18 / 154
18 やっぱり敦司は頼りになるっ!
しおりを挟む
「敦司ぃ」
始業前、敦司のデスクまで行って俺はしゃがみ込んだ。
敦司を見上げて目いっぱい助けてって顔を向ける。
「…………おお、リリーどうした? なんか困ってんのか?」
突然、敦司の実家にいる猫のリリーの名前が出てくる。なんで?
「リリー? 頼みごとがあるならちゃんと言わなきゃわかんないぞー? にゃーって言ってみな?」
ああ、そういうことか。にゃーって言わないと助けないって言ってるんだ。
そんなのいくらでも言ってやる。めっちゃ可愛い子猫の声だってやったことあるもん。
「ミャァー……」
「ん? なんだって?」
「ミャァァー……」
「うんうん、そうか。またしょうもない男のせいで悩んでるんだな。昼に聞いてやるからいい子で待ってな」
「……しょうもなくないもん」
「ん? なんだって?」
「ミ、ミャン……」
「うんうん、リリーはいい子だな」
敦司め……。絶対問題解決してもらうからなっ!
「…………はぁ。またなにを言い出すんだよ……」
敦司はため息をつきながら、A定食のトンカツに箸をつけた。
「頼むよぉ。どーしても他にセフレがいるって証拠を捏造したいの。なんかないかな?」
「……お前さ。何度も言うけど、ここどこだと思ってんだ?」
「社食」
「……即答できるくらいにはわかってたか」
「ねー本当に。なんかないかなぁ……」
俺は全然食欲がなくて、B定食のレバニラ炒めを箸でつつく。
冬磨はあれから『前が慣れてないから変な力が入ってんだな』と勝手に納得してしまった。だから目をつぶるんだろうと。
もう、いつまでも慣れてないからって理由は使えない。
「なんだよ。ずいぶん必死だな。さては嘘がバレそうなんだろ」
「うう……敦司ぃ……」
図星を突かれて、たぶん俺はいま相当情けない顔をしてるだろう。
俺は敦司に、かいつまんで事情を説明した。
目を見ればわかる、という冬磨の言葉が怖くて目を開けられないこと。目を閉じてたらしらけると言われたこと。だから、目を見られても大丈夫なくらい、ちゃんと他にもセフレがいるって証拠が必要なこと。
涙目になって訳を話した。
「だってさぁ……。最中に演技なんてできないんだもん……」
「最中って……また……。ここ社食だからな? 誰が聞いてるかわかんねぇんだぞ?」
「誰も俺のことなんて興味ないって」
「そういう問題じゃねぇだろ。内容がやばいんだよ内容がっ」
敦司は心配性なんだよな。
そもそも俺は、ゲイバレはそんなに怖くない。
わざわざ言うつもりもないけれど、もし彼氏ができれば手を繋いでデートしたいし、将来だってパートナーシップ制度を利用してちゃんとしたいって夢もある。……いや、あったんだ。
冬磨を好きになって、その夢は全部あきらめた。
俺は冬磨に切られるギリギリまで、ずっと冬磨のそばにいる。
それが俺の今の新しい夢だ。
「お前さ。演劇部でいつもどんな役やってた?」
「え? なに突然。どんなって……んー? だいたいいつも振られる二番手の役? とか、いい人ね、みたいな害のない役?」
懐かしい。
俺は主役の器じゃないから脇役ばっかりだったけれど、これでも演技力は部内で一位二位を争うくらいの実力だった。
劇団に入って続けようかと迷うくらいには。
いまでもまだ役者の夢を引きずる程度には。
「……うん、まあ悪く言えばそれな。じゃなくてさ。いつもみんなから愛される役ばっかだったじゃん?」
「えー? そうだった? それ盛りすぎだって」
「なんも盛ってねぇし」
「まぁ、そうだとしても、それは役の話ね」
うん、たしかに愛される役だったかも。どの役も好きだったなぁ。
「会社でも、お前ってそんな感じだからな?」
「そんな感じって?」
「愛されキャラ」
「…………ええ? ないよそれは」
髪を染めたとき、周りから『可愛いー!』といじられたけれど、その後 はただの日常が続いてる。毎日仕事の会話ばかりで、特に何もない一日を過ごしている。
「今日さ、課長の東京土産配られたろ?」
「うん、ピヨコ饅頭ね」
「お前何個もらった?」
「二個」
「俺は一個だ」
「……あ、俺最後のほうだからじゃない? 余ったからどうぞ的な」
「いいや。俺は知ってるっ。お前はいつもみんなより多いっ」
「たまたまだってー」
「じゃあ教えてやる。普通、お土産の菓子は一人一個だ」
「…………ええ? 二個が普通だろ? 今日はたまたまみんな一個で、余ったぶんが俺んとこ来たんだって」
敦司が真顔になって、はぁ、とため息をついた。
ええ? じゃあいつも俺だけ多くもらってるってこと?
