見せて? お前のが見たい」
「……っ、は……恥ずかしいから……やだ」
「ふはっ。なんでだよ。抱いてるときと同じだろ?」
「だっ……て、いつもは終わったら演技のスイッチ入れてたからっ。そのままでいるの……恥ずかしい……っ」

 俺は顔を隠すように冬磨の胸に顔をうずめた。

「だめ。見る」

 腕枕はそのままに、冬磨はグイッと身体を引き剥がすと、俺の頭を優しく枕に沈ませた。

「……っ」

 完全に顔がさらけ出される。
 抱かれてるときは素の俺でも、終わればすぐにビッチ天音のスイッチを入れることに慣れてしまった。そのままでいることが、もうそれだけで恥ずかしい。どうしようっ。
 冬磨はじっと俺を見下ろして動かなくなった。

「と……冬磨?」

 何か言ってほしい。恥ずかしい。
 もう、どこを見ればいいのかもわからなくて視線が泳ぐ。

「と、とう……」
「……天音」
「う、ん」
「閉じ込めていい?」
「えっ?」
「ほんと、誰にも見せたくねぇ。俺が養ってやるから、お前ずっと俺ん家にいろ」
「な……なに、言って……っ」

 そんなこと言って……俺が本気にしたらどうするの?
 はぁ、と深く息をつきながら冬磨がまた俺を腕枕で抱きしめた。

「ほんと……閉じ込めてぇ」
「冬磨……」
「もう俺、お前のことになると発想がぶっ飛んじまいそう……。好きすぎてやばい。お前、可愛すぎてほんとやばい」

 なんでそんな可愛いんだよ、と痛いくらいに抱きしめられた。
 本当にこれは現実のことなのかと、あまりに信じられなくて自分の頭を疑ってしまう……。

「なぁ。ところでさ」
「……うん?」
「キスマークって、誰?」

 冬磨の問に、俺は息を呑んだ。

「天音を抱いてるのはずっと俺だけだったんだろ? じゃあキスマークは誰なんだ?」

 嘘がバレた今、聞かれて当然だった。
 一生言わずに終わるはずだったのにっ。
 恥ずかしすぎる……っ。どうしよう……っ。
 一気に顔に熱が集まる。
 また俺は冬磨の胸に顔をうずめて、ぎゅっと抱きついた。

「おい、天音?」
「だ、だめ……っ」
「は? なにが?」
「ちょっ……と、待って」

 こんな顔見せられないよっ。

「待ってってなに? なんで?」
「な、なんでも……っ」
「なに、なんだよ。おい、こら」

 冬磨が本気で俺の腕を剥ぎ取って、また枕に頭を沈められる。
 どうしようっ、見られちゃったっ。
 恥ずかしくて死んじゃいそう……っ。

「……おい、誰なんだよ。誰が付けたんだ? キスマーク」
「え……?」

 あれ?
 なんで冬磨、怒ってるの?
 他にセフレなんていないんだから、俺が自分で付けたって気づいてるよね?

「そんな顔真っ赤にするような相手なのかよ。誰なんだよ……」

 冬磨が真顔で聞いてくる。
 あ、これ、気づいてないやつだっ。
 俺はますます恥ずかしくて口を開けない。
 でも……でも、ちゃんと言わなくちゃ。だって、冬磨が本気で怒ってる……っ。

「だ……誰にも……」
「誰にも?」
「誰にも……付けられて、ない」
「は? どういうこと?」
「だから……お、俺……が」
「……うん?」
「俺が……自分で…………」
「は……? 自分?」
 
