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スマイルゼロ円✦side蓮✦2
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スタジオから出てすぐ、秋さんは女性に追いついた。
「野口さん」
ふり返った野口さんは、秋さんを見て驚いたように固まった。
「え、私……?」
「あの、さっきの見てたんですけど」
「あ……す、すみません。みんなの前で……。お騒がせしてごめんなさい……」
「いえ、そうじゃなくて」
「え?」
「さっきのは、野口さんは何も悪くないので落ち込むことないですよ」
秋さんは突然彼女に、そう断言した。
「……え?」
野口さんは目をパチクリさせてる。
「壊れた機材を避けておかなかったのは、あの人でしょ? ただの責任転嫁ですよ。だから野口さんが泣く必要は何も無いです」
「…………は、はい……」
「それに、失敗から学ぶってよく言うじゃないですか」
「え……あ、はい」
「あの人は、壊れた機材で一度痛い思いをして覚えて、忘れるはずがないだろうけど。でも野口さんはただ伝えられただけ。同じ失敗をしたわけでもないのに、ちょっと忘れてただけだし、しかも責任転嫁であんなに怒鳴られることじゃないです。あの人が怒鳴った時点で、もうそれは注意じゃなくてただの理不尽だから、傷つく必要はないです」
まだ新人さんらしく初々しい野口さんは、秋さんの言葉で、みるみるうちに目を真っ赤にさせた。
みんなさっきの現場を見つつも、助けようとする人はいなかった。
俺も同類だ。でも秋さんは、追いかけてきてまで彼女の心を救ってあげている。
優しいな、と心がふわっとあったかくなった。
「あと、これが本題なんですけど」
あれ、今のは本題じゃなかったの? と不思議に思って秋さんを見た。
「いつも怒鳴ってくる人とか、あと理不尽なこと言われたときの、とっておきの対処法です」
そう言ってかすかにウインクをして、秋さんはちょっとだけニヤリと悪そうな顔をした。
「また怒鳴られたら『なんて可哀想な人なんだろう』って、上から目線で思うようにしてみてください」
「……可哀想な人?」
「そう。『こんな理不尽なことしか言えないなんて、なんて可哀想な人なんだろう』とか。『いつも怒鳴ることしかできないなんて、なんて可哀想な人なんだろう』って。そのあとは、『そんな可哀想な人の言葉で、落ち込むなんてバカバカしいや』って思ってみて。心の中でべーって舌だして、表では、はいはいって聞いていればいいんです」
さっき黒田さんが、彼が怒鳴るのはいつものことだと言っていた。だからこれを伝えたくてわざわざ追いかけてきたのだと、話を聞いていて分かった。
「イライラしそうなときにもおすすめです。結構効き目ありますよ。経験談です」
「……は、はい。今度怒鳴られたらやってみます。あの……ありがとうございます……っ」
「あ、でもごめんなさい。お節介だったかも。昔の自分を見てるみたいで思わず……」
「い、いえそんな! すごく嬉しかったです!」
「ああ、良かった。さっきの人、誰にでもああみたいだから、本当に落ち込まないでください。大変そうだけど、負けないで頑張ってくださいね」
秋さんは、とても優しい瞳で野口さんを見ていた。
野口さんは、何度もお礼を言って頭を下げ、機材を片付けに下がっていった。
「秋さん……」
「ん?」
「あれはどこの経験談なの?」
「あれか? あれは昔バイトしてたハンバーガーのモックの経験談。いっつも怒鳴って理不尽なことばっかり言う常連さんがいてさ」
「え! 秋さんモックでバイトしてたの!?」
「そう。すぐデビューしちゃったから、ちょっとだけどな。半年くらいかな?」
「秋さんがモック! すごい行列になったでしょ?」
「ならねぇよ」
クックッと笑う秋さん。
「俺のスマイルゼロ円、いる?」
「いるっ、ほしいっ、毎日ほしいっ!」
「ははっ! すげぇ圧だなっ」
秋さんがモックにいたなんて。俺も、毎日通いたかった。
「うん。蓮になら、いつでもやるよ」
秋さんはそう言って、まるで花が咲いたように破顔した。
胸がぎゅっと締め付けられる。
もう、毎日ずっと秋さんが好きだ。
これは、役の感情を引きずってるからなのか。
それとも恋なのか。