いやでも、やっぱり俺の席が最後のほうだからだよ。
「あ、星川さんもレバニラ定食ですか?」
「ん?」
頭の上から声が降ってきて見上げると、春に入った新人の男の子が、空の皿が乗ったトレーを手に立っていた。
「え、伊藤もう食べ終わったの? ちゃんと噛んでる? 早食いは身体に悪いよ?」
「ちゃんと噛んでますよ。星川さんが遅いんです」
「え、あー……確かにそうかも」
今日は本当に食欲ないし、ずっと敦司と話ばかりしていた。
「あ、これ食後の口直しにどうぞ。レバニラはやばいので」
「あ、ガム? 気がきくじゃーん、サンキュー」
「あ、佐藤さんもよければ」
「……おう、あんがと」
後輩がいなくなると、敦司が俺を見て、またため息をついた。
「……愛されキャラめ」
「まだ言ってる」
こんなの普通なのに。
「あー……そんなことよりなんか証拠だよ……。一緒に考えてよ敦司ぃ……」
「そんなの、キスマークでもどっかにつければいいじゃん」
敦司がとんでもないことを言い出した。まるで簡単だろ、とでも言いたげに。
「はぁ? そんなの誰につけてもらえっていうのさ……」
「自分で付けられるだろ?」
と、敦司が自分の肩口に顔を近づけて見せる。
「ほら、肩なら届くじゃん」
言われて俺もやってみた。
「うおおっ! えっすごいっ! 自分でつけられるっ!」
「お前、声でかいって」
こんなこと全然思いつかなかった。やっぱり敦司は頼りになるっ!
「敦司ぃ! サンキュー!」
キスマークがあれば、もし目を見られたとしてもきっと大丈夫だ。
他にセフレがちゃんといるってわかれば、気持ちだだ漏れの目で見つめたって、最中だけなんだからきっと大丈夫。
キスマークを付ければ、これからは冬磨の顔を見ながらできるんだ。
どんな顔で俺を抱いてるのか、ずっと見てみたかった。
これでまた一つ夢が叶う。
あまりに嬉しくて鼻の奥がツンとした。
「敦司……泣いていい?」
「は? なんで泣く?」
「いいよね? 冬磨の前では泣けないから、今まとめて泣いていいよね?」
「……ハンカチは?」
「忘れた」
「…………ほれ」
敦司がタオルハンカチをずいっと俺の顔の前に差し出した。
「……ありがと。……まだ使ってないやつ?」
「使ってねぇよっ」
俺は泣き笑いをしながらハンカチで顔を覆った。
始業前、敦司のデスクまで行って俺はしゃがみ込んだ。
敦司を見上げて目いっぱい助けてって顔を向ける。
「…………おお、リリーどうした? なんか困ってんのか?」
突然、敦司の実家にいる猫のリリーの名前が出てくる。なんで?
「リリー? 頼みごとがあるならちゃんと言わなきゃわかんないぞー? にゃーって言ってみな?」
ああ、そういうことか。にゃーって言わないと助けないって言ってるんだ。
そんなのいくらでも言ってやる。めっちゃ可愛い子猫の声だってやったことあるもん。
「ミャァー……」
「ん? なんだって?」
「ミャァァー……」
「うんうん、そうか。またしょうもない男のせいで悩んでるんだな。昼に聞いてやるからいい子で待ってな」
「……しょうもなくないもん」
「ん? なんだって?」
「ミ、ミャン……」
「うんうん、リリーはいい子だな」
敦司め……。絶対問題解決してもらうからなっ!