 冬磨の眉がぎゅっと寄った。
 空間を見つめて考えて、また俺を見る。
 
「太ももは誰?」
「……自分、で……」

 もう湯気が出そうなくらい顔が熱かった。
 なんで俺、太ももまでつけちゃったんだろう。肩だけならまだ恥ずかしくなかったのに……っ。
 
「は、どうやって?」
 
 不審そうに問いかける冬磨に、やけくそな気持ちで俺は答えた。
 
「ス……ストロー……で」
 
 伝えた途端に冬磨のまばたきが増えたと思ったら、一気に表情をゆるませて、ぶはっと吹き出した。
 くっくっと笑って俺の胸に倒れ込む。
 
「……なに俺、ストローに嫉妬したの?」
「ご……ごめ……っ」
「ははっ、やべぇ……恥ずっ。てかストローでキスマークって……やべぇ。可愛すぎだろ」

 クスクス笑って顔を上げた冬磨は、突然俺の首元に顔をうずめて、ジュッと首筋に吸い付いた。

「……んっ……」

 チリッという幸せな痛み。

「ふはっ。でっかいの付けてやった。見えちゃうけど……大丈夫か?」
「……ん、大丈夫。すごい嬉しい」
「てか見せるためだけどな。こんな可愛い天音……牽制しないとやべぇだろ」

 冬磨がまた俺の胸に倒れ込んだ。

「天音にキスマークを付けたのは俺だけなんだな?」
「……うん。冬磨だけ」
「そっか。あー……ホッとした。……てか太ももにストローでって」

 またぶはっと冬磨が吹き出す。

「は、恥ずかしいから……何度も言わないで……っ」
「だってストローだぞ? ふはっ。俺のライバルはストローだったのか」

 ストローって。ストローかよ。と何度も繰り返し、クスクス楽しそうに笑っていた冬磨の笑いが、ふと止まった。
 
「ちょっと待って。だからお前、あのとき笑ってたの?」
 
 胸の上で固まったように動かない冬磨に「……う、ん」と答える。
 冬磨はそのまま何も言わずに動かない。
 どうしよう、怒っちゃった……?
 そう思ってドキッとしたけれど、ゆっくりと顔を上げた冬磨は、ものすごく嬉しそうに破顔した。

「なんだよ……俺が天音を笑わせてたんじゃん。マジか。俺だったんだ」

 やべぇ……とつぶやいて俺を抱きしめた。

「あれはまじでしんどかった。キスマークとお前の笑顔、ダブルショックでさ……」
「ダブルショック……?」
「俺が天音の笑顔をもっと増やしてやりたいって思ってんのにさ。クソセフレが絡むときばっかお前が笑うから……」

 はぁ、と深く息をついてゆっくりと俺を見る。

「そりゃ笑うよな? ストローだもんな?」
「……う、ん、ごめん……」
「謝んなって。俺嬉しいんだから。で、なんでキスマークなんて付けたんだ?」

 そう聞かれて、正直に言うのをためらった。
 もともとのきっかけは冬磨の言葉だったから。

「あ、なんか隠そうとしてるだろ? これは言うのやめようとか思ってるな? なんだよ、お前すげぇわかりやすいじゃん。えー……なんでお前の演技見抜けなかったんだろ……」

 うなだれる冬磨に申し訳なくなって、ごめん、と謝った。

「俺、演劇部だったんだ」
「ん、お前のダチに聞いた」
「あ……やっぱり敦司だったんだね」
「そ。敦司くん。そうだ、報告しねぇと。すげぇ心配してるよ絶対」

 冬磨が慌てて起き上がり「お前のスマホは?」と聞いてくる。
 ジャケットの……と言いかけた俺の言葉を最後まで聞かずに、ジャケットを床から拾ってポケットをあさる。

「ごめんって伝えて。すっかり忘れて天音に夢中でしたって」

 スマホを俺に渡しながら、冬磨がそんなことを言い出した。

「い……言わないよ、そんなこと……っ」
「ふはっ。かわい。もー……ほんと、お前しゃべってるのずっと聞いてたい」

 冬磨は俺が敦司にメッセージを送るあいだ、ずっと肘枕で俺を見下ろしてクスクス笑ってた。
 
 
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