心が聞こえる二人の恋の物語

たっこ

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13〈黒木〉

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「黒木ー野間ー、じゃあなー」

 木村が帰りがけに俺たちに声をかけ、隣にいた田口も笑顔で「バイバイ」と手を振ってきた。
 
「……ああ、じゃあな」
「あ、木村、田口、バイバーイ」
 
 最近毎日のように、木村と田口と何気ない会話をかわす。
 話すのは野間で、俺はほとんど相づちだけだが。
 木村とは、あれから「みんなでファミレス」にしつこく誘ってくるので一度だけ野間と一緒に参加した。
 俺はなにも話してない。聞かれたことに一言二言答えただけだ。それでも行った意味はあったのか、木村といつもつるんでいる田口も、気軽に声をかけてくるようになった。
 俺はいま、昔と違って野間がいるから一人じゃない。だから交友関係も適当にはできない。野間に迷惑がかかる。そう思うと、挨拶くらいはかわそうか……となる。話しかけられれば答えようか……ともなる。

「んじゃ、帰ろっか」
「今日はどうするんだ?」
「泊まるー」
「じゃあスーパー寄るぞ」
「うぃっ!」

 たとえ挨拶だけでも、それを見て野間がいつもニコニコ笑うから、それが見たくて俺は木村と田口と言葉をかわす。
 野間はどうやら気づいていないようだが、木村と田口は男同士だが付き合っているようだ。
 交流が増えてから、たまたま心の声でそれを知った。
 俺は特に嫌悪感はなく、すんなりと受け止めた。
 そしていまは二人に感謝すらしている。
 野間が可愛いと一日に何度も思うようになって、もしかしてこういうことなのだろうかと気づくことができた。もし二人の存在がなければ、いつまでも気づかなかったかもしれない。
 ただ俺たちは特殊すぎて、それだけでも俺は野間をもう手放せなくなっている。だから、これはただの依存ではないか……と思う気持ちもあった。
 それでも野間への想いはどんどん膨れあがって、ある時あふれ出た。
 
 ああ、俺は野間が好きだ。
 恋愛の意味で好きだ。
 
 そう認めたら、気持ちがすごく楽になった。
 好きだから可愛い。仕方がない。もうそれでいい。
 今日は野間が持ってきたDVDを一緒に観た。昔流行ったアニメ映画だ。

「俺これ昔めっちゃハマってさー! ジョージが唱える呪文、全部覚えたんだぜっ!」
「ほお? それはすごいな。いまでも言えるか?」
「あったり前じゃーん! いいかー? (スマイザゴウトガリアリサダクデンヨモツイカウョシデノルナウドトアノコハキロクトマノ……)」
「おい、それは終わりがあるのか?」

 いつまでも途切れない、合ってるのか間違ってるのかもわからない呪文を俺は中断させた。
 
「まあ終わるけど、リピートで言い続ける呪文だから終わらないとも言うっ」
「はぁ……まあすごいが……」
「な? すっげーだろっ?!」
「それが覚えられるなら、テスト勉強なんて楽勝だな、野間」
「えっ!! いやそれは別ですぅー!」

 イヤイヤと首を振ってすがりつく野間が可愛い。
 でもそれとこれとは別だ。その呪文を忘れてもいいから公式の一つや二つ覚えろ、と言いたい。本当に野間は数学の覚えが悪い。
 野間の中間考査の結果はさんざんだった。数学は赤点だ。どうやったら赤点が取れるのか俺にはわからない。   
 だが野間の勉強を見てやるようになって、赤点をとるとはこういうことかと納得した。なにがわからないのか、それすらわからない、という摩訶不思議な状態だったからだ。
 
「でも黒木と勉強するようになってから、数学がちょっとわかってきたっ! 黒木教えるのすげぇ上手いよなっ!」
「そうか。じゃあその調子で、期末は野間の親も喜ぶくらいの点数取りにいくぞ」