「…………はぁ。またなにを言い出すんだよ……」
敦司はため息をつきながら、A定食のトンカツに箸をつけた。
「頼むよぉ。どーしても他にセフレがいるって証拠を捏造したいの。なんかないかな?」
「……お前さ。何度も言うけど、ここどこだと思ってんだ?」
「社食」
「……即答できるくらいにはわかってたか」
「ねー本当に。なんかないかなぁ……」
俺は全然食欲がなくて、B定食のレバニラ炒めを箸でつつく。
冬磨はあれから『前が慣れてないから変な力が入ってんだな』と勝手に納得してしまった。だから目をつぶるんだろうと。
もう、いつまでも慣れてないからって理由は使えない。
「なんだよ。ずいぶん必死だな。さては嘘がバレそうなんだろ」
「うう……敦司ぃ……」
図星を突かれて、たぶん俺はいま相当情けない顔をしてるだろう。
俺は敦司に、かいつまんで事情を説明した。
目を見ればわかる、という冬磨の言葉が怖くて目を開けられないこと。目を閉じてたらしらけると言われたこと。だから、目を見られても大丈夫なくらい、ちゃんと他にもセフレがいるって証拠が必要なこと。
涙目になって訳を話した。
「だってさぁ……。最中に演技なんてできないんだもん……」
「最中って……また……。ここ社食だからな? 誰が聞いてるかわかんねぇんだぞ?」
「誰も俺のことなんて興味ないって」
「そういう問題じゃねぇだろ。内容がやばいんだよ内容がっ」
敦司は心配性なんだよな。
そもそも俺は、ゲイバレはそんなに怖くない。
わざわざ言うつもりもないけれど、もし彼氏ができれば手を繋いでデートしたいし、将来だってパートナーシップ制度を利用してちゃんとしたいって夢もある。……いや、あったんだ。
冬磨を好きになって、その夢は全部あきらめた。
俺は冬磨に切られるギリギリまで、ずっと冬磨のそばにいる。
それが俺の今の新しい夢だ。
「お前さ。演劇部でいつもどんな役やってた?」
「え? なに突然。どんなって……んー? だいたいいつも振られる二番手の役? とか、いい人ね、みたいな害のない役?」
懐かしい。
俺は主役の器じゃないから脇役ばっかりだったけれど、これでも演技力は部内で一位二位を争うくらいの実力だった。
劇団に入って続けようかと迷うくらいには。
いまでもまだ役者の夢を引きずる程度には。
「……うん、まあ悪く言えばそれな。じゃなくてさ。いつもみんなから愛される役ばっかだったじゃん?」
「えー? そうだった? それ盛りすぎだって」
「なんも盛ってねぇし」
「まぁ、そうだとしても、それは役の話ね」
うん、たしかに愛される役だったかも。どの役も好きだったなぁ。
「会社でも、お前ってそんな感じだからな?」
「そんな感じって?」
「愛されキャラ」
「…………ええ? ないよそれは」
髪を染めたとき、周りから『可愛いー!』といじられたけれど、その後 はただの日常が続いてる。毎日仕事の会話ばかりで、特に何もない一日を過ごしている。
「今日さ、課長の東京土産配られたろ?」
「うん、ピヨコ饅頭ね」
「お前何個もらった?」
「二個」
「俺は一個だ」
「……あ、俺最後のほうだからじゃない? 余ったからどうぞ的な」
「いいや。俺は知ってるっ。お前はいつもみんなより多いっ」
「たまたまだってー」
「じゃあ教えてやる。普通、お土産の菓子は一人一個だ」
「…………ええ? 二個が普通だろ? 今日はたまたまみんな一個で、余ったぶんが俺んとこ来たんだって」
敦司が真顔になって、はぁ、とため息をついた。
ええ? じゃあいつも俺だけ多くもらってるってこと?
いやでも、やっぱり俺の席が最後のほうだからだよ。
「あ、星川さんもレバニラ定食ですか?」
「ん?」
頭の上から声が降ってきて見上げると、春に入った新人の男の子が、空の皿が乗ったトレーを手に立っていた。
「え、伊藤もう食べ終わったの? ちゃんと噛んでる? 早食いは身体に悪いよ?」
「ちゃんと噛んでますよ。星川さんが遅いんです」
「え、あー……確かにそうかも」
今日は本当に食欲ないし、ずっと敦司と話ばかりしていた。
「あ、これ食後の口直しにどうぞ。レバニラはやばいので」
「あ、ガム? 気がきくじゃーん、サンキュー」
「あ、佐藤さんもよければ」
「……おう、あんがと」
後輩がいなくなると、敦司が俺を見て、またため息をついた。
「……愛されキャラめ」
「まだ言ってる」
こんなの普通なのに。
「あー……そんなことよりなんか証拠だよ……。一緒に考えてよ敦司ぃ……」
「そんなの、キスマークでもどっかにつければいいじゃん」
敦司がとんでもないことを言い出した。まるで簡単だろ、とでも言いたげに。
「はぁ? そんなの誰につけてもらえっていうのさ……」
「自分で付けられるだろ?」
と、敦司が自分の肩口に顔を近づけて見せる。
「ほら、肩なら届くじゃん」
言われて俺もやってみた。
「うおおっ! えっすごいっ! 自分でつけられるっ!」
「お前、声でかいって」
こんなこと全然思いつかなかった。やっぱり敦司は頼りになるっ!
「敦司ぃ! サンキュー!」
キスマークがあれば、もし目を見られたとしてもきっと大丈夫だ。
他にセフレがちゃんといるってわかれば、気持ちだだ漏れの目で見つめたって、最中だけなんだからきっと大丈夫。
キスマークを付ければ、これからは冬磨の顔を見ながらできるんだ。
どんな顔で俺を抱いてるのか、ずっと見てみたかった。
これでまた一つ夢が叶う。
あまりに嬉しくて鼻の奥がツンとした。
「敦司……泣いていい?」
「は? なんで泣く?」
「いいよね? 冬磨の前では泣けないから、今まとめて泣いていいよね?」
「……ハンカチは?」
「忘れた」
「…………ほれ」
敦司がタオルハンカチをずいっと俺の顔の前に差し出した。
「……ありがと。……まだ使ってないやつ?」
「使ってねぇよっ」
俺は泣き笑いをしながらハンカチで顔を覆った。
137
お気に入りに追加
2,125
あなたにおすすめの小説

僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる