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44 色々分かりません……

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 ヒデさんが言った『一人に絞る』という言葉も、冬磨の言葉も、また俺を勘違いさせようとする。
 違う……。そんなのおかしい。冬磨は俺が捕まらなくても他のセフレがいるって言ったもん……。俺の代わりにヒデさんを家に連れてきたもん……。
 ヒデさんが冬磨を見てあきれたような表情を見せた。

「冬磨のそんな怖い顔、初めて見たわ。冬磨も普通の男だったんだな」
「そりゃ……そうだろ」
「早く行きなよ。また店に迷惑かかるよ」
「ああ、わかってる。……マスター、ごめん」

 マスターは「気にすんな」と笑った。
 これって、出禁って言われてるのに店に来ちゃった俺が謝るところだ……。冬磨じゃない。でも、ビッチ天音の謝り方がわからない。

「あ……の、ごめんなさ……」

 素で謝ろうとした俺をさえぎって、マスターがまた笑った。

「天音、冬磨とちゃんと仲直りしろよ?」

 また言われた、仲直り……。

「冬磨、また日曜でよければ飲もう」
「うん、また連絡するわ」

 冬磨はマスターと肩を叩き合ってから俺を見て、優しく微笑みかけてきた。

「行こう、天音」

 冬磨は当然かのように俺の手を取って優しく握ると、出口に向かって歩き出す。

「え……っ」

 もう何がなんだかわけがわからない。
 後ろを振り返ると、マスターは優しく笑って俺に手を振って、ヒデさんはあきれたようなため息をついた。
 先を歩く冬磨を見ると、なぜかものすごく嬉しそうに笑ってて、ますます俺の頭は混乱した。
 冬磨のそばに戻れる可能性があるなら……そう思って俺は本当のビッチになろうとこの店に来たのに。何がどうなってるの……。

 ねぇ冬磨、一人に絞るってなんの話?
 俺に手を出したら許さないってなんの話?
 なんで来ないはずのバーに冬磨が来たの?
 冬磨とはもう終わったはずなのに、なんでいま手を繋がれてるの……?
 
 繋がれた手があったかくて優しくて、涙があふれてきた。
 だめだ……冬磨に見られちゃうっ。
 俺は必死で涙をこらえた。

 どこに行くのかと思いながら冬磨についていくと、冬磨はいつものホテルに迷いなく入って行った。
 え、ホテルっ?
 どうしてホテルっ?
 もうフラフラすんなよって、元気でなって、そう言ったのは冬磨なのに。もう会わないって、もう終わりだって遠回しに言ったのは冬磨なのに、なんでっ?

 色々わかんない。冬磨に聞きたいことがいっぱいある。
 でも、とりあえず勘違いする前に冷静になれた。ここに来るまで無言で付いてきてよかった。
 一人に絞るって、きっとセフレを一人に絞るってことだ。理由はわかんないけど、その一人に俺が選ばれたんだ。
 冬磨が一人に絞るって言ったから、お店で騒動になって俺が出禁になった……そういうことだったんだ。冬磨の家に連れていかれたあの日から、冬磨のセフレは俺だけだったんだ。俺だけ……。
 人数も把握できないほどセフレがいた冬磨が俺だけに絞った……。喜びで身体が震えた。
 ……でも、喜ぶのはまだ早い。俺の誤解が解けてない。俺の本命が敦司だなんて誤解を早く解きたい。
 そうしないと、また俺の代わりにヒデさんを呼ぶかもしれない。
 俺だけに絞ったなら、もうずっとセフレは俺だけにしてほしい。俺だけに……。

 ……でも、俺の本命が敦司だって誤解してるはずなのに、どうして冬磨はホテルに来たの?

「天音」

 部屋の中に入ると、冬磨がやっと口を開いた。
 なにを言われるのか、なにもわからなくて怖い。

「……なに。ホテルまで来たってことは、俺のこと切るのやめんの?」
「え?」

 冬磨が目を瞬きながら驚いた顔をする。
 え、なんで驚くのっ?
 わかんないっ。わかんないけどとりあえず気づかない振りで続けなきゃっ。

「勝手に勘違いして切っておいて、ちょっと勝手じゃね? ま、俺は別にどっちでもいいけど」

 冬磨が小さく吹き出した。
 なに、なんで笑うのっ?
 わかんないよっ。

「それまだ続けんの?」

 ホテルに来たのに続ける気はなかったのか、とショックで愕然となった。
 なんて返事をしよう。ビッチ天音の台詞ならどんな言葉が正解なんだろう。ショックが強くて思考が働かない……。
 すると、冬磨が「あれでもまだ気づいてないんだ」とまた笑った。
 あれって何? 気づいてないって何? なんのこと?

「ん、わかった。それ、名残惜しいからもうちょっとだけ続けよっか。俺のことは少しづつ教えるな?」

 名残惜しいから続ける……それでもいい。もう少しだけでもそばにいられる。冬磨のそばに……。でも、もし誤解を解くことができたら、もっと長く続けられるかな……?
 嬉しい……どうしよう……泣いたらだめだ。泣いたら……だめだってば。
 でも、最後の、冬磨のことを少しづつ教える……って、なんだろう……。

「天音……」

 いつもうなじにキスをする冬磨が、今日は頬にキスをして正面から俺を抱きしめた。
 いつもと違うことが俺をドキドキさせる。
 頬のキスだって抱きしめられるのだって初めてじゃないのに、心臓が痛くて涙がにじむ。

「天音ごめん。この前……俺、ひどい抱き方して……」

 もうすでに謝ってもらったことをまた謝られる。

「は……だから。それもういいって。なんもひどくねぇし。しつこい」

 俺を絶対に傷つけないって言葉を頑なに守ろうとする冬磨にとって、前回のあれはどうしても自分を許せないんだろう。
 でも、冬磨は泥酔していたし、そもそもトラウマが嘘だから気にされると俺がつらい。

「天音……そんな簡単に許すなよ」
「……意味わかんねぇ。ほんとしつこい。うざい」
「天音……ありがとな」
「だから意味わかんねぇって」
「天音……」

 さらにぎゅうっと強く抱きしめられる。
 こんなにすぐ、また冬磨にふれることができるなんて思ってなかった。
 もしかしたらもう二度と会えないかもしれないと思っていたのに。
 夢みたいで頭がクラクラしてくる。
 少し冬磨と離れたい。少し頭を冷やしたい。そうしないとビッチ天音になりきれない……。

「シャワー……入る」

 冬磨の身体をグッと押して離れようとしたのに、冬磨はビクともしない。さらに強く俺を抱きしめてきた。

「冬磨……?」
「シャワーなんていらないだろ」
「……は?」


 
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