【完結】本気だと相手にされないのでビッチを演じることにした

たっこ

文字の大きさ
46 / 154

46 演技なんかできません

しおりを挟む
「もう泣くな」

 と冬磨は目尻に何度もキスをする。

「もう泣かなくていいよ、天音。ほんと、ごめんな」
「な……にが」

 冬磨の『ごめん』に、また心臓が壊れそうになった。
 ごめんってなに……。

「面倒なのが嫌でセフレばっかり作ってたのに……俺が一番面倒臭い男になってさ」

 冬磨の話が脳内で処理しきれない。
 どういうこと……どういうことっ?

「天音の目がさ……」
「目……?」
「ベッドでは脈あんのかなって思うのに、終わるとお前、ほんと俺に興味もないって目するから……。掴んでも掴んでも離れて行きそうで。すげぇチキンでごめん。もうずっとお前だけだったのに……マジで怖くて言えなかった」

 頬を優しく撫でながら、冬磨は何度も俺の顔にキスをする。

「……俺だけ……って、ただセフレを一人に絞っただけ……だろ……?」
「……だよなぁ」

 はぁ、とまた深い息をついて冬磨がうつむいた。

「信用してもらえねぇよな。してもらえるわけねぇもんな。自業自得だな……」

 顔を上げた冬磨は、眉を下げて悲しげに俺を見つめた。

「俺は、お前が好きだよ、天音。本当に、お前だけだ」
「……お気に入りの……セフレだろ?」
「天音を抱いてから、他のセフレなんてどうでもよくなった。一日中お前のこと考えて、どんどんお前しか見えなくなった」
「う……嘘だ。だって……俺の代わりにヒデさんを家に……」
「ちゃんと嫌われようと思ったんだ。じゃないとお前を離してやれそうになくて。お前のこと、追いかけちゃいそうでさ……」

 冬磨が俺を追いかける……?
 信じられない言葉ばかりが次々と襲ってきて、もう何も理解できない。

「でも、俺チキンだから……お前に嫌われることなんて言えそうになくてさ。だからヒデに協力してもらったんだよ。ヒデは家には上げてない」
「……う、嘘」
「天音が特別って。お前の特別も俺になればいいのにって思って何度も伝えた」
「……うそ……だ」
「キスマークにはらわたが煮えくり返ったのなんて……マジで初めてだったよ」
「……うそ……」

 冬磨の顔が涙でぼやける。
 必死でビッチ天音になりきろうとしてるのに、涙が止まらない。喉の奥が熱くて涙を抑えることができない。
 好きだってバレたら冬磨とは終わり……ずっとそう思ってた。

 もしかして……終わらないの……?

「ほんと、ごめんな、天音」

 俺の涙を拭いながら何度もまぶたにキスをして、冬磨が「ごめん」とくり返す。

「本気の奴は相手にしないって……自分がずっと言い続けてきたからさ。誰も好きにならないって言う天音も俺と同じかなって。好きだって伝えたら、もう二度と会ってくんねぇかもって……。もう俺は天音だけだって伝えたら『お前面倒くせぇ』って言われそうでさ……。だから、ずっと他のセフレとも続いてる振りしてた。マジで、チキンでごめん」

 冬磨が俺を好き……。
 俺を……好き?
 違う。冬磨が好きになったのは今までの俺……ビッチ天音だ。
 たとえ嘘がバレたところで、態度も口調も何もかも本当の俺じゃない。
 冬磨が好きなのは本当の俺じゃない。
 そう思って腕で顔を隠した。
 
「天音? どうした?」
「……なんでもねぇ」

 本当に俺を好きになってくれたなら、ずっとこの俺を維持しなきゃ。
 冬磨が離れて行かないように。ずっと俺を好きでいてもらえるように。
 こんな嘘みたいな幸せ、いつまで続くかな……。
 終わったとき、俺生きていられるかな……。
 必死で涙をこらえても、次から次へと流れていく。
 気をゆるめたら声を上げて泣いてしまいそうで、せめて嗚咽がもれないようにと唇をグッと噛んだ。

「その口調、まだ続けんの?」
「……っえ……」
「もう演技はいいよ。俺は本当のお前が好きだよ、天音」
「……なん……だよ、本当の俺って……」
「俺が好きってバレないように必死でビッチの振りする天音。俺のそばに戻るために本当のビッチになろうとする危なっかしい天音」
「なっ……んで……っ」

 なんでそんなことまでバレてるのっ?
 そんなこと敦司にしか話してないのにっ!
 そこでハッとした。まさか敦司……っ? 
 敦司が冬磨に話したの……っ?

