ふれていたい、永遠に

たっこ

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キスシーン✦side秋人✦2

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 撮影本番。
 夕日の差し込む教室の片すみ。
 思わず抱きしめてしまった親友に想いを打ち明ける、蓮のセリフから始まるシーン。

 蓮に、抱きしめられた状態でスタンバイ。

 心臓が早鐘を打っている。お願いだから、静まってほしい。蓮の演技の邪魔をしたくない。

 
 
 監督のスタートの声が響いた。

 
 
「…………ごめん。俺、お前が好きなんだ……」

 耳元に、まるで絞り出すように苦しそうな親友の…………。蓮の……声。
 それを聞いただけで、胸がぎゅっと痛くなって泣きそうになった。俺の……秋人としての胸が……。
 監督のスタートの声が聞こえても、全く役になりきれず今ここに立っている。
 ゆっくりと俺の体を離し、両肩を握る蓮の手が震えていた。
 
「…………ごめん、忘れてくれ。好きになって……本当にごめんな……」

 肩から力なく離れていくその手を、思わずにぎりしめた。
 離れたくない……。
 離したくない……。
 ずっと……こうしていたい。蓮と……。
 何か分からない感情があふれて、俺の手も震えていた。

「俺も……お前が…………好きだ」

 喉の奥が焼けるように熱くて、つぶれるような声になった。
 …………ああ、そうか。そうなんだ……。
 セリフを口にしてみて、分かった。
 
 好きだよ……蓮。お前が……。

「好き……なんだ……」

 震える声で必死に告げると、引き寄せられて閉じ込めるようにぎゅっと抱きしめられる。 
 身体中が歓喜に震えて、燃えるように熱くなった。

 にぎったままの手は、どちらからともなく指をからめ合った。
 指先から、好きの気持ちが伝わってくる。

 抱きしめていた腕がゆるみ、俺たちは見つめ合った。
 瞳がうったえてくる。痛いくらい好きだと。
 蓮の気持ちじゃないと分かっていても、勘違いしてしまいそうになる……。
 
「……好き…………」

 喉の奥から絞り出すように伝えた、その唇が震えた。

「俺のほうが……大好きだ……」

 射るような熱い眼差し。
 ゆっくりと顔が近づいて、唇が重なった。

 ふれるだけの、優しいキス。
 
 唇から電流が流れるように、身体中がしびれた。
 今、蓮と……キスしてる……。
 嬉しくて、でも胸が痛くて泣きたくなった。

 唇がゆっくり離れていく。
 いやだ、離れたくない。もっとこうしていたい。
 まだ、このまま……。撮影中なら……まだ、キスしていられる……。
 
 蓮の首に腕をまわして引き寄せ、自分からもう一度唇を重ねた。
 嬉しくて幸せで、愛しい感情があふれ出る。
 でも胸が苦しい。これはきっと、叶うはずがないという悲しみと罪悪感。
 ごめん、蓮……好きになって……。
 ごめんな……。撮影を利用してまで……キスなんかして……。
 蓮とキスができた嬉しい気持ちと罪悪感で、まぶたの奥が熱くなった。

 

 カットの声がかかっても、いつものように頭が切り替わらない。切り替わるはずがない。
 だって俺は今、演技をしていなかったから。
 ずっと俺のままだったから。
 セリフも感情もなにもかも全部、俺自身だったから……。
 
 監督が側にやってきて、抱きつくような勢いで肩をつかまれた。
 
「二人ともすごく良かったよ! つないだ手を見てるだけで二人の気持ちが伝わってきて、ものすごく良かった。秋人くんのアドリブのキスも驚いたけど最高だったよ!」
 
 監督は目の前にいるのに、その言葉はどこか遠くで聞こえる。
 ずっとつないでいる蓮の手を、ぎゅっとにぎり直した。まだこの手を離したくなかった。

「秋……さん……?」

 蓮の戸惑うような声に答えられない。
 撮影中に、急に自分の気持に気付かされて、整理しきれない感情でいっぱいだった。

「秋さん、もしかして役が抜けてない?」

 心配そうに瞳をゆらす蓮を見る。
 ぶわっと気持ちがあふれて止まらなくなった。
 同時に、もう熱のこもっていない蓮の瞳に胸がズキッと痛む。
 指先から伝わってきた好きの気持ちも、今は感じない。
 当たり前だ。蓮のあれは演技だったんだから。
 蓮は演技をしていて、俺だけがしていなかった。

 もうこのまま、手を離したくないと思っているのも。
 またさっきのように、抱きしめてほしいと思っているのも。
 もう一度キスがしたいと思っているのも。
 全部、俺だけ。

 俺だけが、蓮を、好きなんだ――――。


 
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