ふれていたい、永遠に

たっこ

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番外編

念願の黒スーツ✦side秋人✦1

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 やっと来れたよっ。スーツ専門店っ。
 念願の蓮の黒スーツだっ。
 もう絶対カッコイイよな。やばい。想像だけで顔がデロデロになる……。

「オーダースーツでしょうか」

 俺たちを見るなり店員さんが声をかけてきた。

「え、オーダースーツ? あ、蓮オーダーがよかった?」
「俺プライベートでオーダースーツなんて買ったことない」
「あ、よかった。俺も。事務所で買わされたのはあるけどさ。自分で買うのはなんか俺には贅沢かな」
「うん、俺も既製品で充分」
「左様でございましたか。失礼致しました」

 店員さんが慌てて頭を下げた。

「いえいえこちらこそすみません、オーダーじゃなくて」

 きっと芸能人だからオーダースーツだと思ったんだろな、と思うと申し訳ない。
 俺も蓮も、金銭感覚が似ていてホッとする。
 確かにそれなりに稼いではいるけど、ブランドとか本当に興味無いし、安いもので事足りるならそれでいい。蓮もその辺の感覚が同じだから一緒にいて心地がよかった。

「それに今日は絶対持って帰りたいしな?」

 ニヤッと蓮に笑いかけるとボッと赤くなった。
 あ、やばい、ファンの子がキャーキャー言い出した。

「……秋さん、それ以上言うともう買わないからね」
「……はーい」

 本当に買わなかったら嫌だから、ちょっと大人しくしていよう。
 黒スーツって言ってもいろいろあるんだな。
 でも俺の中では、エレベーターでばったり会ったときのあの蓮が鮮明に印象に残ってて、そのとおりに選ぶとやっぱりチャコールグレーとかいう色のスーツばかりになった。

「やっぱりこの色なんだね」

 蓮がクスクス笑うから、ダークネイビーとダークブラウンも選んだ。

「んじゃあ、これと、これも。はいっ! 着せ替え~!」
「はいはい」

 試着室に蓮を押し込み、俺は椅子に座って待つ。
 入口にいるファンの子達が、着せ替え後に出てくる蓮を撮ろうとカメラを構えてるのがわかって、なんとなくおもしろくなかった。
 見せないようにできねぇかな……俺の蓮。

 試着室のドアが開き、チャコールグレーのスーツを着て出てきた蓮に俺は釘付けになった。
 あのときエレベーターで見た蓮だ。ドクンと心臓が鳴った。
 あ、やばい。エレベーターですら直視出来なかったのに、なんでここでは平気だと思ってたんだろ。
 家で着せ替えしたときだってあんなにメロメロだったのに、なんでここで黒スーツの蓮を見て平気だと思ってたんだろ。
 一気に顔が熱く火照る。やばい。やばいじゃん。これやばいだろ。

「秋さんちょっと襟見てくれる?」
「……あ……え? 襟? どれ?」

 俺が襟を見ようと近づくと、蓮が耳元でささやいた。

「秋さん、店員さんに見られたかも」
「な、なにを」
「その赤い顔」
「え……っ」
「みんなざわざわしてる」

 さっき蓮を待つ間、蓮は友達って暗示をかけ忘れた。
 あまりに無防備に待ちすぎた。
 ドアが開いた瞬間から蓮に見惚れてた。
 なにやってんだ俺。

「秋さん大丈夫っ? すごい熱だよっ」
「えっ」

 蓮は俺の額に手を当て声を上げると、俺をまた椅子に座らせた。「ぐったりして」と耳打ちされて、俺は必死で発熱した患者になりきった。
 
「え、あ、大丈夫ですかっ?」

 店員さんが駆け寄ろうとするのを蓮がとめる。
 
「時期的にインフルかもしれません。皆さんに伝染ると大変なので。あの、このスーツいただけますか。すぐ着替えて来るので包んでください」
「あ、裾上げは……」
「あとでなんとかします。大丈夫です」
「あ、はい。ではすぐにお会計の準備を……」

 店員さんは、蓮から先にジャケットだけを受け取りレジへと向かう。
 
「秋さん大丈夫? すぐ着替えて来るから待ってて」

 そう言って蓮はまた試着室に入って行った。
 店員さん達はオロオロして、入口のファンの子達もざわざわしながらスマホをこちらに向けている。
 やべぇ……恥ずすぎる。蓮に見惚れた結果のこの珍事……。 

 蓮は着替え終わるとサッと会計を済ませ、俺を支えるように歩いて店を出た。

「蓮、ごめん」
「秋さん大丈夫? すぐ帰ろう。帰りは俺が運転するから」

 あ、これまだ演技中だ。声の緊迫感が物語っていた。
 周りのファンの子や他のお客さんたちも、何事かと集まってくる。
 やべぇこれ……人生最大に恥ずいかも……。

 車の助手席に座らされ、蓮が運転席に乗り込んだ。
 車の周りには、追いかけてきたファンの子がまだ数名いる。
 蓮が俺の額にふれて心配そうに顔を覗き込んだ。

「秋さん、さっきより顔赤いけどなんで? 大丈夫?」
「…………だよ」
「え?」
「…………死ぬほど恥ずいんだよっ」
「うん、だよね。ふふ。……笑わせないで」
「早く車出せ……」
「ふふ。はーい」

 表情は心配そうに、声だけで笑うという器用なことをして、蓮が車を発進した。
 駐車場を出てショッピングモールから離れると、やっとホッと息をつく。

「……蓮」
「うん?」
「いいかげんにしろ……」
「なにが?」
「……笑いすぎっ」
「えー? だって秋さんが可愛すぎるんだもん」

 蓮が見たこともない顔でずっと笑ってる。
 顔は……うん、ニタニタって表現が一番ピッタリだ。

「試着室のドア開けた瞬間の秋さんの顔、俺もう忘れられない。はぁ……可愛かったぁ」

 ニタニタ顔の蓮の横顔をじっと眺めた。
 俺のせいで面倒なことになって迷惑かけたのに、文句のひとつも言わないんだな。
 
「……悪かったな。迷惑かけて」
「え? 全然だよ? だって可愛かったし」

 あー動画撮りたかったぁ、とまだニタニタしてる。

「あとあれだね。アドリブの練習にもなったしハプニングもたまにはいいね。すごい楽しかった」
「楽しかったのか……?」
「あれ? 秋さん楽しくなかった?」

 蓮はそう言って俺を見て、意地悪げに含み笑いをした。
 
「……お前、あとで覚えとけよ」
「あはは。もー可愛い秋さん。帰ったらすぐ襲っていい?」
「……黒スーツな」
「裾上げまだだけど」
「折ればいいじゃん」
「そうだね」

 蓮はクスクス笑ってる。異論はないらしい。
 行きと違って帽子をかぶってる俺たちは、赤信号のたびに手をつないだ。
 蓮は「家までこんなに遠かったっけ?」と首をかしげながら運転していた。

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