「それから、ビッチの振りしてんのに、抱かれると素が出る天音。俺は、抱いてるときの可愛い天音に落ちたんだ」
「……っ、……」

 冬磨が俺の腕をそっと顔から外す。
 もう頭の中がぐちゃぐちゃで、ビッチ天音の演技が上手くできない。

「この涙は、トラウマの涙じゃないんだよな? 本当はトラウマなんてないんだろ?」

 どんどん嘘がバレていく。
 でも、嘘がバレても冬磨の瞳は優しくて、だからますます涙があふれる。

「マジでよかった。天音がトラウマ持ちじゃなくて」

 心底安堵したというように冬磨が破顔する。それを見て、俺の無表情がとうとう崩れた。

「……ぅっ、と……ま……っ」
「ほんと可愛い、天音。もっと素のお前見せろよ。……いや、俺そんなん見せられたら心臓止まるかな」

 ふはっという冬磨の笑い声に、俺のビッチ天音が完全にはがれ落ちた。

「とぉ……ま……っ……」
「俺、ほんとお前のそれ、すげぇ好き。もっと呼んで、俺の名前」
「とぉ……ま……っ、と……ま……」
「あー……ほんと可愛い。ずっと聞いてたい」

 ちゅっちゅっと音を立てながらまぶたや頬にキスをして、冬磨がささやいた。

「なぁ、好きって言って」
「…………っ」
「ずっとお前にキスしたくて死にそうだったんだ。もう限界」

 俺の唇を親指で優しく撫でながら、冬磨が俺を見下ろした。

「勝手にキスしたら切るって、自分で言っておいて自分でやっちゃいそうでさ。もうずっと必死で我慢してたよ」
 
 冬磨が俺に……キスしたかった……?
 そんな夢みたいなこと……本当にあるの?
 
「天音。俺のこと、好き?」
 
 本当に言ってもいいの?
 好きって言っても終わらないの?
 ずっとこのまま冬磨のそばにいられるの……?
 
「お……終わら……ない……?」
「ん? なに?」
「言っても……終わらない……?」
「うん、終わらない。てか、始まるんだよ」
 
 始まる……。
 
「セフレをやめて、恋人になるんだよ」
「こ……こい……びと……っ」
「そ。恋人。だから、好きって言って?」
 
 ずっとずっと言いたかった。
 何度も言いたくて呑み込んできた。
 本当に……言ってもいいの?
 言ったら……冬磨の恋人に……なれるの?
 
「と……ま……」
「うん」
「と……ま……っ、……き……」
「……あー、残念。聞こえない。天音、もう一回」

「……す……好き…………とぉ……っん……」

 冬磨の唇が俺の唇を優しく包み込むように合わさった。
 ちゅっちゅっと何度もついばんでから、ゆっくりと舌が滑り込んでくる。
 電流が全身を駆け巡り、身体中がビリビリと震えた。
 冬磨の舌が優しく口内をくすぐるたびに、夢を見ているような幸福感が広がっていく。ふわりとめまいがして、冬磨のスーツにぎゅっとしがみついた。

「ふ……っぁ、……と……ま……」

 幸せな大粒の涙が、ボロボロとこぼれ落ちる。

「天音……」

 初めてのキスは、脳がしびれるほど幸せだった――――。



 
しおりを挟む
感想 172

あなたにおすすめの小説

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

必要だって言われたい

ちゃがし
BL
<42歳絆され子持ちコピーライター×30歳モテる一途な恋の初心者営業マン> 樽前アタル42歳、子持ち、独身、広告代理店勤務のコピーライター、通称タルさん。 そんなしがない中年オヤジの俺にも、気にかけてくれる誰かというのはいるもので。 ひとまわり年下の後輩営業マン麝香要は、見た目がよく、仕事が出来、モテ盛りなのに、この5年間ずっと、俺のようなおっさんに毎年バレンタインチョコを渡してくれる。 それがこの5年間、ずっと俺の心の支えになっていた。 5年間変わらずに待ち続けてくれたから、今度は俺が少しずつその気持ちに答えていきたいと思う。 樽前 アタル(たるまえ あたる)42歳 広告代理店のコピーライター、通称タルさん。 妻を亡くしてからの10年間、高校生の一人息子、凛太郎とふたりで暮らしてきた。 息子が成人するまでは一番近くで見守りたいと願っているため、社内外の交流はほとんど断っている。 5年間、バレンタインの日にだけアプローチしてくる一回り年下の後輩営業マンが可愛いけれど、今はまだ息子が優先。 春からは息子が大学生となり、家を出ていく予定だ。 だからそれまでは、もうしばらく待っていてほしい。 麝香 要(じゃこう かなめ)30歳 広告代理店の営業マン。 見た目が良く仕事も出来るため、年齢=モテ期みたいな人生を送ってきた。 来るもの拒まず去る者追わずのスタンスなので経験人数は多いけれど、 タルさんに出会うまで、自分から人を好きになったことも、本気の恋もしたことがない。 そんな要が入社以来、ずっと片思いをしているタルさん。 1年間溜めに溜めた勇気を振り絞って、毎年バレンタインの日にだけアプローチをする。 この5年間、毎年食事に誘ってはみるけれど、シングルファザーのタルさんの第一優先は息子の凛太郎で、 要の誘いには1度も乗ってくれたことがない。 今年もダメもとで誘ってみると、なんと返事はOK。 舞い上がってしまってそれ以来、ポーカーフェイスが保てない。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

処理中です...