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『あっちの家は処分するが、いいよな?』
「え、父さんこっちで仕事のときどうするんだよ」
『なんだよ、お前の家に行ったらダメなのか?』
戸惑うように俺を見る岳の心が聞こえる。
『そのあいだ徹平が泊まりに来れなくなる……。長ければ二週間も……』
『仕方ねぇよ、岳。それくらい我慢する』
『我慢……するしかないのか。そうか……いまが贅沢なんだよな』
そうなんだ。いまが贅沢すぎるくらいなんだ。
わかってるのに、もうすでに寂しい。
『おい。あからさまに黙り込むなよお前。やっぱりダメか……』
「あ、いや。徹平と……野間と話してた。いいよ、日本に来るときはここで」
岳のその言葉で、俺のことを父親に話してるんだとわかった。
岳の父親は俺たちのこと反対してねぇんだな……。
じわっと幸せが胸に広がった。
『おっ、そうかそうか。うんうん。まぁ、そう言ってもらいたかっただけなんだけどな?』
「どういう意味だよ」
『そんなに野間くんを囲い込んでる家にお邪魔できるわけないだろ? 冗談だ。俺はホテルでいいさ。会社に行くのも楽だしな』
「そ……うか」
二人で目を合わせてホッとした。
『そのかわりそっちに行くときは一緒に食事でもしよう。それくらはいいいだろ?』
「……まぁ、それくらいはいいよ」
『本当に可愛くないな』
スマホから聞こえる楽しそうな笑い声で、父親がどれだけ岳を可愛がっているかが伝わってくる。
やっとこうやって息子と普通に会話ができるようになったんだ。可愛いに決まってるよな。
俺がこんなに嬉しいんだから岳はもっと嬉しいはず。よかった、と顔がほころぶ。
『あれ? そういえば……野間くんはいまそばにいるのか?』
「いるけど?」
『いつ、からだ?』
「最初からだけど。なに?」
『なにってお前……。さっき俺の心の声の話しただろう……』
「ああ、野間は知ってるから」
知ってるというか同じだし、と心が通じあって笑った。
『えっ!? ああ……そうなのか。知ってるのか。そっか。それはすごいな。そりゃお前、手放せないな?』
「……ああ。もう手放せない。手放さないよ、絶対」
あとの「手放さない」は俺の目を見て言って、おでこにキスを落とした。
涙が出るくらい嬉しくて心が震える。
俺も岳を絶対に手放さない。
『そうかぁ。そのままのお前を受け止めてくれる子か。俺も会いたいな。今度会わせてくれよ』
いいか? という岳の心に、もちろんと答えた。
岳の父親に会える日がいまから楽しみでわくわくした。
「あーもう学校かぁ。夏休み短ぇー……」
朝食のトーストを頬張りながらうなだれる。
食卓テーブルに向かい合って座り、いつものように足先でじゃれ合いながらの食事。つついたりくすぐったり両足ではさんだりしていると、たまにうるさい、というように岳が足を踏んでくる。
顔は普通を装っているのに、心は『可愛い可愛い』と繰り返してる岳のほうが可愛くて顔がにやけた。
「俺は徹平に会えない期間が長すぎた夏休みだったけどな」
「はっ? そういう意味なら俺だってすっっっげぇ長い夏休みだったよっ。そうじゃなくてさ……」
「わかってるよ。でも学校が始まったってずっと一緒だろう?」
『アメリカに行かずに済んだだけで俺は幸せだ』
俺だって同じだ。もう会えないかもと思ってた岳が、そばにいて恋人になって一緒に学校に行ける。すげぇ幸せだけど。でも。
「だって……学校行ったらベタベタできねぇじゃん……」
もっとずっとイチャイチャしていたかった。
好きなときにキスもできねぇし。俺、欲求不満になるかも……。
焼いたソーセージを箸でつつきながらうなだれると、岳があきれたようにクッと笑う。
「お前はいつでもキス基準だな」
『家出る前にいっぱいキスしてやろう』
すぐに聞こえた心の声に、嬉しすぎて喜びが隠せない。
「すっっげぇ大好きっ! 岳っ!」
「知ってる」
『ああ可愛い……』
「へへっ」
俺たちは食べ終わるとキスをして、食器を片付けてキスをして、靴をはく前にもいっぱいいっぱいキスをした。
キスをやめられない俺に岳が言った。
『徹平、そろそろ行くぞ』
「……ん…………」
『やだ。まだいいじゃん』
「……おい」
岳は唇を離すと、俺の頬を指で挟んでむぎゅっとしてくる。
「いいかげんにしないと、今日はもうキスおあずけにするぞ?」
「……おあじゅけって(おあずけって)」
頬をつぶすように指で挟まれてて、ちゃんとしゃべれない。
心で話そうかと思ったけど、わざとこのまま続けた。
「だって学校行ったらどうしぇもうできねぇじゃん……」
俺の不細工な顔と変なしゃべり方で、岳がぶはっと吹き出してクックッと笑う。
笑われてるのに嬉しくなった。岳の表情が最近すごく豊かになって、眉間のシワなんてもう見る影もない。もっとたくさん笑ってほしい。岳が笑ってるとすごく嬉しい。
むぎゅっとしていた指を離して、岳は優しく俺の頬を撫でた。
「徹平」
「うん?」
「今日はもう、キスできないのか?」
「……できねぇ、だろ?」
「学校が終わったら、まっすぐ帰るのか?」
「え、だって……」
昨日泊まったから、今日は泊まれねぇじゃん。
ずっと一緒にいるためにちゃんとするって約束したし……。
「泊まらなくても、来ないか?」
「……え」
「ちょっとでも一緒にいたい。……と思ってるんだが……俺うざいか?」
「えっ!」
そっか。もう恋人なんだから泊まらない日もここに来ていいんだ。遠慮しないで来ていいんだ。
学校が始まったら、泊まらない日は帰らなきゃダメだと思い込んでた。いままでがそうだったから。
俺は飛び跳ねたくなるくらい嬉しくなって岳に抱きついた。
「来るっ! 来る来る来るっ!」
もうそれだけで今日から学校頑張れるっ!
「毎日来るっ!」
岳はクッと笑って心で可愛いを連呼したあと「ああ、毎日来いよ」とぎゅっと抱きしめてくれた。
「ほら、もう行くぞ」
俺の頭をポンとして身体を離す。
そしていつものように岳は俺の手を取った。
付き合うようになってから、家を出るときはいつもこうしてくれる。
「うんっ」
俺も笑顔でつないだ手にぎゅっと力を込めた。
「え、父さんこっちで仕事のときどうするんだよ」
『なんだよ、お前の家に行ったらダメなのか?』
戸惑うように俺を見る岳の心が聞こえる。
『そのあいだ徹平が泊まりに来れなくなる……。長ければ二週間も……』
『仕方ねぇよ、岳。それくらい我慢する』
『我慢……するしかないのか。そうか……いまが贅沢なんだよな』
そうなんだ。いまが贅沢すぎるくらいなんだ。
わかってるのに、もうすでに寂しい。
『おい。あからさまに黙り込むなよお前。やっぱりダメか……』
「あ、いや。徹平と……野間と話してた。いいよ、日本に来るときはここで」
岳のその言葉で、俺のことを父親に話してるんだとわかった。
岳の父親は俺たちのこと反対してねぇんだな……。
じわっと幸せが胸に広がった。
『おっ、そうかそうか。うんうん。まぁ、そう言ってもらいたかっただけなんだけどな?』
「どういう意味だよ」
『そんなに野間くんを囲い込んでる家にお邪魔できるわけないだろ? 冗談だ。俺はホテルでいいさ。会社に行くのも楽だしな』
「そ……うか」
二人で目を合わせてホッとした。
『そのかわりそっちに行くときは一緒に食事でもしよう。それくらはいいいだろ?』
「……まぁ、それくらいはいいよ」
『本当に可愛くないな』
スマホから聞こえる楽しそうな笑い声で、父親がどれだけ岳を可愛がっているかが伝わってくる。
やっとこうやって息子と普通に会話ができるようになったんだ。可愛いに決まってるよな。
俺がこんなに嬉しいんだから岳はもっと嬉しいはず。よかった、と顔がほころぶ。
『あれ? そういえば……野間くんはいまそばにいるのか?』
「いるけど?」
『いつ、からだ?』
「最初からだけど。なに?」
『なにってお前……。さっき俺の心の声の話しただろう……』
「ああ、野間は知ってるから」
知ってるというか同じだし、と心が通じあって笑った。
『えっ!? ああ……そうなのか。知ってるのか。そっか。それはすごいな。そりゃお前、手放せないな?』
「……ああ。もう手放せない。手放さないよ、絶対」
あとの「手放さない」は俺の目を見て言って、おでこにキスを落とした。
涙が出るくらい嬉しくて心が震える。
俺も岳を絶対に手放さない。
『そうかぁ。そのままのお前を受け止めてくれる子か。俺も会いたいな。今度会わせてくれよ』
いいか? という岳の心に、もちろんと答えた。
岳の父親に会える日がいまから楽しみでわくわくした。
「あーもう学校かぁ。夏休み短ぇー……」
朝食のトーストを頬張りながらうなだれる。
食卓テーブルに向かい合って座り、いつものように足先でじゃれ合いながらの食事。つついたりくすぐったり両足ではさんだりしていると、たまにうるさい、というように岳が足を踏んでくる。
顔は普通を装っているのに、心は『可愛い可愛い』と繰り返してる岳のほうが可愛くて顔がにやけた。
「俺は徹平に会えない期間が長すぎた夏休みだったけどな」
「はっ? そういう意味なら俺だってすっっっげぇ長い夏休みだったよっ。そうじゃなくてさ……」
「わかってるよ。でも学校が始まったってずっと一緒だろう?」
『アメリカに行かずに済んだだけで俺は幸せだ』
俺だって同じだ。もう会えないかもと思ってた岳が、そばにいて恋人になって一緒に学校に行ける。すげぇ幸せだけど。でも。
「だって……学校行ったらベタベタできねぇじゃん……」
もっとずっとイチャイチャしていたかった。
好きなときにキスもできねぇし。俺、欲求不満になるかも……。
焼いたソーセージを箸でつつきながらうなだれると、岳があきれたようにクッと笑う。
「お前はいつでもキス基準だな」
『家出る前にいっぱいキスしてやろう』
すぐに聞こえた心の声に、嬉しすぎて喜びが隠せない。
「すっっげぇ大好きっ! 岳っ!」
「知ってる」
『ああ可愛い……』
「へへっ」
俺たちは食べ終わるとキスをして、食器を片付けてキスをして、靴をはく前にもいっぱいいっぱいキスをした。
キスをやめられない俺に岳が言った。
『徹平、そろそろ行くぞ』
「……ん…………」
『やだ。まだいいじゃん』
「……おい」
岳は唇を離すと、俺の頬を指で挟んでむぎゅっとしてくる。
「いいかげんにしないと、今日はもうキスおあずけにするぞ?」
「……おあじゅけって(おあずけって)」
頬をつぶすように指で挟まれてて、ちゃんとしゃべれない。
心で話そうかと思ったけど、わざとこのまま続けた。
「だって学校行ったらどうしぇもうできねぇじゃん……」
俺の不細工な顔と変なしゃべり方で、岳がぶはっと吹き出してクックッと笑う。
笑われてるのに嬉しくなった。岳の表情が最近すごく豊かになって、眉間のシワなんてもう見る影もない。もっとたくさん笑ってほしい。岳が笑ってるとすごく嬉しい。
むぎゅっとしていた指を離して、岳は優しく俺の頬を撫でた。
「徹平」
「うん?」
「今日はもう、キスできないのか?」
「……できねぇ、だろ?」
「学校が終わったら、まっすぐ帰るのか?」
「え、だって……」
昨日泊まったから、今日は泊まれねぇじゃん。
ずっと一緒にいるためにちゃんとするって約束したし……。
「泊まらなくても、来ないか?」
「……え」
「ちょっとでも一緒にいたい。……と思ってるんだが……俺うざいか?」
「えっ!」
そっか。もう恋人なんだから泊まらない日もここに来ていいんだ。遠慮しないで来ていいんだ。
学校が始まったら、泊まらない日は帰らなきゃダメだと思い込んでた。いままでがそうだったから。
俺は飛び跳ねたくなるくらい嬉しくなって岳に抱きついた。
「来るっ! 来る来る来るっ!」
もうそれだけで今日から学校頑張れるっ!
「毎日来るっ!」
岳はクッと笑って心で可愛いを連呼したあと「ああ、毎日来いよ」とぎゅっと抱きしめてくれた。
「ほら、もう行くぞ」
俺の頭をポンとして身体を離す。
そしていつものように岳は俺の手を取った。
付き合うようになってから、家を出るときはいつもこうしてくれる。
「うんっ」
俺も笑顔でつないだ手にぎゅっと力を込めた。
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