 期末考査まではまだ一ヶ月もある。余裕だろう? とニヤリと笑ってやった。
 いつも貸しているスウェットの上下を来て、のんびりモードの野間がベッドでうなだれた。
 
「……うぇー……。頑張るけどさぁ……。うん、頑張んなきゃな……」
『黒木ん家に堂々と泊まれるようになりてぇもんな……。うっしっ。頑張ろ……っ』
「黒木ー。俺もぉ眠いぃ……」
「わかった。先に寝ろ」
「ん……おやすみぃ……」
 
 家に泊まっても特別何があるわけじゃない。こんな風に、ただ穏やかな時間を二人で過ごす。俺にはとても大切な安らぎの時間だった。
 野間がうちに泊まる時はいつもベッドで一緒に眠る。
 うちはクイーンサイズだから問題ないだろ? と最初からお互い気にせず寝てしまった。いまさら変えようにも客用の布団もないし買うのも変だ。だから俺は耐えるしかない。
 たとえ寝返りをうった野間の顔が真横に迫ってきても。それがたとえ天使みたいに可愛いと思っても。寝相の悪い野間の足が俺に絡んできても。
 俺はひたすら耐えるしかない。
 俺のこの気持ちを、いつか野間に聞かれてしまうかもしれない。いまはそれが怖い。
 野間は俺を親友だと思ってくれているのに、その気持ちを裏切るようなこんな想いは許されない。
 
 野間との検証で、俺は図らずも心を閉ざす方法を手に入れた。
 野間への気持ちを聞かれないように、危険な時は本を思い浮かべる。それだけで心を閉ざすことが出来た。会話をしながらも、最近は器用に本を思い浮かべられるようになった。野間の心は常に聞いているのにと思うと罪悪感で苦しいが、嫌われるよりマシだ。

 俺は野間がなにより大事だ。野間がいれば他にはなにもいらない。
 俺はこのままでいい。このままでも野間は俺とずっと一緒にいてくれる。俺に一番に心を許してくれている。
 こんな幸せが他にあるだろうか。

 隣で眠る可愛い野間の顔を眺めていたら、スマホが鳴り出した。メッセージではない。こんな夜中にかけてくるのは一人しかいない。
 俺は野間が起きないように慌てて通話を押し音を止め、スマホを耳にも当てずゆっくりと部屋を移動する。
 リビングのソファに腰を沈めて、やっとスマホを耳に当てた。

『――い、聞いてるのか?』

 数日前にも聞いた父さんの声。
 電話はまだいい。心が聞こえないから。
 
「……なんですか。いま何時だと思ってるんですか。少しは時差を考えてください」
『こっちは仕事中だ。許せ。お前、こっちに来る準備はちゃんと進めてるか?』
「……だからそれは先日お断りしました」
『ダメだ。夏休みに入ったらすぐに来い。わかったな?』
「俺は、何度も嫌だと言いました」
『九月からはこっちのハイスクールに通えるようもう学校にも伝えてある』
「……はぁ?! 勝手なことするなよっっ!! 俺はアメリカなんて絶対に行かないっっ!!」
『…………おい、どうした。お前が感情を爆発させるなんて初めてだな? 日本を離れたくない理由でもあるのか?』

 よほど驚いたのか、父さんのいつもの命令口調が崩れた。
 俺はいままで、むだに反抗するようなことはしてこなかった。なにも関心がないから、どうでもよかった。
 なにか命令されれば、特別嫌じゃなければ答えてきた。そんなことも数回しかないが。
 
「ずっとそばにいたいヤツがいるんだ。こんなこと初めてなんだよ……。だから俺は、そちらには絶対に行きません。……それから、都合のいい時だけ俺の力をあてにしないでください」

 俺は言いたいことをすべて言って電話を切った。
 九月からアメリカ? ふざけるなっ。
 俺は絶対に行かない。
 野間から離れるなんて絶対に嫌だ!
 どうすればいい? このままだと本当にアメリカに行くことになるかもしれない。
 俺はソファに深く身体を沈め、スマホをギリギリと握りしめた。

 
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