どっちにしても、秋さんには知られたくない。
秋さんにきらわれるのだけは、たえられないから。
「野口さん」
ふり返った野口さんは、秋さんを見て驚いたように固まった。
「え、私……?」
「あの、さっきの見てたんですけど」
「あ……す、すみません。みんなの前で……。お騒がせしてごめんなさい……」
「いえ、そうじゃなくて」
「え?」
「さっきのは、野口さんは何も悪くないので落ち込むことないですよ」
秋さんは突然彼女に、そう断言した。
「……え?」
野口さんは目をパチクリさせてる。
「壊れた機材を避けておかなかったのは、あの人でしょ? ただの責任転嫁ですよ。だから野口さんが泣く必要は何も無いです」
「…………は、はい……」
「それに、失敗から学ぶってよく言うじゃないですか」
「え……あ、はい」
「あの人は、壊れた機材で一度痛い思いをして覚えて、忘れるはずがないだろうけど。でも野口さんはただ伝えられただけ。同じ失敗をしたわけでもないのに、ちょっと忘れてただけだし、しかも責任転嫁であんなに怒鳴られることじゃないです。あの人が怒鳴った時点で、もうそれは注意じゃなくてただの理不尽だから、傷つく必要はないです」
まだ新人さんらしく初々しい野口さんは、秋さんの言葉で、みるみるうちに目を真っ赤にさせた。
みんなさっきの現場を見つつも、助けようとする人はいなかった。
俺も同類だ。でも秋さんは、追いかけてきてまで彼女の心を救ってあげている。
優しいな、と心がふわっとあったかくなった。
「あと、これが本題なんですけど」
あれ、今のは本題じゃなかったの? と不思議に思って秋さんを見た。
「いつも怒鳴ってくる人とか、あと理不尽なこと言われたときの、とっておきの対処法です」
そう言ってかすかにウインクをして、秋さんはちょっとだけニヤリと悪そうな顔をした。
「また怒鳴られたら『なんて可哀想な人なんだろう』って、上から目線で思うようにしてみてください」
「……可哀想な人?」
「そう。『こんな理不尽なことしか言えないなんて、なんて可哀想な人なんだろう』とか。『いつも怒鳴ることしかできないなんて、なんて可哀想な人なんだろう』って。そのあとは、『そんな可哀想な人の言葉で、落ち込むなんてバカバカしいや』って思ってみて。心の中でべーって舌だして、表では、はいはいって聞いていればいいんです」
さっき黒田さんが、彼が怒鳴るのはいつものことだと言っていた。だからこれを伝えたくてわざわざ追いかけてきたのだと、話を聞いていて分かった。
「イライラしそうなときにもおすすめです。結構効き目ありますよ。経験談です」
「……は、はい。今度怒鳴られたらやってみます。あの……ありがとうございます……っ」
「あ、でもごめんなさい。お節介だったかも。昔の自分を見てるみたいで思わず……」
「い、いえそんな! すごく嬉しかったです!」
「ああ、良かった。さっきの人、誰にでもああみたいだから、本当に落ち込まないでください。大変そうだけど、負けないで頑張ってくださいね」
秋さんは、とても優しい瞳で野口さんを見ていた。
野口さんは、何度もお礼を言って頭を下げ、機材を片付けに下がっていった。
「秋さん……」
「ん?」
「あれはどこの経験談なの?」
「あれか? あれは昔バイトしてたハンバーガーのモックの経験談。いっつも怒鳴って理不尽なことばっかり言う常連さんがいてさ」
「え! 秋さんモックでバイトしてたの!?」
「そう。すぐデビューしちゃったから、ちょっとだけどな。半年くらいかな?」
「秋さんがモック! すごい行列になったでしょ?」
「ならねぇよ」
クックッと笑う秋さん。
「俺のスマイルゼロ円、いる?」
「いるっ、ほしいっ、毎日ほしいっ!」
「ははっ! すげぇ圧だなっ」
秋さんがモックにいたなんて。俺も、毎日通いたかった。
「うん。蓮になら、いつでもやるよ」
秋さんはそう言って、まるで花が咲いたように破顔した。
胸がぎゅっと締め付けられる。
もう、毎日ずっと秋さんが好きだ。
これは、役の感情を引きずってるからなのか。
それとも恋なのか。
どっちにしても、秋さんには知られたくない。
秋さんにきらわれるのだけは、たえられないから。
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