【完結】本気だと相手にされないのでビッチを演じることにした

たっこ

文字の大きさ
1 / 154

1 俺たちの関係

しおりを挟む
「ねぇ、一度でいいから相手してくれない?」
「んー? 君もしつこいねぇ」
「絶対二回は誘わないからさ。ね?」

 待ち合わせのバーに着くと、カウンターに座っている冬磨とうまが今日もまたネコと思われる男に誘われていた。
 見慣れた光景でも見ているのがつらい。
 でも、それは嫉妬ではなく同情だ。

「また無駄なことしてる奴がいる」

 そばのボックス席からそんな声が聞こえてきた。

「あー。冬磨は無理だってわかってるだろうになー?」
「よっぽど自信あるんだろ。そんな顔してる」
「よし、誰がなぐさめる?」

 そして、じゃんけんを始める男たち。
 これも何度も見た光景。

「ね、冬磨。たまにはさ、他の人も食べたくなんない? 同じ人ばっかりじゃ飽きるじゃん?」
「んー。別に飽きねぇな」
「えー?」

 あのネコが自分に見える。
 何度も何度も想像した。俺が冬磨に断られるシーンを。
 あのネコと俺の違いはなんだったんだろう。
 なんで俺は冬磨に選ばれたんだろう。
 未だに信じられなくて、だから余計にこの続きを見るのがつらい。

 冬磨は、その神々しい美貌に誰もが目を奪われる存在。
 歳はたぶん俺よりは上。それしか知らない。
 身長は一八〇を優に超え、端正な彫りの深い顔につり目がちの瞳は一見クール見える。でも、ふわふわとした猫っ毛の黒髪が柔らかい印象を与えていた。そして、彼の優しい笑顔には人を惹きつける魅力が宿っている。冬磨の笑顔に出会った人は、一瞬で彼に魅了され虜になる。

 でも、冬磨はここで新しい相手を求めてはいない。今は充分すぎるほどに相手がいるからだ。

 冬磨に声をかける前に立ち止まり、深呼吸をする。
 俺は今からビッチ・・・を演じる。
 ビッチ天音あまね、ビッチ天音。何度もくり返し自分に言い聞かせ、足を踏み出した。

「冬磨」

 近づいて声をかけると、冬磨はグラスから口を離して俺を振り返った。
 美しく丸い氷がグラスの中でカランと音を奏でる。
 冬磨は今日もスーツがビシッと決まっている。仕事帰りのはずなのに、疲れた様子はどこにも見られない。スーツを着る仕事であること以外はなにも知らない。お互いに詮索しない。

「天音」

 隣のネコに辟易へきえきしていたんだろう。冬磨は俺の存在を確認すると、どこかホッとしたように微笑んだ。

「行こ?」
「ああ」

 冬磨はすぐに腰を上げ、隣のネコに「じゃあな」と告げた。

「ちょっとっ。いま俺が誘ってるんだから邪魔しないでよっ」

 俺に向かって牙をむくようにわめくネコに、冬磨が冷たくたしなめる。

「俺が約束してた相手だ。邪魔してるのは君のほうだろ」

 彼はその言葉にカッとしたように目をむいて、今度は冬磨にも攻撃し始めた。

「新しいセフレは作らないって言っといてコイツは作ったじゃんっ。なんでっ?! だったら俺だって一回くらいいいだろっ?」

 俺には彼の気持ちが痛いほどわかる。だから言い返すのが苦しい。でも、いまの俺はビッチ天音だ。なにか言わなくちゃ。どう言い返せばいいかと考え込んでいると、先に冬磨が言い放った。

「こいつは俺を好きじゃないからな。俺はそういうのしか相手にしないんだ」

 きっと彼もそれは知っていただろう。だから『二回は誘わない』と言ったんだ。あれは彼なりの必死なアピールだった。
 彼の泣きそうな顔を見て、俺まで泣きそうになる。
 でも、俺はビッチ天音を演じなければならない。ぐっと涙をこらえ必死で無表情を装った。



「待ち合わせの店変える?」

 店を出て歩きながら冬磨に問いかけた。
 さっきの彼はもう誘わないとは思うけれど、会えば気まずいだろう。そう思っての提案だった。
 言ってしまってから気がつく。冬磨があの店で待ち合わせをするのは俺だけじゃなかった……。
 
「いや。どこ行ったってどうせ同じことのくり返しだろ」

 と、冬磨は苦笑する。
 はぁ……こんなの冬磨にしか言えないセリフだな……。
 冬磨の苦笑にすらときめいて、すぐにハッとする。
 いまはビッチ天音だ。忘れるなっ。

「俺はどこでもモテますって? うーわ鳥肌っ」
「まぁ、事実だしな? だからほんと、天音みたいに楽なやつ、貴重」

 ズキッと胸が痛んだけれど、気付かないふりをする。

「……だろ? つっても冬磨にはそんなのいっぱいいるじゃん」
「いや? 天音はその中でも特別」
「は? なんで」

 冬磨の口から特別なんて言われるとは思いもしなくて、心臓が飛び出そうになった。
 冬磨は少し身をかがめ、頭一つ分は小さい俺の耳元にささやいた。

「楽な関係なのに、天音みたいにベッドでは超可愛いやつ、マジで貴重」
「……なんだそれ」

 ははっと笑って冷や汗が出る。
 やっぱり慣れてないってバレてる……?
 いや、そんなわけない。
 他にセフレがいることは信じてるみたいだし、後ろは念入りにひとりで広げてる。
 今でもゲイビでいろいろ勉強してる。
 そもそもバレてたらとっくに切られてるよね。
 だから大丈夫。大丈夫だよね。
 冬磨とは、まだ終わらない。
 まだ。もう少し。もう少しだけ。
 少しでも長くそばにいたい……。

 
しおりを挟む
感想 172

あなたにおすすめの小説

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

必要だって言われたい

ちゃがし
BL
<42歳絆され子持ちコピーライター×30歳モテる一途な恋の初心者営業マン> 樽前アタル42歳、子持ち、独身、広告代理店勤務のコピーライター、通称タルさん。 そんなしがない中年オヤジの俺にも、気にかけてくれる誰かというのはいるもので。 ひとまわり年下の後輩営業マン麝香要は、見た目がよく、仕事が出来、モテ盛りなのに、この5年間ずっと、俺のようなおっさんに毎年バレンタインチョコを渡してくれる。 それがこの5年間、ずっと俺の心の支えになっていた。 5年間変わらずに待ち続けてくれたから、今度は俺が少しずつその気持ちに答えていきたいと思う。 樽前 アタル(たるまえ あたる)42歳 広告代理店のコピーライター、通称タルさん。 妻を亡くしてからの10年間、高校生の一人息子、凛太郎とふたりで暮らしてきた。 息子が成人するまでは一番近くで見守りたいと願っているため、社内外の交流はほとんど断っている。 5年間、バレンタインの日にだけアプローチしてくる一回り年下の後輩営業マンが可愛いけれど、今はまだ息子が優先。 春からは息子が大学生となり、家を出ていく予定だ。 だからそれまでは、もうしばらく待っていてほしい。 麝香 要(じゃこう かなめ)30歳 広告代理店の営業マン。 見た目が良く仕事も出来るため、年齢=モテ期みたいな人生を送ってきた。 来るもの拒まず去る者追わずのスタンスなので経験人数は多いけれど、 タルさんに出会うまで、自分から人を好きになったことも、本気の恋もしたことがない。 そんな要が入社以来、ずっと片思いをしているタルさん。 1年間溜めに溜めた勇気を振り絞って、毎年バレンタインの日にだけアプローチをする。 この5年間、毎年食事に誘ってはみるけれど、シングルファザーのタルさんの第一優先は息子の凛太郎で、 要の誘いには1度も乗ってくれたことがない。 今年もダメもとで誘ってみると、なんと返事はOK。 舞い上がってしまってそれ以来、ポーカーフェイスが保てない。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

処理中です...